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★午後2時45分の川越上空
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2009年03月15日
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今から50年前の昭和34年1月に池袋三越を会場に「川越文化展」がおよそ20日間開催されました。画像はその展示カタログです。20頁の小冊子ですが、主要展示物の写真と出品リストが解説付きで掲載されています。昭和30年の合併で10万都市となり、東京の衛星都市としての性格を帯び始めた川越市の市勢と観光を広く都民に公開する目的で、市内の寺社が所蔵する貴重な史料をはじめ、川越所縁の美術工芸品など163点が陳列されました。現在でもなかなか実物が拝めぬ仙波東照宮所蔵の「三十六歌仙絵額」は二枚だけですが本物が展示されました。この催事が盛況だったことから川越商工会議所は県内外での開催を市に要望し、また他市にあって川越にはなかった観光協会設置のきっかけになったそうです。 かつて「川越文化展」がひらかれた池袋三越は今年5月6日で50年に及ぶ営業を終了します。バブル崩壊後のめまぐるしい状況の変化は百貨店にとって厳しくなっています。札幌の老舗丸井今井が経営破綻したのは記憶に新しいですし、地元丸広百貨店も飯能駅前の飯能店を、数年前に閉鎖して空きビルになっている東飯能店跡へ移転すると発表して、地元商店街が動揺していると新聞に出ていました。 三越は先頃6店舗の閉鎖を発表しそのひとつが池袋店。池袋店は中高年をターゲットとした店舗へ改装したはずですがうまく行かなかったようです。三越が進出した昭和32年当時の池袋には東口に西武百貨店と、西口に東横百貨店(現在の東急百貨店。池袋店は閉鎖後に東武百貨店に譲渡された)があり、同年には京都の丸物百貨店も開業し(現パルコのビル)、地下鉄丸の内線の開通や私鉄沿線の人口増が池袋の繁華に拍車をかけていました。三越進出のうわさは何年も前からあり、川越商業界には池袋への顧客流失の懸念が強くありました。発展する池袋に対抗するために団結して商店街組合を作り、銀座通りにはアーケード、南町通りには春日灯篭を設置し、売り出しや福引券発行を共同で行うなどして魅力を高めたとのことです。 三越店頭のライオン像が見られるのもあとわずかとなりました。撤退後は家電量販店が入店するそうです。 ■参考資料
川越商工会議所75年誌 昭和53年 川越商工会議所 川越商工会議所五十年誌 昭和27年 川越商工会議所 |
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