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■モノクロ画像は昭和10年前後に撮影された写真。右は蔵造りのある一番街に今も美しい塔屋をそびえさせている埼玉りそな銀行川越支店(当時は第八十五銀行川越本店) 左の3階建て洋館が「川越貯蓄銀行本店」ビルである。この建物、残念ながら昭和30年代に取り壊されて現存しない。 川越貯蓄銀行は明治29年の創立で、第八十五銀行と役員が重複するなど密接な関係があった。昭和初年当時飯能と所沢に支店を持ち、他に出張所・代理店を県下や都内に置いたが、そのほとんどが第八十五銀行支店内であった。 川越本店も第八十五銀行のすぐ東側の同じ敷地内にあったが、昭和8年11月に南町通り(一番街)に面して新店舗が新築落成したのである。 設計は川越の近代建築をいくつか手懸けている工学士保岡勝也によるもので、鉄骨鉄筋構造の地下1階地上3階建の近代建築は半年の期間をかけて完成した。新店舗での営業に先立ち、顧客への内部見学会も開かれた。 ご覧のように3階建て洋館が2棟並んだ近代的景観は、当時すでに古風な町筋と言われていた川越の目抜き通りには画期的だった。 第八十五銀行は昭和18年に埼玉銀行となり、翌年には川越貯蓄銀行を合併した。戦後は貸しビルとなって「埼銀ビル」と呼ばれ、川越市教育委員会や証券会社に使われたが、惜しくも取り壊されてしまった。 【参考資料】
●株式会社川越貯蓄銀行本店新築工事概要 昭和8年 |
川越の洋館
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■木造モルタル洋館だった川越市立図書館へは、中学生頃の夏休みに通った記憶が強烈である。炎天下の道を自転車を走らせ図書館へ着くとすっかり汗だらけ。低い石柱の門を入りポーチから玄関に入ると、一瞬にして冷やりとした空気が体を包んで汗が引いた。薄暗い玄関の右側にのびた細長いたたきに下足箱が並んでいる。大きいスノコが敷いてあって、運動靴を脱いであがるとあたりをはばかるようなけたたましい音をたてた。 1階は事務室で、2階が閲覧・貸し出し室になっていた。玄関フロアから幅広のどっしりとした急な階段が2階に通じていた。旧館時代の図書館で印象深いのはこの玄関と急な階段である。 2階の閲覧室はクーラーなどないから、すべての開け放たれた窓からの自然の風が唯一の涼しさ。夏休みの自由研究で頻繁に訪れたら、カウンターの女性職員が顔を覚えてくれた。隣接する第一小のプール授業のざわめきを耳にしながら検索カードを懸命にたぐり、館内閲覧に限られていた「川越案内(明治41年刊)」などの貴重な書籍をはじめて見たのもこの図書館だった。 この建物は昭和7年の建築で、横に蛇腹のようなデザインが施されている。くどい感じがして好きになれなかった外観だったが、久しぶりに新築当時の写真を見たらなかなかモダンに感じた。 |
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■川越市松江町二丁目、川越街道に面してこの洋館があります。明治時代に浦和に創立した「埼玉農工銀行」が、熊谷・久喜に次いで支店を設置したのが川越でした。 記録によると昭和3年春に地鎮祭を行い、竣工及び支店開設は同年11月。「埼玉県大正建造物緊急調査報告書(昭60)」には、2階正面の柱飾りに旧帝国ホテルの設計者F,L,ライトの影響が見られるとあり、デザインレベルが高いと評価されています。 埼玉農工銀行川越支店として営業したのはわずか2年余り。その後、日本勧業銀行川越出張所となりましたがこれも長続きせず、戦後は昭和45年まで川越商工会議所として使用されました。現在は生命保険会社です。 左上の小画像は、昭和58年当時に撮影したものですが、外観の色は旧態をとどめています。現在はホワイトに塗られてしまい、味気なさが惜しまれます。 川越には旧第八十五銀行本店(大正7年)、旧武州銀行川越支店(昭和3年)の洋館建築、旧川越貯金銀行(明治31年頃)の蔵造り建築が残されていますが、「現存する全国の主な銀行建築」というサイトを見ると、地方都市でこれだけ銀行建築が残存するのは珍しいようです。 蔵造りの街並みからは外れたところに位置するこの旧埼玉農工銀行川越支店の建物、今後もこの場所にあってほしいものです。 【参考資料】 ●埼玉農工銀行営業報告書 昭和4年 *画像は今年3月に撮影したものです。
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