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昨年末は慌しくて、年賀状も晦日近くに投函。友人のひとりに差し出すのをうっかりして、年明けに「年賀状が来ないぞー!」と携帯で小言をもらう始末。
それでも自宅用年賀状は優先で書き上げた。印刷が間に合わないのでロフトで買い求めたが、母親からヘビの絵柄じゃないものをとの注文だったので、無難な柄をみつくろった。父親の名前と住所のスタンプを出してもらったら、何十年も前にこしらえたもので字体も古風だし、父親の肩書きがこれまた江戸か明治みたいな表記で笑ってしまった。でも現在ではかえってオシャレに見えるからフシギである。
宛名を書いている横で、母親はヘビは見るのもいやなのよと言い出したが、数十年前に居間からふと庭を見たら、門から大きい青大将がするすると入ってくるところで、家には誰もいないしあれほど恐い気持ちを味わったことはなかったと言うのである。そのころは我が家のあたりにも当たり前にヘビがいた。幼い頃に玄関内にヘビが侵入してきたことは今でもよく覚えているし、裏庭の焚き火用の雑木を積んだ中には白い抜け殻がよくあった。近所の民家に大きい青大将が現れて、その家の主婦がデパートへ引き取ってくれと電話をかけたこともあった(夏休みに世界のヘビ昆虫展をよくやっていたかららしい。もちろんデパートからは断られた 笑)
母親はいろいろとヘビのいやな思い出をしゃべっていたが、またあの話をするのかなと思っていたらドンピシャであの話が始まった。
小学生のときと言うから終戦前後の頃らしい。実家は川越郊外の小さな集落で、小学校までは田園地帯を数キロ歩いて行くのであるが、遮るものもなく米軍機が現れたときは恐ろしかったという。いつも近所のA子ちゃんとつるんでお転婆していたが、その日も一緒だった。途中に荒川に通じる流れがあって木製の冠水橋が架かっていた。橋上には大きい穴が開いていて、その傍らで青大将がとぐろを巻いていたそうな(母親はヘビが昼寝していたと言う) A子ちゃんがそこらから棒切れを拾ってきて、えんやこらと青大将を穴から下の流れに突き落としたところ、橋下からギャーーーと叫び声がした。びっくりして橋下へ行くと、近所の「おまっさん」という女性が顔色を失って立ちすくんでいた。川で洗濯をしていたおまっさんは、突然目の前に青大将がドボーンと落ちてきてぶったまげたのである。「なんだよぉーあんたたちはー!」とおまっさんは怒ったが、子ども二人は腹をかかえて笑いたいのをガマンするのがたいへんだったという。
唯一笑いながら母親がしゃべるヘビの話なのである。
ちなみに洗濯が出来るくらい当時の川はきれいで、ウナギとナマズがたくさんいたそうである。母親の母(私の祖母)が病弱で、兄や弟がせっせとウナギ捕りをしては滋養のために食べさせていたという。
なんで橋の真ん中に穴が開いていたんだろうと母親は言うが、おそらく戦時中の資材不足で修理が放置されていたんじゃないだろうか。
私が子どもの頃はまだ木橋だった。雨で増水すると橋は水面下になったが、水が引くと橋上にフナなどが跳ねていた。20年近く母親の実家へは行っていないが、今はおそらくコンクリート橋になっていると思う。
▲木橋(イメージ写真) |
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2013年01月19日
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