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ひさしぶりに仲町の「風凛」へ行ってきました。
同行の友人ははじめてでした。
開店時間にあわせて行ってみると、
すでに何組もの先客が、カウンターやテーブル席に。
表通りからの喧騒と室内の灯は控え目でとても落ち着 く空間です。
ランチは丼からコースものまで各種。
自分も友人も、前菜・お椀付きの「にぎり」を注文。
前菜は高野豆腐とヒラマサの煮こごり。 美味!
ふわっとしたやさしい感じの鮨です。
お椀の赤だしがまた美味い。
さりげなく周囲に目をやると、コースを頼んでいる方が
けっこういるようでした。
玄関から表通りに出る通路。
ひとりがせいぜいの幅のこの通路が別世界
へ導いてくれます。
曜日に関係なくランチタイムがあるのがうれ
しい店。
友人も味と店の雰囲気に満足でした。
川越市仲町亀屋筋向い
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2013年08月11日
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■濃厚完熟味噌拉麺 味噌屋せいべえ 池袋西口店
このところ軽い飲みが続いています。
日曜・・友人らと本川越駅近くの居酒屋で、中生3杯と日本酒冷一合
月曜・・勤務終了後に宴と称して、缶ビール一本とバタピー&さきいか。4人で千円弱の酒肴
火曜・・前日とほぼ同じメンツでまた勤務後宴。 缶ビール一本とバタピー&サキイカ
水曜・・まっすぐ帰宅
そして木曜日の晩は・・
新入社員で新婚ホヤホヤのAが「池袋駅近くにツタヤありますか?嫁にCD借りてきてと頼まれたんですが」 西一番街ロサ会館内にあるツタヤを知っていたので、池袋で乗り換えついでに北口へ。偶然にも別部門にいる新入社員Bにバッタリ遭ったので三人でふらふらネオン輝く歓楽街へ。あったあったとAが手に取ったのは山PのCD。「嫁はジャニーズ大好きなんですよ」
ツタヤ出たところで゜「ラーメン食う?」と聞くとふたりともすかさず頷いたので、今夜はどちらへ?お店はきまりましたか?などのキャバクラ勧誘の中を泳いでたどりついたのが「濃厚完熟拉麺 味噌屋せいべえ」
まだ6月末にオープンしたばかりとか。上野や古河・春日部・大宮などに店舗があるチェーン店。
▲濃厚味噌ラーメン
味噌の味が自分好みでおいしかったー。もやしがたっぷり。でも麺量は少なめなような・・・
冬に食べたらうまさ感倍増だろう。
左端にチラリと見えるけど、生ビールもしっかり注文。
もちろん餃子も。なんか長ったらしいネーミングだったけれど、フツーの餃子でした。でもうましうまし。
店は繁盛してにぎやか。
食べ終わって話に夢中になっていたら、ススッと卓上の丼を下げにきたので、出ないとまずいかなと思ったら
「ごゆっくりどうぞー」
お言葉に甘えてしばらくしてから腰をあげてレジへ行ったら、店員の女の子がニコニコしながら「いい匂いですねーー!!」 ええっ!?と思ったけれど、Aが勤務退け時にシュッシュッとやっていたコロンの香りだったらしい。
通りへ出ると「あー ラーメンに餃子にビールは最高だなー!」とA。
金曜日・・またもや飲みの気配があったが、うまくとんずらして帰宅の途に。
土曜日・・甲府などでは40℃にもなった猛暑日。用足し先の浦和から帰宅すると、夕食は猛暑日に定番の「冷や汁うどん」 大宮駅ナカで矢尾酒造の秩父錦を買ってきたのだが、あまりの暑さにコンビニで発泡酒買ってしまった。ツマミは冷蔵庫の残り物のウィンナーを焦げ目が付くくらい焼いたもの。
さて明日は・・・笑
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■連馨寺の興行記念碑
蓮馨寺本堂左手の墓地入口脇にあるこの石碑を見かけた方は多いと思います。「欧米帰朝 興行繁栄
記念 世界的大奇術 有田洋行 」と彫られています。
「埼玉ふるさと散歩 川越市(新井博/さきたま出版会/平成4年)」に、大正3年に境内で催されたサーカスが盛況で興行主である常陸の岡田清次郎が記念に建てたものと簡単な記述があるくらいで、以前からもう少し詳細がわからないものかと思っていたのですが・・・・・トライしてみたらやはりほとんどわかりませんでした!
当時川越エリアで発行されていた地域新聞のバックナンバーを確認すれば、なにか手掛りがあるんじゃないかと思ったのですが、なぜか大正3年分が欠如してました。翌年の新年号に「再刊のことば」があるので、事情があって休刊していらしいのです・・・もっともこの新聞、政治とゴシップと花柳界ネタが柱なので、当時の川越のさまざまな様子はあまり知ることができないのですね。ある料理屋に仕出しを頼むと、予算によって刺身は魚市場で仕入れるものと、町の魚屋で買って間に合わせるものがあるなどの暴露記事はおもしろかったりもします。どこまで事実かはわかりませんが。
しかし、さすがはネット時代だけあって「有田洋行」のことはほんの少しだけわかりました。サーカスや見世物興行でたいへん有名だったそうで、「有田洋行会」「有田洋行社」ともいい昭和30年代まで存在していました。もっと詳細を知るには図書館へ行ってサーカス関係の書物をひも解かねばなりませんので、ここは最近見つけた有田洋行のお土産写真を見ていだたくことでご勘弁くださいませ。
これは大正末期から昭和初期頃のもの。女の子ばかりでどんな演目だったのでしょう。
記念碑前から見た連馨寺境内。
境内には川越太麺やきそばの出店がありますが、1970年代半ばくらいまではこの記念碑前にヨシズを囲っただけ簡単な設備で、縁台に座って食べたやきそば屋がありました。 |
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