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2013年04月14日
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■よこみちよのすけ
仕事帰りの電車内で吉田修一の小説「横道世之介」を少しずつ読んでいる。読みはじめて一ヶ月以上が過ぎたが、このところ最後の数頁を未読のままカバンに入れて放置してある。
2月に映画が公開されたが、作品を鑑賞したブロ友あけみさんの記事を読み、映画を見に行く時間が確保できないので、とりあえずは原作を読もうと思ったのである。1987年の東京を舞台に横道世之介の大学生活を描いた作品。自分の学生生活は80年代前半だが、学生の日常なんていつの時代もそう変化はないから、読んでいてあっこんなこと自分にもあったと思わずニヤけてしまう場面があったし、世之介が住んでいる西武新宿線花小金井はかつて馴染みがあったところなので懐かしかった。
世之介がガールフレンドとその母親と新宿三越裏の天ぷら屋へ行くが、船橋屋だろうか?つな八だろうか?友人がつな八の大衆価格&ボリュームに文句なしの定食を見つけたのがたしか1987年。勝手につな八と決めて読んでしまった。数えきれぬほどこの店に通ったが、最近はすっかり足が遠のいてしまっている。
世之介の彼女は、自分はぜったい拒否のタイプなのだが、こういう子を好きになるのが世之介のいいところなのだろう。世之介をめぐる人たちの20年後がところどころに挟まるが、世之介があこがれた年上美女が彼を思い出せないのがツライ。
吉田作品はこれまでに「最後の息子」と「長崎乱楽坂」を読んでいて、誘われて講演を聴きに行ったことがある。
読んでいたら大学時代のサークル後輩の顔が浮かんだ。ほんわかしたところが横道世之介に似ていた。世之介は長崎出身だが、後輩は真逆の北海道の人口数千人の町出身。東京に着いてタクシーに乗ったとき「●●さんちへお願いします」とアパートの大家の名前を言って運転手を唖然とさせたエピソードを持つ。
アパートは古く、靴を脱いで狭い階段を上がると裸電球のぶらさがった廊下の両側に部屋が並び、入口は板戸。開けるとすぐ畳の六畳間。隅に流しがあって高橋留美子「めぞん一刻」の住人たちの部屋みたいだった。のちになぜか大家が隣室をぶちぬいて六畳ふた間を縦に繋げた長細い部屋になった。家賃はそのままだったのだろうか?たしか15000円。
「電報ですよぉー!起きてくださーい!」と真夜中にみんなで夜襲をかけてたたき起こしたりした。「蛾が嫌いなんですよ」と真夏でも窓を開けなかった。万年床の枕元に一升瓶と高校の卒業アルバムがいつもあったのが強く印象に残っている。「酒はたしなむ程度です」とすっとぼけていたが自室でかなり飲んでいたらしい。
学園祭の準備作業中に煮詰まったのか、突然手首を掴まれて小指を噛まれてぶったまげたことがあった。食べ物の好き嫌いが激しくて合宿中に先輩に叱られたり、ちょっと髪が伸びていただけで合宿所のおばさんに女性と勘違いされたり・・思い出すときりがない。
卒業後は他の大学の講座を受けて小学校教員の免状と取り北海道へ帰った。早春の道東へ旅行したおり赴任先だった北見を訪ねて泊めてもらった。網走刑務所・能取岬・美幌峠・屈斜路湖や映画「挽歌」の冒頭で久我美子が歩く硫黄山などを案内してくれた。「●●宅前」という個人名の入ったバス停を見たのもこのとき。
僻地教育に情熱をそそぎ知床半島に赴任したが、体調を崩して40歳そこそこであっけなく向こう岸へ渡ってしまった。その数年前に別の後輩の結婚式会場で会ったのが最後だった。春に亡くなったが、暮れに届いた喪中葉書ではじめて知り呆然とした。まもなく七年になる。
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