川越城
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詳細
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こういうトイレを見ていて、ふと頭に浮かぶのは・・ 『急ぐとも 心静めて露落とせ あたり汚さぬマツタケの滴』 アラヤダ! この句?は、中山千夏の旅行エッセイ集「旅はツレアイ」の『伊勢奥津・赤字線』の章に出てくるもの。 彼女が伊勢奥津に旅して、雑貨屋を兼ねた商人宿に泊ったときに、この文句をしたためたビラがトイレに貼ってあったと相方(ツレアイ)に報告されて、おもわず見に行ってしまうのです。 21編からなる旅のエッセイ集。飾らない文章がとてもいい。好きなのは「夏油温泉」「伊勢奥津」「ひとり旅ぎらい」「厚岸」「倉敷」などの章。 学生時代にサークル内の文集編集を1年間担当したとき、いい文集タイトルが浮かばず「旅はツレアイ」を使わせてもらいました。感謝しております。 この本は現在絶版。いつも図書館で借りていたのですが、数年前古本市で見つけてすかさず買い、時々読み返しています。
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■市立博物館と市立美術館のある場所が、かつての川越城二の丸。表面的な二の丸の遺構はまったく無し。博物館建設時の発掘調査で建物や井戸・堀の遺構が確認され、陶器などの生活用品や板碑の類が発見されている。 廃城後まもなくの明治初年には浦和監獄川越分監がニの丸跡に置かれた。現在、市内大塚新田にある川越少年刑務所の前身である。明治43年に脇田(現在の川越駅西口前)に監獄が移転したあとは、建物が取り払われ芝地に松が点在する場になっていたようで、大正11年の市制施行頃は「川越公園」と呼ばれていたらしい。 昭和2年に川越商業学校の校舎がここに落成した。戦後に旭町へ移転した後は、グランドとして使われていたようである。昭和50年頃は商業学校時代の平屋のボロい校舎が西側に一棟残っていたを覚えている。 *画像は5月27日撮影。
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