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30年ほど前の城南中は鉄筋校舎が1棟のみで、あと4棟は木造校舎だった。校舎と校舎に挟まれた中庭に外便所や用務員室などがあり、用務員さんの子どももこの学校の生徒だった。
廊下には丸マークの中に「四」が入ったものが刷り込まれている窓ガラスが数枚あった。物資のない終戦直後に校舎を建てたとき、ガラスの盗難よけにマークが刷り込まれたのである。開校当時は「川越市立第四中学校」だった。
二階の教室が自習で教師不在をいいことに大騒ぎすると、階下教室は天井からほこりの洗礼を全身に受けた。 昇降口の庇に乗ったかぶら下がったかで、庇が崩れ落ちたこともあった。幸いに怪我人はでなかった。 当時プールが無かったのは城南だけだったと思う。高校もプールが無かったので、水泳の授業は小学校時代のみである。
古びた校舎はいつ建て替えられたのだろうか。卒業以来、このあたりへ来たのはほんの数回である。
中学校南側から岸町を望む。
この斜面はかつて鬱蒼とした雑木林だった。樹木の下は背丈が隠れるくらいの熊笹に覆われ、校庭から坂の途中にぬける細い道があった。昼間でも薄暗かったこの雑木林には「城南中七不思議」のひとつが伝えられていた。
美術の授業でアクリル版に鉄筆で、校庭からの岸町の風景を刻みこんで版画にしたことがあった。ひどい仕上がりだったが、なぜかアクリルの原版が学校に永久保存となり、ひどくびっくりしたことがある。どこが評価されたのかいまだわからない。今も保存されているのだろうか。 |
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2010年04月12日
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