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本庄市の中山道を歩いて行くと、この店が鮮やかに視界に飛び込んできます。
「中山道辛味処電気館カレー」です。
その昔、映画が活動写真といわれていた頃、この界隈に「電気館」という埼玉県最初の活動 写真常設館ができて、にぎわっていたそうなのです。
映画館も無くなり、町も寂しくなった現在、少しでも地域活性化のためにと電気館の名称を復 活させカレー店を開業したとのことです。
ネットでたまたま見つけて、今日の昼食はここと決めていました。
店内はこんな感じ↓ 許可を得て撮影させていただきました。
手前にテーブル席、写っていませんが左奥にカウンター席があります。
夜は酒場にもなるのでしょうか。
電気館のチラシのコピー。昭和初年頃と思われます。映画関連
資料の他、戦前の本庄の商店のチラシやマッチラベルの複製が
たくさん飾られているのです。「うちにこんなものがあったよ」と地元
の人が提供してくれたそうです。
これは本庄が舞台の映画「ペン偽らず・暴力の
街」の記念写真。本庄で実際に起こった事件を
社会派の監督山本薩夫が映画化。昭和25年度
キネマ旬報ベストテン第8位です。こういう名作の
の舞台になっているっていいですね。池部良・岸
旗江・志村喬・原保美・三条美紀・三島雅夫・宇野
重吉・・・豪華キャスト!
さて肝心のカレーですが、赤いビーフ・緑のポークを基本にいろいろありまして、またトッピング類も豊富。券売機でチケットを買います。先客誰もいなかったので、じっくり選びましたが基本的な「緑のポークカレー(並盛)+コロッケ」にしました。
大盛りでもいけたのですが、夕刻までに空腹にしておかなければならない事情があって並盛に。
まったく辛くないマイルドな味です。スパイスを出してくれるので好きなだけ辛くできるのですが、ほとんど入れずに甘いカレーを味わいました。ネットで見たときに、カレーの味はかつてこの近くにあった食堂のカレーを参考にしたようなことが書いてありました。味・食感とも懐かしい昔カレーのようです。おいしいです。
昔は油で小麦粉とカレー粉を焦がさぬように炒めてルーを作ったようですが、きっとこんな感じのカレーなのでしょう。
向田邦子の随筆に、うどん粉をたくさん使ったカレーの日は、父親に母親が付きっ切りで給仕をするので、母親のカレーが冷めて表面にシワが寄ってしまい悲しかったとあったのを、ぼんやり思い出しました。
この店は上里のウニクスにも支店があるそうです。
電気館があったところはどこですかと尋ねたら「店横の通りをずっと奥に入った突き当たり付近らしいです」とのことだったので、そのあたりまで行ってみました。画像右の道をずっと入って行きます。映画館があった頃は「電気館通り」と呼ばれたそうです。
古びた床屋がここにも。
廃業していますが、玄関上に店名と「料理店」の小さな札が残っています。
これは電気館通りから横に派生した道筋。蔦に覆われた和洋折衷の味わいある建物が。
道の突き当たり付近。電気館があったのはこのあたりでしょうか。大正3年に開館して一年ほどでつぶれてしまい、大正末期の再度復活。のちには「第二常盤座」と館名変更したそうです。「電気館」という名は浅草電気館が有名ですが、映画館の名称としてあちこちで使われました。埼玉県でも川越・深谷・熊谷・鴻巣・羽生などに「電気館」がありました。川越の電気館は喜多院北参道に映画専門館として大正4年に開場しましたが、数年で閉館しています。立地条件もあったのでしょうが、この頃は地方小都市で映画専門館はまだ成り立たなかったのかもしれません。
これは本庄にあつた「常盤座」という劇場。
電気館よりももっと南のエリアにあったそうです。昭和初年頃の撮影でしょうか。立派な建物です。 |
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