|
時間つぶしに見たのですが、江戸博ですから内容は濃いです。
展示は三部構成。
【第1章 終戦から高度成長へ】
終戦直後のラジオ放送やカストリ雑誌、民主主義関連、電化製品等が展示されてます。
ステレオやテープレコーダーがありましたが、幼い頃に近所のお宅にあったのを思い出しました。マイクを向けられてなにかしゃべりなさいと言われたものの照れて笑っただけでした。自分の笑い声が再生されるととても不思議でしたね。
脇にハンドルの付いた洗濯機は我が家にもありました。母親がハンドルを回してロールの間から洗濯物を絞りだす光景をよく覚えています。
【第2章高速鉄道 新幹線の歴史】
開業当時の資料や、写真、座席などの実物資料、車両模型など豊富な展示物です。
幼稚園の頃、自由画の時間を与えられるとクレヨンで新幹線をよく描いていました。いつも画用紙いっぱいに横から見た先頭車両のみの構図と決まっていました。わずかな空白に景色を描いて完成すると得意満々でしたね。
新幹線初乗車はずっとあとのことで中学2年の修学旅行のときでした。京都駅ホームの売店でクラスメートと新聞の立ち読みをして叱られました(笑)
●日本鉄道技術協会「JREA」新幹線開通特別号
1964年10月号の表紙 *博物館展示品ではありません
「JREA」に掲載されている開業当時の新横浜駅周辺
【第3章 1964年東京オリンピック・パラリンピック】
開催のための資金調達の様々な方法、外国からのお客様を迎えるため町の徹底的な衛生化やタクシーの接客向上化などが興味深いものでした。
東京オリンピックのテレビ中継は開会式と毎日1競技がカラーで放送されたそうです。自分にはカラー放送で開会式を観た記憶があるのですが、高校生くらいになると疑問を持ちました。生まれて間もない物心つかない頃ですし、当時はまだ我が家にカラーテレビは無かったのですから。ではなんの開会式を観たのだろうと推測すると・・・どうやら昭和43年の埼玉国体らしいのです。アルバムに同年夏に撮影した居間の写真には白黒テレビがあるので、この直後に買い換えたようです。キドカラーでした。まだカラーと白黒番組混在時代で新聞テレビ欄には番組名のところに【カラー】と記してありました。
ついでに常設展示も
日本橋附近の町並み模型
越後屋呉服店模型
浅草十二階
昭和初年の庶民の家。ちゃぶ台生活
自家用車時代
ドイツ人撮影の昭和41年の東京生活。
両国駅
これはぜひ見たい企画!
師岡宏次の写真集は手元にあるのですが、やはり
時間あれば出かけてみたいですね。 |
博物館・資料館など
-
詳細
コメント(6)
|
▲川越市幸町で
ようやく時間が取れて、市立美術館で開催中の「川瀬巴水展ー郷愁の日本風景」を観賞してきました。いくつかの作品に描かれている夏空にムクムクと湧いて屹立する雲、降りしきる雪の力強さ、静けさが伝わってくる早暁の色彩、しとしと降る夜半の雨景色に魅了されてきました。
週末のせいもあって会場はたいへんなにぎわいでした。やはり人気があるのでしょう。会期後半は作品の展示替えをするそうで、今回の入場券半券を提示すれば2割引きで見れるとのこと。なんとか時間をこしらえたいものです。
展示図録は2000円もしましたが、内容は素晴らしいものです。この図録は将来価値がでると思います。
美術館前から博物館を望んだ景 |
|
川越市立美術館で開催中の「没後50年 岩崎勝平」を観てきました。
交流のあった川端康成が「神様絵描き」と称した岩崎勝平(明治38ー昭和39年)は川越出身の画家です。官展画家として活躍をはじめたのにもかかわらず、さまざまな事情により波乱の生涯をおくりました。没後50年が経過して岩崎勝平を知る人も少なくなり、ここでもう一度彼の画家としての軌跡をたどる展覧会です。モデルをつとめた女性の方たちの証言がたいへん貴重です。
私が好きな絵画二点をじっくり観賞してきました。
右「夏」、左「夕空に駆ける」(川越市立博物館第三回特別展「ー川越の生んだ鬼才ー岩崎勝平」展示図録(平成三年)より)
大きなキャンパスに描かれたこ作品は、実物を間近で見るとその躍動感に圧倒されて清々しい感動にひたれます。20年ぶりに実物を観ました。
晩年の作風にはあまり感心しないのですが、東京百景や川越百景などの線画には魅かれます。何度も描きなおした画が数枚ありましたが、構図が少しずつ違っていて点など興味深かったです。
今回印象が強かったのは油彩の「二人の少年」で、椅子に座った少年の白いTシャツの質感が素晴らしいものでした。
この展覧会へ出かけたのは連休前でしたが、すっかりブログアップするのを忘れていていたものです。
「没後50年 岩崎勝平」は6月15日まで開催されています。
こちら東京上野の国立博物館
4月の末、二時間ほど時間が取れたので上野で下車し初夏の陽気の中博物館へ。目当ては開催中だった「キトラ古墳壁画」展。
しかし、館外広場で90分、館内で30分の待ち時間とのアナウンスにこりやだめだと即座に踵を返し、とうとう機会を逃してしまいました。
代わりに上野東照宮を見物
|
|
台風からスタートした今週も、毎晩終電近い忙しさでした・・泣
それでもわずかな空き時間を利用して行ってきました両国の江戸東京博物館。
でもまずは腹ごしらえ。
神保町にいたので、先日も利用した「築地食堂源ちゃん」へ。
本日のランチメニューの中から「さんま塩焼きと唐揚げ定食(880円)」を選択。
レモンをギュッとしぼって、醤油をかけた大根おろしと食べるさんまはまさに秋の味覚。
さんまは毎日食べても飽きないほど好きな魚・・・安上がり(笑)
さて両国へ移動と店を出ると、隣でなにやら古本のガレージ
セール中。ついつい寄り道。
5分ほど漁って2冊ゲット。いずれも100円。
「東京人」のバックナンバーがたくさんあったので、以前古本屋で
買って喫茶店に忘れてきた映画の特集号があるか探したのだが
ザンネンながら無し。
残暑の中、駿河台下から坂道を御茶ノ水駅へ。
「明治のこころ モースが見た庶民のくらし」会場入口。ここだけは撮影可です。
大森貝塚の発見者として知られるエドワーズ・モースは、明治10年から3度にわたって日本を訪れ約4年間の歳月を過ごしています。庶民の暮らしに強い関心を持ち、当時の人々が使っていた日常の生活道具や陶器などをアメリカへ持ち帰り、モースコレクションとしてそれらの品は大切に保管されてきました。江戸東京博物館開館20周年記念特別展のため、コレクションの中から選ばれた、生活道具・陶器・着物など320点が里帰りし公開されています。
エドワード・モースは川越とも関わりのある人。「日本その日その日」には川越へ立ち寄ったことが書かれていますし、川越宮下町の氷川神社祠官であった山田衛居日記集「朝日之舎日記」にも川越へ宿泊したモースのことが記録されています。
展示は「よそおう「「たべる「いのる」「なりわい」等のコーナーに分かれていますが、「いのる」には氷川神社や喜多院、行伝寺のお札が展示されています。「たべる」には瓶詰めのイナゴの佃煮があって、解説には「川越の民家に泊まったときにごはんにつけて食べなさいと言われた」とあります。 墨で真っ黒になった習字の練習帳の隅にかろうじて読み取れる名前は、川越に宿泊したお宅の方ではないかと思ったりします。
台所用品や玩具類、お歯黒などの化粧道具には、今となっては使われないものも多く、そのころの未来に生きる自分たちに新鮮な深い感動を与えてくれる素晴らしい展示です。ぜひ!
これは無料のリーフレット。
公式図録は2100円。迷ったけれど買い逃すとこの手は入手がむつかしくなるので購入。
職場のバイト学生(美術専門学校生)が読みたいというので貸し出し中。戻ってきたらゆっくり読むつもり。
|


