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★川越スケッチブック-埼玉都民の川越暮らし
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★9月1日

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▲関東大震災(大正12年9月1日)

 ■9月1日
 一昨日の昼前、御茶ノ水駅ホームにいたとき揺れを感じた。地震!と思ったが、ホームを離れたばかりの電車の振動かとも思い判断がつかなかった。あとで地震だったとわかったけれど、歩いたりしているときはなかなかわかりづらい。8月にも何度か揺れがあったが、早朝に揺れたときは熟睡中で気づかなかったという人が職場に数人いた。

 過ぎてしまったが1日は震災記念日。始業式の日でもあるが、私の小学生時代は始業式の挨拶で校長先生が必ず自身の関東大震災体験談を話した。
 埼玉県における関東大震災の被害は県東部に集中した。粕壁町(春日部市)の目抜きの建物が軒並み崩壊している当時の写真を見ると、かなりひどかったことがわかる。
 川越は大きい被害もなく、東京からの避難者を手厚く保護するなどの対策に徹することが出来たようである。それでも壁に亀裂が入ったなどの被害は相当あったに違いない。私の家も壁がすべて崩れたとの話が伝わっている。今も市内各々の家には当時の逸話が伝わっているのではないだろうか。
 目立った被害はなかったものの、帝都が壊滅したこともあって川越もいろいろと自粛したらしい。川越で開催される予定だった全国山林大会は翌年に延期された。川越商工会が出した「年末年始二際シテ」というビラを見ると、門松を地味にすること、年賀状・年始挨拶回り・お歳暮を差し控えること、さらには無駄遣いをやめて貯金をすることを全市民に訴えている。

 学生時代の友人は昭和50年代の伊豆半島沖地震のときに、書店内で崩れた棚の下敷きになった経験を持っていて、聞かされたときはずいぶん驚いた。
 私がよく覚えているのは旅行先の北海道で遭遇した地震。札幌グランドホテルに宿泊してたのだが、友人のいる隣室へ行こうと廊下に出たとたんに大きい揺れに襲われた。釧路あたりが震源で札幌は震度4くらいだったが、空港が閉鎖されたりして旅先であることが余計に不安にさせた。

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