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★川越スケッチブック-埼玉都民の川越暮らし
忙しすぎて更新ままならず・・すいません

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■師走の職場に流行るもの
 
  それは、手製弁当持参。
 
  なにかと忙しい師走に上司の左遷問題勃発で、例年に増して慌しい毎日。
  残業続きとなれば、なんやかんやと食費もかかる。
  というわけで静かに流行る弁当持参。
 
  お茶持参はもうほぼ当たり前。朝1㍑保温ボトルに入れたお茶は充分な量で深夜まで熱い。もっぱ   ら100円ショップの大袋ほうじ茶パックを愛用。みんな紅茶や煎茶などおもいおもいのティーパックを   利用している。
 
  弁当はさすがに毎日というわけに行かず、自分はせいぜい週一回くらい。震災直後は弁当持参が多  かったので、弁当箱は3種持っている。ひとつはカレーやシチューが入れられる丼タイプ。これは便   利。
 
  12月某日の弁当は、なんと「川越太麺焼そば」!!
 
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  川越西郵便局そばにオープンしたスーパー「生鮮市場(マミーマート)」へ行ったら、川島の高橋製麺の太麺焼 そばを売っていたので。
 
 このスーパーには新潟寺泊の水産会社が出店しているので、魚類コーナーはすごくにぎわっている。わが家からはちょっと遠いので、ちょくちょくは行かれないけれど、正月用の魚はここで買おうかと検討中。惣菜パンや菓子パンなどのほとんどが105円のベーカリーも気になる。
 レジが30台くらいあるのがすごい。空きフロアになっている2階にはどんなテナントが入るのだろうか。
 
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 ソースはウスターで。
 ウィンナーはロヂャースへ行くとよく買う品。味がいいので個人的に気に入っているもの。でもロヂャースは来  年正月明けから5月初旬頃まで改装休業。 このウィンナーは他のスーパーとかで見かけたことがないので
 半年ガマンか・・

★ようやく

 
  不調だったパソコンがなんとか復旧しました。ホッ
  
  今週に入ってからブログ作成しようとも、数秒で画面が消えて真っ白になってしまう状態になり、ニュース
 記事も天気予報も見れず、完全にお手上げ。
 
  システム復旧で8月時点の状態まで戻しましたが、不調はそれ以前よりあり、復旧はしたもののすぐに再発
 したので油断できません。パソコンに疎い私には頭がイタイところです。
 
 帰宅してもパソコンが使えないので、途中まで見たままになっていたDVDを毎日少しづつ見てから寝てました。
 
  1986年の東映作品「玄海つれづれ節」です。監督は出目昌伸、出演は吉永小百合・風間杜夫・八代亜紀・三 船敏郎など。
 
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 20数年ぶりに観たのですが、ストーリーはいまひとつかな・・・北九州を舞台に人情がからむ筋立てだけれど、
余韻に乏しくて迫ってくるものがない。吉永小百合が借金残して蒸発した夫を探すのですが、岡田祐介演じるこの夫が大人になりきれない子どもみたいな男で、なぜ吉永が未練タラタラなのかわかりませんなー。
 同じように子どもがからみ北九州が舞台だった「神様の呉れた赤ん坊(前田陽一監督/松竹/1980年)」のほうが物語にも画面にも情感があってよかった。こちらは桃井かおりと渡瀬恒彦主演。
 吉永・風間・八代が好演。ちょっと頭のネジが緩んでいるようなキャラを演じた八代亜紀がいい。三人で踊りながら歌う「キャバレー・フラミンゴ」もいい。当時劇場で限定2000枚だけ販売されて初日完売したレコードとか。
 トップシーンの吉永小百合の邸宅は、入間市の石川製糸西洋館での撮影。吉永・風間・岡本信人の同窓会シーンの大広間はたしか川越の料亭初音屋での撮影のはず。公開時にロケ記事が掲載された新聞か雑誌をどこかに取っておいたはずなのですが・・いざとなると見つからない・・
 まあ気楽に楽しめる作品です。

●おしらせ●

●おわび●
 
 いつも川越スケッチブックをご覧いただきありがとうございます。
 半月前からPC不調により、記事作成時に不具合が生じています。
 ウイルスではなく、どこかの接続が悪いのが原因のようです。
 コメント返しや、みなさんのブログへ訪問してのコメント欄への記入なども、できたりできなかったりの状況で  す。
 ブログ記事作成はなんとか続けますが、長く間が空いてしまうこともあると思います。
 当分の間ご勘弁ください。
 
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                     蓮馨寺のねこ(11月撮影)
■宮下の氷川さまにて               ¤ˤۤó\֥���¼ ÃϰèÀ¸³è¡ʳ¹¡Ë ¡­ØÅì\֥��� Àî¡Þ۾ðÊó¤Ø
 
 
 
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   この秋は冠婚葬祭が多く、休日にゆっくりできない日々である。
  池袋ホテルメトロポリタンでは知人の結婚式があった。披露宴に出席したが、招待客にゆっくり
  くつろいでもらおうとの新郎新婦の意向で、とても和やかな宴だった。会場に流れる曲は、音楽
  好きな新郎の選曲センスが際立った。自分は斥候のように動いて、新郎新婦の幸せな表情を
  デジカメに。後日、他の人たちの手描きお祝いカードを所々に挟んだアルバム仕立てにしてプレ
  ゼント。
  
   地元川越宮下町の氷川神社では親戚の結婚式。こちらも仲人は立てず、祝辞や余興も極力
  抑え目ににして最後までゆったりとした時間が流れた。
   神前結婚式なので回廊から境内出て本殿へ歩む。大きいガラスを隔てて彫刻が素晴らしい
  本殿が望めた。祝詞や巫女さんの優雅な舞のあとに、新郎新婦はこの本殿間近くまで歩む。
  川越まつり時に公開された彫刻を見ておけばよかったなどと思っているうちに、ふとうちの両親
  はどこで挙式をしたのだろうと思った。どう記憶をたぐっても親から結婚式の話を聞いたこともな
  いし写真も見たことがないのである。唯一聞いた話は、華のBG(*)だった母親が、退勤に川
  越市駅まで来ると、親戚のおっさんが見合い写真を持ってまちぶせしていたことだけ。娘った
  母親はたいそうたまげたそうな。       *BG(ビジネスガール)=OL(オフィスレディ)の旧称。
 
   でもそんなことはすぐ忘れてしまい、披露宴ではプロカメラマンたちの邪魔にならぬよう、また
  またカメラを手に動き、豪華な料理に舌鼓をうった。ひさしぶりの地酒鏡山がえらく美味。
 
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              ▲ステーキうまし どこ産の牛だろうか
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            ▲新郎新婦が選んだデザート アイス・ケーキ・フルーツ
 
  帰りがけにコンビニで撮影写真をセレクトしてプリント。すぐ写真にできるのだから便利な時代。
  式の様子を話しながら写真をひろげると
 「私たちのときは本殿のところにガラスなんてなくて寒かったねえ」
 と母親。
  ええっ!?と聞きただすと、なんと氷川神社で式を挙げたと言うのである。写真もちゃんとあるという。
 「見せたことなかったっけ?」
 見たことあるのは、岩崎宏美みたいなロングヘアでセーラー服にモンペの小学生時代の母親の写真
 だけである。はじめて見たときはちょっと笑った。
  挙式写真はどこかに仕舞いこんでしまったらしい。見れるのはいつの日だろうか。
 
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 ▲大正時代の川越氷川神社
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 ▲明治末期頃の氷川神社裏  現在の新河岸川はまだ無かったが、小さな流れもあり彼方まで田園が広がって眺望の優れたところだったらしい。田園を望む涼み台が作られている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★なまず

■なまず
 
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 残暑の中、斎場から寺を回って戻り、本膳料理となる頃にはにぎやかな談笑となった。
 大勢の親類がひさしぶりに揃うと、昔話がひょいと出るものである。
 
 メモリアルホールの広い窓からは、新斎場建設予定地の向こうに黄色の稲田が広がっている。
 伊佐沼から流れ出る九十川の旧路が稲田の中に名残りを留めるが、父親が子どもの頃にここまで遊びに来たと話しはじめたので、こんな遠いところまでとびっくりした。自宅からは相当の距離である。話の様子では子どもだけで来たらしい。以前にも市内池辺の「おっぽりの池(巨人の足跡伝説の池で、今はわずかな痕跡のみ)」へ、歩いて行って釣りをしたと聞いて驚いたことがあったが、昔の子どもの遊びエリアは相当広範囲だったようだ。昭和20年代前半のことである。
 
  九十川を少し遡ると「二枚橋」がある。大宮へ通じる街道の小さな橋で、今は新道ができたため大正13年竣功の橋梁は補修されてそのまま使われている。
 ひと頃までこの橋のたもとにあった天ぷらやは、川越の人の昔話に頻繁に登場する有名な店。野菜と雑魚だけの品目だったが、味の良さで遠方から多くの顧客を集めたという。正式な店名はあったのだろうが、通称は「二枚橋の天ぷら屋」であった。店横には鶴川座と演芸館のビラが貼られ、九十の流れにビール瓶が浸けてあったそうだ。天ぷらで一杯飲ませたりもしたらしい。
 
 父親らがこの天ぷらやのところまで来ると、九十川にたくさんのナマズがいたそうである。詳細を聞き逃したが、竹筒製の捕獲器なのか、流れの一部を単に竹で区切ったその中にいたのか、畑作地帯に住む子どもたちにはとても珍しくてはしゃぎながらナマズを捕まえた。もちろんナマズは天ぷらやの商売用。しかし店の人もすぐには注意せず、しばらくは子どもらを楽しませてからハイッそこまで!の寛大さ。 そして一匹か二匹土産にくれたそうである。おそらく見かけない顔なので、遠くから来たと聞いて親切に手土産を持たせてくれたのだろう。
 
  のどかな時代の話である。
 
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 二枚橋のたもたから九十川上流を望む。
 
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 橋のすぐ脇を新道が通っている。戦前まで川越と大宮の間を走ったチンチン電車の橋は新道のあたりにあった。電車橋と人道橋があったことから「二枚橋」と名づけられたともいうが、本当だろうか?
 大正生まれの叔母から、このチンチン電車に乗った話しを聞いたことがあった。大宮公園あたりに遠足に行ったときらしい。昭和10年頃のことで、西武鉄道の支線だったが、同社は並行して走るバス運行に重点を置いて、チンチン電車は数時間に一本くらいの運転だった。
 
 本膳料理を食べているとき、私はほとんどの人に背を向けている位置に座っていたが、ふと振り返ると叔母が
壁際に飾られた叔父の遺影を眺めているところだった。叔父の亡くなった日に訪ねたとき、叔母は泣きはらした顔でよく来てくれたねとすがりついてきた。手を握ると小さくて羽二重餅のように柔らかかった。背も小さくなって、かわいらしい童女のようだった。数年前から気持ちのほうも童女のようになっているので、もうチンチン電車に乗ったことも覚えていないかもしれない。
 
                             ¤ˤۤó\֥���¼ ÃϰèÀ¸³è¡ʳ¹¡Ë ¡­ØÅì\֥��� Àî¡Þ۾ðÊó¤Ø
                            
                         
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