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先月発行された、川越市立博物館「博物館だより第63号」に掲載されている「同盟通信社川越分室について(鳥居英晴氏)」は、最近読んだ文献の中でもたいへん興味深く夢中で読んだ。
戦時中に同盟通信社が川越の商業学校(現在の川越市立博物館の位置にあった)に疎開し、ここで原爆投下声明やポツダム宣言などの重要な外電を最初に受信したのである。しばらく前に新聞や広報紙などに簡単な記事が出ていたのを読んでいたが、博物館だよりにはより詳しく当時のことが書かれている。
戦争末期の日本の運命を左右した様々な外電が川越で受信されたことに驚くが、それよりも著者の地道な調査によって不明だった数々の事柄が明らかにされていく過程にとても惹かれた。60年以上も前のこと、ましてや戦時中ことを調べるのは容易でないと察する。人のおぼろげな記憶をたどり、裏づけをとって事実を確認していくことは苦労の連続である。同盟通信社川越分室についてはまだまだ不明な点が多くあるとのことだが、これから先少しでも解明がすすむことを祈りたい。
博物館だよりは市立博物館等で無料配布されているので興味をもたれた方はぜひ。
▲同盟通信社川越分室があった川越商業学校跡(現川越市立博物館) 今日は広島の原爆記念日。
いにしえの広島の写真をご紹介。
【原爆投下後の広島】
▲原爆ドーム
▲被爆前の原爆ドーム(産業奨励館)
▲原爆投下後の広島市(流川教会付近)
*昭和20年代に広島土産として販売されたエハガキ「原爆記録写真 高級原色版 平和都広島」より
【大正末期ー昭和初期の広島】
▲広島停車場(右の建物) 大正11年建築の鉄筋コンクリート駅舎 左の建物は郵便局
▲広島の繁華街新天地 突き当たりは「泰平館」 左手の大屋根は「新天座」 大正期以降に発展したところ
▲広島県商品陳列所(産業奨励館となるのは戦時中) 大正時代の展覧会で日本ではじめてバウムクーヘンが製造販売されたところ。
▲広島城天守閣(原爆で倒壊)
*広島土産として販売されたエハガキ「広島名所」より。広島□○堂発行。
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