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■急行能登ででかけた北陸−1982年− 先日のJRダイヤ改正で夜行列車がいくつか廃止され、最終日の様子が報道されていました。上野・金沢間の「急行能登」もそのひとつで、たった一度だけでも利用したことのある身には感慨深いものがあります。 乗車したのは1982年夏(昭和57年)で友人らとの北陸旅行。「北陸ワイド周遊券」利用でしたが、出発地から周遊エリア入口駅までは急行が利用でき、夜行利用で現地では朝から行動できるメリットが魅力でした。当時は寝台車と自由席の編成でしたが、寝台車は別料金なのでもちろん自由席車両(ボックス席)利用。座席確保のためホーム入線の1時間以上前に並びました。 「高岡の親類まで息子を行かせるのですが、高岡に着いたら下車させてやってくれませんか」と若い母親に頼まれ、ひとり旅の小学生の面倒をみることになり、ジュースやお菓子をあげたりした記憶があります。 残念ながら列車の記憶はほとんど無く、長岡駅で進行方向が逆になったことくらいしか覚えていません。 貧乏学生旅行に夜行列車は不可欠で、東海道線の大垣行鈍行をはじめ、信越線・中央線・上越線の夜行にはずいぶん世話になったものです。 今では体力的にきついですね夜行利用は・・苦笑 1982年 【上野】21:49発→6:51着【金沢】 2010年 【上野】23:33発→6:29着【金沢】 ずいぶん短縮されたのがわかります。 色褪せた旅行スナップの中から数枚をご紹介。
当時、川越を舞台にした松坂慶子主演ドラマがあって、夜みんなで見ました。 旅先での自分用のおみやげはたいてい地域のタウン誌でした。この年の夏は、学科の東北巡検にはじまり、サークル合宿で日光、地域診断調査アルバイトで千葉鴨川と疲労の遠出が続き、夏の終わりの北陸旅行は気のおけない友人らと一緒で楽しいものでした。 最終日は糸魚川から大糸線で松本へ出て、中央線急行で新宿へのルートを取りました。 |
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2010年03月21日
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