|
市内在住の友人と食事にでかけました。
オープンしたときから気になっていたところです。
昔の酒蔵だけに天井が高く、ゆったりした空間です。
照明の加減もいいですね。
お通夜のような静けさの中での飲食かなと勝手な想像をしてい
たのですが、あちこちにテーブルの談笑が広い空間に心地よく
響いて居心地はよかったです。駅近くでこの居心地はなかなか
ですね。
まずはビール。小江戸ビールではなくエビス!
にんじんとだいこんのサラダ・・なんか刺身のツマに見えてしま
います(苦笑)
鰤の粕漬け焼き・・うまい!
川越三元豚のヒレカツ
他にから揚げも食べましたが、揚げ物はちょっと衣が硬め。
茄子と肉味噌和風ビザ焼き うまい!
豚肉の煮込み 溶けるほど柔らかく煮込まれています。
日本酒に合いますよ。
当然こちら↓
鏡山です。
盆にたくさんのグラスが載せられてきて、好きなグラスを選べる
ようになっています。
そして〆は
武蔵野肉汁うどん(ハーフ)
〆に最適な量です。つけ汁はかなり甘め、そして肉の量の多い
こと!!
こぢそうさまでした。
このところ外食がたいへん多くなっていて、この翌日も豪華外食
で財布決壊!(笑) |
過去の投稿日別表示
-
詳細
全1ページ
[1]
コメント(16)
|
★真冬の特別企画・リクエストにお応えして★
■ありし日の川越風景 1976年と2012年の定点観測
1976年の川越画像を紹介した過去記事を読んだブロ友フーバー氏からの「他にも当時の写真があったらぜひ」とのリクエストにバッチリお応え特別企画です。
と言うものの・・1976年の写真はこれまでに何枚か紹介しているんですが、それがいったいいつで書庫のどこにあるかすっかり忘れているので、これから紹介する写真は重複しているかもしれません。その点ご了承くださいませ。特別企画ということで現在との対比にしました。
●川越一番街(蔵造りの通り)
まだ観光地化がスタートしていない川越一番街の情景です。川越の中心街としての地位を長く保ってきましたが、衰退の陰りが兆してきたのは昭和30年代前半頃からでしょうか。その頃一番街に進出した衣料チェーンの長崎屋は、短期間で西町通り(現クレアモール)へ移転してしまいます。1976年当時は蔵造りの町並みの保存をめぐっていろいろ模索していた時期だと思います。この年の秋に蔵造り資料館がオープン、前後して民芸品店も開業しましたが、町並みが整備されて観光客が増加するのはまだ先のことでした。
●立門前商店街
蓮馨寺の門前商店街として古くから繁華でした。1976年当時はまだ建物が連続して建ち並び、様々な地元相手の店がありました。中央アーチの「立門前通」の立の文字が欠落して、向こう側の「映」の文字が見えています。アーチ上部の赤いデザインは映画会社「大映」のマーク。昭和30年代はじめに開館した洋画専門館「川越セントラル劇場」は、ほどなく「川越大映」と改名。映画の斜陽で昭和40年代前半には閉館してしまいました。それから10年近く経っても、看板だけは残っていたようです。
●川越銀座通り(現大正浪漫夢通り)
太陽の光が当たっていたのか焼いたら赤みを帯びていました。その昔は「いのはな町」 「銀座通り」と改称されたのは戦後のアーケード設置のときなのでしょうか。埼玉県最初のアーケード街だったはずです。小学校の授業で使用した社会科副読本「かわごえ」に、昭和30年代頃の銀座通りの写真が掲載されていますが、大勢の人が行き交ってにぎやかです。
昨今は昭和レトロが持てはやされていますから、アーケード街のままであったらそういう意味で評価されたかもしれません。
|
全1ページ
[1]




