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■今週は
多忙につき週末まで更新できないかもしれません。
川越ネタ画像もほとんど底をついているので丁度いいんですが。
グルメネタはいくつかあるんで、時間あったら更新しますね。
▲蔵の街を行く豆腐屋さん(8月撮影)
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私事
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詳細
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■川越で、オリジナルTシャツを
同僚が退社して北海道の実家へ帰ることになった。社員合同での送別の品はすでに贈り、別れの宴も開いたが、自分たちの部署でアルバイト学生らも含めたささやかな送別会をすることになった。
なにか温か味のある送別の品をと考えた末、ひらめいたのがオリジナルTシャツ作成。本人がたわむれに描いたいたづら描きをTシャツにしてしまおうという企画。
ネット検索で職場に近い繁華街にあるTシャツ専門店を見つけさっそく出向いたが、原画を見せる前に「現在注文が立て込んでいまして、仕上がりは来月になりますが」 来月では北海道へ飛んでしまう。一週間足らずの期間ではやはり無理なのだろう。あきらめて帰路に着いたが、他にないだろうかと携帯でググると灯台もとく暗しとやらで、なんと川越にオリジナルTシャツ製作のショップがあるではないか!
川越へ着くといちかばちかでその店へ。
本川越駅と川越市駅の間にある「g−sido(ジーサイド)」の扉を押すと、爽やかな笑顔が出迎えてくれた。紙に筆ペンで描かれた原画を提示して、来週末の送別会で手渡したいのですが?と恐る恐る言うと「わかりました、来週末までに間に合わせましょう」 おもわず「あーよかった、助かります!!」 Tシャツの色やプリントの大きさなどてきぱきと相談に乗ってくれて、わずかな時間で注文終了。帰宅してしばらくすると仕上がりイメージ画像が携帯メールに送信されてきた。 画像をバイトくんたちに転送すると大ウケの反応で、送別会当日の楽しみが増えた。
翌週めでたくTシャツは完成。あとで店のチラシを読んだら、製作には10日前後、ご来店の際は事前にご連絡をなどとあって、ほとんど飛び込み状態で伺ったのに丁寧な接客で製作期間も無理してくれて、ほんと感謝感激。機会あったらまたぜひお願いしたいお店「g−sido」は川越市中原町2−12−10
そして完成したTシャツはこちら!!
その名も『ウインナー君』
シャツを入れる化粧箱と手提げをあつらえ、待つは送別の宴。 会場もネット検索で探し、チェーン店ながらも個室・雰囲気・料理の質を売りにした店を2日前に予約。利用者の書き込みを読むと好意的な内容が多いので期待大が、料理が出てくるのがやや遅いらしいので、最初にたくさん注文してしまうのがよさそう。
そして、送別会当日。
あけてびっくり玉手箱。本人一瞬唖然としてから大爆笑。「まさかこの絵がTシャツになるとは!!!!!」
二着あげて、一着はその場でみんなに回して、ペンで記念の寄せ書きを。
喜んでくれたので、まずはめでたしめでたし。
テーブル席の個室。フロアは和の作りで、通路は石畳。コテコテ
してないデザインの店内。
刺身大漁盛り。送別会なので奮発!
厚切りベーコン&アスパラガス串焼き。ちょっと塩効きすぎるも
それでも美味い!
店の水槽を優雅に泳ぐ「ウツボちゃん」
お運びのおにいさん談話「長く居すぎてもう食べられないんです」
もう身がおいしくないとのこと。以前はメニューにウツボがあったそ
うだ。
「私、これで勤務上がりますが、みなさまお帰りの際にはウツボ
ちゃんにご挨拶よろしくです」 若き日の大江千里みたいなお運びの
おにいさんはなかなかひょうきんだった。
18時スタートの宴は3時間を予定していたが、おひらきになったのは23時過ぎ。さんざっぱら飲んで仕上げにチョコパフェ平らげたねえさん一名が、酔っ払って泣き上戸を発揮し、店外に連れ出すのに一苦労。
送別会の主人公は七月いっぱいで退社。お盆前に羽田から離陸の予定。人口千人余りの村へ帰ったら一ヶ月ほどして海外へ語学留学する。故郷は外人客も多いリゾート地でもあり、これからの生活を観光に委ねるためにはどうしても語学力のアップが必要なための留学。日本人は他におらず、朝7時から夜10時までひたすら授業の毎日を三ヶ月間こなす。きついカリキュラムは3ケ月が限度と言われたとか。「留学先で着ます、ウインナー君Tシャツ」
すでに人生の半分を生きてきた同僚だが、北海道での新規まき直しがんばってほしい。 |
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■緑陰で
暑い昼下がり、人もまばらな境内で客待ちをしながら読書中。その向こうの人も読書中。
緑陰で涼風に頬を撫でなれながら読書といきたいところだが・・・・
暑苦しい通勤電車内で最近読んだ一冊がこちら
「練馬の民家と屋敷森」 昭和50年頃の練馬区内の古民家と屋敷森を調査してまとめた小冊子。かつては我が家にも屋敷森があったので、懐かしさにかられて読んだ。
うちの屋敷森もちょうど昭和50年頃まであった。母屋を囲むように北側と西側にあって、夏場は多少なりとも屋敷森のおかげで暑さが和らいだ。夏になると地面からセミの幼虫が出てきて、太い樹木にしがみついて成虫になり、昼寝を妨げる大合唱をやらかしてくれる。おもにあぶらゼミが多かったとおもう。ふと気づくとぬけがらが幹に残っていて、成虫になる感動シーンは滅多にお目にかかれなかった。
冬は屋敷森自体が大きな音を出した。荒い季節風が梢を強く揺すぶり、擦れた枝や葉がザワザワゴオォォとうなるのである。風がやむと小さい枝やどんぐりが無数に散らばっていた。枝は集めて焚き火用に積み重ねていたが、春になって残ったものを除けると、青大将の白いぬけがらがあったりした。
近所の新築住宅の屋根が吹き飛ばされた台風で、屋敷森の一本も根元から折れてトタン屋根の車庫を押しつぶさした。つぶれた屋根の下敷きになっているカローラを今でも覚えている。 |
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▲川越商工会議所(旧武州銀行川越支店)
中学生だった夏休み、課題の自由研究で友人らとともに川越の昔について調べた。社会科教諭が貴重な休暇を割いて一番街周辺を案内してくれたが、前任校がこのエリアだったため顔が利き、時の鐘に上らせてくれた。埼玉銀行(現りそな)ビルは丁重に断られたが、商工会議所では「屋根が傷んでいるので一般の方は上げないのですが」と言いつつも気軽に屋上へ案内してくれた。
この時二階の一室に郷土史家が調査のために詰めており、ほんのわずかの時間歓談した。中学生たちの熱心さを褒めてくれて「ちょっとむつかしいけど読んでみなさい」と一冊の本を分けてくれた。ある大学のサークルの学生たちが川越についてまとめた内容だった。各種の統計などから調査分析した研究で、中学生にほとんど理解できず自由研究の参考にはならなかった。
五年後偶然にもこの大学に入学した。桜満開の入学式は前日に自家用車が故障したため、急遽手配した小型トラックで乗り付けて駐車場係りをびっくりさせた。ガイダンス後にクラス集合写真を日当たりのよい外階段で撮影したが、右も左も知らない人ばかり。撮影が終わってホッとして歩き出すと、ふいに肩をたたかれた。振り向くとニヤけた顔があって「君、うちのサークルに入らない?」 なんと川越を研究したあのサークルだったのである。
そのときは断ったが、履修相談にのりますの言葉につられてこのサークルに入部し、なんとも波乱万丈な日々を過ごしたのである。
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備えあれば憂いなし・・という言葉は我が家に無くて、足りていないと騒がれている日用品類のほとんどの買い置きが無いが、もう我慢するしかない。
それでも計画停電実施時に情報が確保できない不安から、携帯ラジオだけはほしい。夜間の揺れもまだある。あちこち探し回る時間もないので、勤務の合間に新宿の家電量販店をのぞいてみたが、節電で薄暗い店内の棚は予想通りからっぽ。唯一、店頭で販売されている「防災セット」にラジオが含まれているとのこと。家にある「川越市防災袋」には中身が入っていないので、これを詰めておけば丁度いいと考えてセットを買い求めた。
ラジオはハンドルを一分間グルグル回すと充電する仕組み。FMラジオが受信できる。停電の3時間あまりを過ごすのはこれで充分だろう。夜間の停電もあったが、まだ自分は遭遇していない。市内の友人が電話で「夜間停電になったけど、室内より外のほうが明るいんだよ。だから縁側のところにいたよ」と言っていた。
今日19日は計画停電実施は無いとのこと。少しだけ安泰な一日が送れそうである。
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