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★川越スケッチブック-埼玉都民の川越暮らし
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■酒井天外編纂の熊谷市街図
 
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 酒井天外(さかいてんがい 1875-1942)は本名を惣七といい、熊谷の郷土史家として活躍した人です。
 
 酒井天外編著「熊谷みやげ」と題されたこの地図は、大正2年に発行されたものです。上の画像は地図を包んだ「たとう」で、デザイン画は熊谷中学校の生徒の図案が採用されています。荒川大橋と熊谷寺、しゃちほこを載せた櫻雲閣(熊谷大火で焼失)をあしらったものと思われます。
 
 発行は国民新聞社熊谷支局と日下わらぢ屋(中身の地図の奥付には「印刷日下伊兵衛となっている) わらぢ屋は大阪の地図製作販売会社。近年まで市街地図や道路地図で有名でしたが、業界の激しい競争に勝てず倒産していまいました。戦前の地図にはわらぢ屋の名をよく見かけますが、埼玉県の戦前都市地図を手掛けているのは珍しいのではないかと思います。
 
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 色刷りの市街図のまわりには、熊谷名所写真と熊谷ガイドを配した構成になっています。
 熊谷遊覧の手引きとともに、熊谷を外に紹介するために発刊を決意したもので、写真は市内中村写真館の提供。
 官公庁学校から主なる会社、人力馬力の運賃まで掲載の利便さ。川越よりも旅館が多いのは、やはり街道筋の大きい町ならではなのでしょう。川越も戦前から市街地図が各種発行されていますが、ここまで気の利いた、そして見た目も優れた地図は残念ながらありません。
 
イメージ 3
 熊谷中心部の拡大図です。
 上部を横に走る通りが中山道。鎌倉町の通りが中山道にぶつかるところが現在八木橋デパートのあるあたり。
石上寺池亭から流れでるのが星川ですが、当時は曲がりくねって市街を流れていました。明神大門とある道は現在の高城神社の参道になります。
 
                こんな薄本も出しています。
イメージ 4
               酒井天外の実家は醤油醸造を営んでおり、その五代目当主でも
              ありました。それ以前は越後からの杜氏斡旋をなりわいとしていた
              そうです。
                「関東流酒造作業歌」という小冊子を作ったのも、そのあたりに
              縁があったからかもしれません。
 
 
 
 

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