ここから本文です
★川越スケッチブック-埼玉都民の川越暮らし
忙しすぎて更新ままならず・・すいません

書庫東京

記事検索
検索

★上野・西郷どん

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

 上野には何度も来ているのに、西郷隆盛の銅像を見るのは初めて?な気がする。
 
 西郷どんといえば、彼が入浴したという九州の某温泉に一夜を送ったことがある。10年ほど前に友人の結婚式によばれたときのこと。式場が温泉場近くのためここに宿を用意してくれた。川沿いの田園地帯に旅館が点在するところで、式前日の午後に地図を頼りに着いた宿屋は飾り気のない昭和40年代の建物。映画「パーマネントブルー・真夏の恋(1976年)」に登場する宿屋のような風情。

 通された六畳間で手持ち無沙汰に寝転んでいると、天井の隅で蜘蛛が一生懸命に巣作りしていた。あとで顔を出した友人は「こんなとこだとは思わなかった、ごめん!」と叫んでいたが、けしてそんなことはなかった。宿屋前の細い道を隔てて共同浴場があって、入浴はそこでするのである。内湯もあったかも知れないが記憶にない。共同浴場のほうは地元の人達もやってくるし、普段味わえない時間の流れがあって不思議な居心地があった。翌朝も入浴した。

 と、上野の西郷どんを眺めていて西南戦争よりもそんなことを思い出した。

 余談だが、この結婚式のときに歌をよろしくと頼まれていたのだが、式が始まってから進行係りが耳元でささやくには「伴奏テープはあるが、歌詞カードが無い」と。えーそんなこと聞いてないよー!と、あわてて式場を脱け出すと、タクシーつかまえて「本屋へ!」
 買ってきた歌本の掲載歌詞ページを破って、それを片手に無事お努めを果たした汗だくの思い出がある。友人にはこの顛末を話したのは数年後のこと。

★上野・不忍池

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

 用事でお茶の水から上野へ回りました。

 昼前に少し曇り加減になりましたが、あまり寒さを感じさせない穏やかな天候。

 池全体を覆っている枯れた葦の色が、陽射しに輝いて金の胡麻色です。

★湾岸の暮れ時

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

 仕事休みにつき、りんかい線で湾岸地区へ用足しに。

 現地で知人と合流。昼食はイタリアンのランチで済まし、ずっと屋内にいたのですが4時過ぎにちょこっと外へ出て見ました。未来都市の景観地域は人の姿も少なくて、風も無い夕暮れ時が妙にわびしく感じられました。

★ダッシュで浅草寺

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

 用事で浅草へ。

 上福岡駅での人身事故の影響によるダイヤ混乱中の東上線急行に乗る。上りはほぼ平常ダイヤに戻っていたが柳瀬川で速度が落ちた。志木駅に到着すると中板橋駅で人身事故が今発生したとのアナウンス。今日は東上線の厄日らしい。志木で止っては身動きが取れないなと思っていたら、準急格下げ運転で取り敢えず朝霞駅まで走るという。ホッとして朝霞台で下りる。さっさと振替乗車票もらって武蔵野線に乗り換えたが、朝霞台駅の対応はひどかった。窓口がひとつしか無いのだから、清算客への対応がひとりずつになるのはわかるが、振替乗車票の配布や乗り換え案内に対応する駅員がいなくて、清算窓口の駅員が一人ですべてやっているのは不可解である。長蛇の列と案内の不手際に愛想つかした何人かは北朝霞駅のJR駅員に、こっちで振替乗車票を貰えないかとか、東武さんにもっと対応をきちんとするように言ってくれとか懇願していたがやんわり断わられていた。

 南浦和駅で京浜東北に乗りかえるつもりが、普段利用しない不慣れさでうっかり武蔵浦和駅に降りてしまった。次の電車まで10分あるのでしまったと思ったが、ふと気づいて埼京線ホームに出て各停に乗り、赤羽駅で上野行きの中電に駆け込み乗車した。上野から地下鉄で浅草へ。予定より15分遅れ。

 用事が長くかかって、自由な時間が20分くらいしか残されてなかった。裏道伝って急いで浅草寺詣で。お御籤は吉。さっさと駅へ戻り、朝から食事をしてなかったので古びた地下街でヤキソバを食べた。すごく美味いというわけではないが、水分が適度に飛んでいるヤキソバ。そこらの中華屋のびしょびしょしたヤキソバよりはいい。このあと仕事が忙しくて夕飯を食べ損ねたので本日唯一の食事となった。

★浅草のレトロ建築

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4


 ■東武浅草駅と神谷バー

 昭和6年(1931)に竣工した浅草駅は関東最初のターミナルビルで、松屋デパートがテナントとして入居している。建築当初の姿は2枚目の画像のとおり。個人的にこのデザインは好きなのだが「帝都復興せり!」を読むと、救いの無いほど酷い渋谷東横デパートの建物とともに、のびやかさに欠けると酷評されている。現在の外観は御覧のとおりだが、旧態に戻すことはできないのだろうか?建物裏手部分は昔のままであるし、昔のようにしたら雰囲気もいいと思うのだが・・鹿児島の山形屋デパートも戦前の外観を復興させてることだし。

3枚目の「でんきぶらん」の神谷バーは建物横を撮影したもの。横のデザインもなかなかいい。「東京生活・浅草特集」を読んだら、この建物は大正10年(1921)とあって驚いた。関東大震災をくぐり抜けているとは!4枚目の画像は昭和初年の航空写真。中央に神谷バーの建物が見える。高層建築は右の松屋くらいだったのがよくわかる。現在とは雲泥の差。

 正月明けには、またまた浅草へ行かなくてはならないので、その時にまたじっくり見てこようと思う。

開くトラックバック(1)

mak**756*000
mak**756*000
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

ブログバナー

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

検索 検索
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
友だち(8)
  • かずみん
  • まさる
  • マコリン〜♪
  • はいむ
  • しのゆう
  • 元気
友だち一覧

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン

みんなの更新記事