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■砂利山の記憶
川越駅西口「西部地域振興ふれあい拠点施設建設用地」
県立図書館や福祉センターの建物が取り払われて、広々とした敷地を見ると子どもの頃のことを思い出す。近所にいくらでも遊び場はあったが、どうしても飽きてしまう。そういうときはあちこち遠征して遊んだが、ここもそのひとつだった。1970年代前半は道の両側は砂利置き場で、低い砂利山が無数にあった。運搬のトラックが頻繁に出入りしていたが注意されたことはなかった。西寄りには大きい土管やテトラポットもあって、子どもたちとりわけ男子には魅惑の遊び場だった。自分たちはここを「砂利山」と呼んでいた。
あるとき雨か台風のあとだったのか、砂利山の中に大きい水溜りが出現した。水溜りというよりは池である。誰がどこから持ってきたのか、大きさは畳一枚分ほど、厚さが20㎝くらいの巨大発砲スチロールが浮かべられて、池を行き来して遊んだことが楽しかった。
春画売り?の中年男が現れたのもここだった。手描きの妖しい絵を見せられてたまげた自分たちは、悪いヤツが現れたと大騒ぎした。背広姿の男はすごすごと去っていった。
小腹が空くと上級生たちは近隣の肉屋でコロッケ(当時20円くらい)を買い食いしていた。下級生だった自分たちは小遣いなんぞ持っていないから、じっと見ているだけ。油の滲んだ薄緑の包みをひらいて、経木の中から現れたコロッケの香ばしい匂いは、今も脳裏に残っている。
ここで最後に遊んだのは県立図書館建設が始まった頃。梅雨の名残りの水溜りにおたまじゃくしが繁殖し、家に持ち帰ってミドリ亀の餌にした。食べたかどうかは覚えていない。
拠点施設の工事の準備で、まもなく用地を突っ切る道路が閉鎖されるそうである。順調に進捗すれば数年後には完成の予定。
大通り沿いには市内古谷地区に本店がある和菓子店の旭町店が建設中。 |
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2012年05月18日
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