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★川越スケッチブック-埼玉都民の川越暮らし
忙しすぎて更新ままならず・・すいません

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  過ぎてしまったけれど「昭和の日」にちなんで、懐かしい
  写真をご紹介。

イメージ 1

  昭和54年(1979)頃に撮影した川越駅西口の情景です。二枚
 撮って繋げたのですがうまく合致していません。左の日本生命
 ビルは52年、右の東上通運ビルは50年頃に完成しました。
  日本生命ビルの隣にわずかに見える茶色のビルはこの頃一階
 が川越書店でした。開店当時は入口脇に全国の都市地図コーナ
 ーがあって川越随一の品揃えだったことを覚えています。ここ
 で立ち読みはよくしたけれど、本は横溝正史「獄門島」の文庫
 を買ったくらいでした。シースルーのエレベーターは恐らく川
 越最初。三階には喫茶店「アリス」がありました(入ったことは
 ありませんでしたが)
  東上通運ビル一階はスーパーマーケット「マルエツ」だった
 と思います。駅前立地で重宝でした。右奥には赤心堂病院と明
 治生命ビルが見えます。

 ほぼ同位置から撮影した現在の様子がこちら↓
イメージ 2
  東上通運ビルは三井生命ビルができて見えなくなっています。
 地下道と噴水は撤去されぺデストリアンデッキが完成したのは
 2年前のこと。デッキはさらにウェスタ川越近くまで延長の計
 画案があるようです。
  

★昔の慰安旅行写真

 
 
イメージ 1
イメージ 2
 
  川越市商励団店員慰安会の旅行写真。
  昭和10年前後だとおもわれます。
  詳細は不明ですが、場所は三浦半島か鎌倉あたりでしょうか。
  こうして写真を見ると、服装や髪型などに遠い昔を感じます。
  旗を持つ男性の鳥打帽子がいいですね。
  子どもをおぶった女性もいます。
 
  写真を見ていたら近所の女性を思い出しました。
  もう亡くなりましたが、娘時代に奉公をしていました。
  時代もこの写真と同じ昭和のはじめ頃。
  「ずっと奉公してて、すぐに嫁に来たから娘時代のことはなんにも覚えてないの」
  そう言っていたのを今でも覚えています。
  控え目なやさしい表情の方でした。
  道で会うと「ええやんばいです」と子どもの自分にもよく挨拶してくれました。
 
  やんばい=塩梅  天気が今日はいい塩梅ですねの意味。
  
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★旅の写真

■旅の写真
 
 20日のブログ記事に使用したレンタルレコード貸し出し券を探したときに、未整理で突っ込んであった旅のの写真がザクザクと出てきたので、懐かしい気持ちで見入ってしまった。その中から数枚をご紹介。
 プリンターが壊れているため、デジカメ撮影したのできれいに写っていない点、ご了承のほどを。
 
イメージ 1
 90年代の西鹿児島駅。地元の人は西鹿児島駅を「西駅(にしえき)」、鹿児島駅を「鹿駅(かえき)」と呼んでいたと思います。何度も利用していますが、構内のロッカーに荷物を預けて、駅前からひょいと市電に乗って天文館あたりへ繰り出していました。
 乗っていた日豊線が遅延して「西鹿児島から鹿児島本線博多行き特急に乗り継ぐのですが」と車掌に言ったら「あなたが乗り継ぐまで特急の発車を見合わせますから」と言われ、西鹿児島へ着いたら「乗り換えホームへ走ってくださーい!!」 もう汗だくで乗り換えた思い出の駅でもあります。博多行き特急つばめ号は10分遅れで発車でしました。
 構内の土産物屋でしか販売していなかった梅酢漬けタイプの「山川漬け」がとてもおいしくて、行くたびに買っていました。
 新幹線も発着している現在ですが、新しい駅舎に改築されて「鹿児島中央駅」になってからは訪れたことがないのです。
イメージ 2
 山陰本線の餘部鉄橋です。橋際にある駅で下車して、鉄橋下の集落まで行ってみましたけど、ほとんど記憶にありません。道路沿いに喫茶店があったように思います。列車転落の惨事はこれより数年後でした。明治期の架橋である餘部鉄橋も今では架け替えられてしまいました。
 
イメージ 3
 筑後柳川の町並み。どのあたりかは記憶に無し。
 柳川を舞台にした映画「廃市(大林宣彦監督/ATG/1984年)に魅せられて、何年も経ってから訪れました。西鉄の駅でおりて、レンタサイクルを利用してあちこち周遊しました。風情ある神社の境内でくつろいだ記憶があります。記憶がだいぶおぼろげになってしまいましたが、いつかまた訪れたい町のひとつです。
 
イメージ 4
 こののどかな風景は島根県の広瀬という場所。今は安来市になっていますが、訪れたときは広瀬町でした。
その昔ここには山上に冨田城かあって、麓に富田(とだ)の城下町があったのですが、大洪水で流されて町は川底になってしまったのです。それがこの写真の場所。発掘された当時の生活用具などが展示されている資料館へ見学に行ったのです。春まだ浅い日でとてもすがすがしい日でした。町のスーパーへ行くと、海から近いだけあって新鮮な刺身類がとても安いのです。ごはんと刺身を買って、陽射しのあたたかい土手で昼食にしました。
 富田が洪水で流されたあと、その近くに新たに造られた町が広瀬。ここも味わいある古い町並みが残されているのですが、時間が無くてバスの窓から眺めただけでした。
 
 他にもいろいろ旅の写真あるので、いずれまた。

★1980年と2011年

■1980年と2011年 まるひろデパート屋上からの眺め
 
イメージ 1
イメージ 2
 
 まるひろデパート屋上から北側市街地を撮影した写真。上が2011年、下が1980年でほぼ同位置から撮影しています。30年余りの歳月は建物の建て替えを促し、商店街の様子を変貌させています。
 1980年の写真を見ると、左下に富士銀行川越支店があります。川越支店は八王子に本店があった第三十六銀行川越支店が前身。当初は立門前に店舗を構え、昭和30年代に連雀町広小路交差点に移転、さらに昭和51年頃に新富町に移転しました。川越の繁華街の移動にともなって、よりよい立地を求めて移転を繰り返した例のひとつです。
 赤い下地に白字が映える「サイギン」は埼玉銀行本川越支店。現在の埼玉りそな銀行です。その手前、フェンスでわかりづらいですが、イトーヨーカドーがあります。当時は屋上に遊技場がありました。
 右手上部には看板が不鮮明で判別しがたいのですが、西友ストアが見えます。オープン当初は最上階がボーリング場でした。西友は店内が明るい感じがして買い物しやすかった覚えがあります。この頃はまるひろを筆頭に大型店が多くあり、母親の買い物につき合わされると、長崎屋→まるひろ→西友→尾張屋(後のニチイ)→イトーヨーカドー→山二ストアと回遊していました。
 
 

★午前零時の湘南道路

 
■午前零時の湘南道路
 
 百恵チャンの翳りあるほのかな暗さにウツツをぬかしていた中学時代、周囲は右も左もキャンディーズファンだらけ。いずれもランちゃん&スーちゃんファンでミキちゃんごめんなさいであった。後楽園球場での引退コンサートにはクラスメートの何人かが出かけた。場外で歌声を聴いただけであるが、充分に聞こえたと興奮していた。
 最近スポーツ振興クジ広告で森三中が、キャンディーズの引退コンサート時の衣装と同じものを着ているのを見て、もう30数年前のことかと思った矢先のスーちゃんの突然の訃報。
 
 ファンではなかったが、歌はそれなりに親しんだ。いちばんいいのは吉田拓郎作曲の「やさしい悪魔」あたりか。初期の曲「危ない土曜日」は社会人になってから知った。友人がカラオケで歌ったのを気に入って、自分もレパートリーのひとつにしたのだが、これが若い連中に意外にウケる。おもしろい歌ですねぇーと。
 
 中学時代のスーちゃんファンが「この曲がとてもいんだよ〜」と絶賛していたのが『午前零時の湘南道路』 聴いたらなかなかよくて、のちに自分もレンタル屋でレコード借りてテープに落とした。
 
 スーちゃんがソロで歌った曲である。
 
 
 職場のひと回り年下の同僚は「キャンディーズのスーちゃん」はピンとこなくて、ドラマなどで見る「女優の田中好子」のほうが馴染みがあるという。なんかちょっとショック。
 女優としての活躍はやはり映画「黒い雨」の好演だろう。井伏鱒二原作の映画化で、原爆投下直後の広島市内をさまよったばかりに原爆症にかかって苦しむ娘を演じた。小舟に乗っている彼女の顔を黒い雨が汚すのと、髪を漉いて呆然となるシーンが忘れられない。ビデオに録画してあるので近日また再見してみようと思う。
 
イメージ 1
 
  そして、こちら
 
イメージ 2
      なんだろう?とお思いでしょうが・・キャンディーズです。えっウソ!と言われてもキャンディーズ。
 
 顔が塗りつぶしてあるものの、なんとなく男だとわかる妖しいキャンデーズ。じつは小学校の修学旅行での演芸大会(古ッ!)のひとコマ。妖しいキャンディーズの右端がなんと自分(爆) これがはじめてで最後の女装だったかしら?
 当初は女装の予定はなく、土壇場で女子の服を借りることになり、さらには他クラスの連中が用意していたカツラを急遽あてがわれての登場。当時のキャンディーズの立ち位置は中央がスーちゃんで左がランちゃん。てことは自分はミキちゃんなのでした。カツラがおばさんモード。
 歌は「あなたに夢中」 この歌を知らなかったので口パク。でも大会一等賞。景品は覚えていない。じつは旅行前の打ち合わせであらかじめ一等賞がもらえることが決定していたという、ドロドロの世界が渦巻いていたのでした。そんな懐かしいキャンディーズがらみの想い出。
 
 
   スーちゃん享年55歳。あまりにも早すぎました。合掌。
 
 

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