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★川越スケッチブック-埼玉都民の川越暮らし
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【大沢家住宅】川越市元町1丁目

 たまたま自動車が途切れたので撮影した1枚。

 一番街は交通量が多くてなかなかうまく撮れなかったりします。

 呉服太物商近江屋半右衛門が寛政四年(1792)に建てたもので、明治の大火にも焼け残り、川越に蔵造りが普及するきっかけのひとつにもなりました。

 内部も見学することができます。
 ▼昨年見学したおりの詳細記事はこちら▼
http://blogs.yahoo.co.jp/maki57562000/35669102.html

★旧栄養食配給所

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【旧栄養食配給所】

 ■松江町二丁目の旧川越織物市場敷地内に「旧栄養食配給所」の建物が残されています。昭和9年設立で当時の名称は「川越織物工業組合栄養食配給所」 工場で働く人々のための食事をここで一括して作り配給するという、現在の給食センターに相当するものです。

 昭和13年当時の加盟者数は33で、内訳は工場19・その他14となっていて、織物工場以外にも配給していたと推測されます。2人の炊事夫が一日3食延べ1200人分の食事をつくっていました。運搬はリヤカーで行われ、いちばん遠い工場までは4キロでした。

 川越の配給所の献立は不明ですが、東京市本所区(現墨田区)にあった「江東消費組合第二栄養食配給所」の献立表には「炒り豆腐」「吉野煮」「ライスカレー」「鰹時雨煮」などがあり、川越の配給所も同様な献立だったと思われます。一度に多種類の野菜を使用した献立が多く、たとえば朝食はご飯と味噌汁だけですが、味噌汁は具沢山でおかずを兼ねていたようです。もちろん栄養士によって労働に従事する人たちのために考えられた献立でした。

 昭和13年当時、全国に69箇所の栄養食配給所があり、その三分の一は埼玉県に存在しました。嚆矢は大正時代の愛知県の工場ですが、昭和8年に実施された川口市織物工場地帯での栄養士指導による栄養食実験が好評で、賛同した県の推進が飛躍するきっかけとなったようです。配給延べ食事数一日500食を超えることが成立条件のひとつで、埼玉県にはギリギリラインの配給所が多かったものの、経営は一応安定していたそうです。川越の他に川口・入間川・所沢・飯能・行田・秩父などにありました。

 このような施設が残っていることは全国的にも珍しく貴重であることから、旧川越織物市場とともに平成17年に川越市の文化財に指定されています。

 【参考資料】
 ●工場食の改善と工場栄養食共同炊事場 昭和13年

栄華残照-旧川越日活(旧鶴川座)


 物心ついた時にはここはすでに成人映画館。映画館で映画を見はじめたのは高校時代だが、都内通学だったので川越で映画を見ることはほとんどなかった。旧川越日活(旧鶴川座)の内部に入ったのは映画館としての役目を終えてからである。

 「あるってアート(8月31日で終了)」の会場のひとつなので、久しぶりに内部が見られると出かけてみた。入口前に作品展示があり、内部にはどうやら入れなさそうな雰囲気。パンフを手にした若い女性は入口の作品を見て、次の会場へ行ってしまった。ふと気づくと入口ドア向こうの薄暗い受付に人がひっそり座っている。「中は見れますか?」「どうぞ」 内部は真っ暗で赤い妖しい灯がぼんやり光っているだけ。これは作品のために暗くしているらしい。座席が取り払われた広いコンクリート土間に、天井から作品がゆらゆら海草のように揺らいでいた。もうひとりカメラを手にした男性が入ってきた。大きな扇風機が数台回っている館内はかび臭さがプンと漂っている。そして静かである。

 昭和30年代まで「鶴川座」と名乗ったこの映画館は、明治時代に劇場として開場した由来を持つ。建物は当初のもので、劇場時代の痕跡を諸処に留めていることから、その希少性が近年注目を浴びている。しかし映画館としての歴史が長いため外観内部とも見た目は映画館である。何度も細かい改装を重ねたに違いない。少し前まで全国各地にあった古びた映画館そのもの。この暗い空間にいると映画館通いをはじめた70年代末期の感覚に陥ってしまう。小屋みたいだった江古田文化や、池袋文芸地下の通路とかを思い出す。

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【正面現況】看板の文字が逆さになっているのがなぜかとてもわびしい。
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【館内から立門前通りを望む】肉屋さんって妙に昭和っぽい。
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【館内の二階席部分を見上げる】かつての川越ホームラン劇場にも二階席があって、一度だけ利用したことがあった。
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【タイル貼りの柱】戦後の改装によるものだろうか。
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【切符売場】自分の腕が写ってしまった!!
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【館前の立門前通り】突き当たりは連馨寺。映画が娯楽の王座だった頃、この界隈には映画館が多かった。同じ立門前には洋画専門館川越セントラル(のちの川越大映)、旧織物市場に隣接して川越文化劇場、そして広小路のホームラン劇場。
 戦前は大野屋洋品店とみこもり煎餅店の間に、鶴川座の広告アーチが通りをまたいで設置されていた。

旧川越織物市場


 ■あるってアート2008■

 電車の乗り降り時にときおり、川越駅の観光案内所リーフレットコーナーをのぞいてみる。数日前に寄ったら案内所の方がリーフレットを補充しているところ。観光客と間違われてハイどうぞと数種類を手渡されてしまった。その中にあったのが「あるってアート2008」のパンフ。市内各所の会場でのアートな展覧会とのこと。会場リストに「旧鶴川座」「旧織物市場」があり、展示品よりは久しくご無沙汰の建物を見たいというのが正直な気持ちで出かけてみた(ごめんなさい)。歩いて回りましょうとのことらしいが、しっかり自転車で(笑) 自宅から走りだしたとたんに雨が顔にポツリ。

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市場内の部屋のいくつかに展示があったが、これはたしか「スタジオ羽65」の作品。
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【旧川越織物市場】
 明治43年3月の完成。市場開設一周年に刊行された「川越商工案内」には、明治30年代に市場開設の動きがあったものの諸般の事情で開設に至らなかったが、川越電気鉄道開通による東京連絡の短縮、電話開通による利便性の飛躍的向上が再度市場開設の気運を高め、明治42年に川越商業会議所内に創立事務所が置かれ、翌年には開場の運びとなったとある。
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団体で見学してる方たち。ちょうど織物市場の屋根の説明をしているところ。
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団体の人たちがやってくると、犬も立ち上がって尻尾ふりふり歓迎。
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 *「あるってアート2008」は、今日8月31日まで。

★修復工事

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 蔵造りの町並みから少し外れたところにある古い商家が修復工事中でした。化粧を施して美しい表情を見せてくりる日が楽しみです。

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