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★川越スケッチブック-埼玉都民の川越暮らし
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■むかしの川越市街地図
 
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 明治から昭和戦前にかけて川越市街図は多種類発行されていますが、ここに紹介する「最新川越市街全図」はちょっと異色な地図なのです。
 その特徴は手書きの製図を印刷発行したという点。役所などが簡易に手書きで印刷した地図は多いですが、販売された市街図で手書きのものは少ないんじゃないでしょうか。
 初版は大正13年で、発行所は本町(現元町)にあった書店。画像は昭和13年に発行された昭和14年版。何度か版を重ねているようで、昭和初年に川越市南部仙波地区が区画整理されたため、昭和14年版は訂正が施されています。しかし細部を見るとかなりいいかげんで、記された情報なども今日となっては不確かなものも多く、なにかの研究などで参考にするには注意が必要でしょう。
 あまり実用的ではないと思うのですが、版を重ねたということは、当時売れたということなのでしょうか。
 手書きであることの他、民間で出版した川越の地図として珍しいです。戦前の川越市街図は行政が出したものが多く、民間では昭和3年に連雀町吉田謙受堂書店が発行した市街図が確認されているくらいです。
 
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 地図の一部分を拡大して紹介しましょう。
 
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 ▲東上線川越駅付近
 昭和15年に開通する国鉄川越線がすでに書き込まれています。実際はもっと早期に開通する予定でしたが、さまざまな理由で遅れていました。「大飯線」とありますが、大宮と飯能を結ぶことから仮称がつけられていました。川越線開通までは川越駅は「川越西町駅」でした。
 「第三尋常小学校」は現在の仙波小学校です。
 
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 ▲東上線川越市駅付近
 川越線の川越以西のルートは八高線のどの駅に連絡するかで、かなり揉めて難航したそうです。川越線にも川越市駅が掲示されているのは、作者の勘違いなのか当時は駅を作る予定があったのか・・・
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 ▲西武新宿線本川越駅付近
 国鉄川越線が開通するまでは、本川越駅が「川越駅」でした。このあたりは新田町とも称したので、古くは「新田町駅」という人が多かったようです。駅前ロータリーから川越街道にぬける道筋は拡張されましたが、20年くらい前までは車に注意して歩かなければならない通りでした。地図の記載にもあるように黒門町という粋な名称。亡くなった大正生まれの私の叔母は、この黒門町に住んでいてのちに引越しましたが、いつまでも「黒門町の叔母さん」でした。
 「第二尋常小学校」は現在の中央小学校。その東側は瀬尾町といいましたが、これもいい名称です。
 
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 ▲喜多院付近
 喜多院の北側の駐車場の位置が「百花園」になっています。その名のとおりたくさんの植物が植えられた園地でした。いつまであったのか・・
 喜多院西側のところに「富士見町」とありますが、おそらく俗称なのでしょう。どろぼう橋の南側あたりですが、当時は人家もほとんどなくて畑地だったと思われます。彼方に富士山が望めたからだと思います。国鉄川越線の開通とともに廃止となる大宮行きチンチン電車の「川越久保町駅」があります。昭和14年の時刻表によると、運転本数は激減して、バスが1時間に数本運転されています。現在より便利ですね。
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 ▲本丸御殿付近
  浮島神社北側に「七つ釜」の記載があります。現在市水道局があるあたりですが、太古から湿地帯だったところで、川越の昔話にもここを題材にした悲話がありますね。グランドは戦後に市営球場が造られる位置。現在の市立博物館のところが商業学校になっています。その右上に「樹木町」とありますが、これも俗称なのでしょう。

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