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★川越スケッチブック-埼玉都民の川越暮らし
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本丸御殿の横の出入り口

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 ■今ある川越城本丸御殿は、嘉永元年(1948)に造られたものです。16棟に及ぶ大規模な御殿でしたが、維新を迎えて取り壊され、玄関・大広間・家老詰所のみが今日残されています。

 画像は本丸御殿横の「中之口」です。見学は現在有料ですが、私が子供の頃は無料公開されていました。当時は正面玄関からの利用は不可で、この中之口から御殿に入ることが出来ました。

 今ほど観光客が多い時代ではありませんから、いつ訪れても人の姿は少なく廊下の板が軋む音がやたら響くだけでした。城に興味を持っていた私は、ここへよく来たものです。

 ズックを脱いで障子を開けて入ると、すぐ右手に川越女子高等学校生徒製作による川越城の模型があって、これを見るのが楽しみでした。高校生の作品にしては、なかなか精密だったように思います。見学時間の半分近くは、この模型を眺めるのに費やしていたと思います。後に自分が高校生になったときに学園祭で城の模型を作ったのは、この川越城の模型が頭にあったからです。しかし学園祭までに完成が間に合わず、展示教室でも作っていたというお粗末さでヒンシュクを買いました。期日の守れないズボラな性格はこの頃からでした(笑)

 先日、本丸御殿へ行くと城の模型はありませんでした。片付けられてしまったのでしょうか。昭和30年代くらいに作られたボール紙製でしたから、保存に耐えなかったのかもしれません。
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 ■本丸御殿の各所をはじめ、川越城の遺構を随時ブログで紹介していきます。
= 城の危機を救った伝説の井戸 = 

 ■川越城の七不思議のひとつが『霧吹きの井戸伝説』 城内に使われない井戸があって、戦などの急変時に蓋を外すとあれよあれよと霧が湧き出て、城全体を覆って守ったという。
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 ■その「霧吹きの井戸」は現在川越市立博物館の前庭にある。それ以前は初雁球場脇にあったが、博物館建設のおりに現在地に移され、旧地は道路となってしまった。もっともこの霧吹きの井戸が城内のどの井戸を指したのかは不明のようである。市立博物館のある場所は旧二の丸跡だが、発掘調査によると二の丸跡だけで68基の井戸跡が確認されたという。
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 ■なんといっても伝説である。井桁には覆いがしてあるけれども、中を覗かずに遥か大昔を偲ぶところが伝説の楽しさといえる。

 *参考資料
  ●川越城-失われた遺構を探る 川越市立博物館 平成4年
  ●川越城 川越史料刊行会 岡村一郎 昭和44年

  ○上記資料は市立図書館で閲覧できます。

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 ■川越城本丸御殿と渡り廊下で結ばれている「家老詰所」は、明治初年の廃城の際に現ふじみ野市の旧家の母屋として移築され、昭和62年まで使用されていたもの。再び旧地に戻って修理復元された。

 春の午後、八間半に及ぶ縁側は散策の疲れを休める人でにぎやか。庭はたいしたことないので、あきらかにみなさん休息。縁側というのはどうも座りたくなるものですな。

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