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■人形町行き 震災直後は入手困難のものが続出したが、無頓着なのでそのうちなんとかなるだろうと思っていた。それでも計画停電の際にはどうしても電池が必要になった。夜間停電時の懐中電灯用である。しかしどこの店も空っぽの棚。
学生時代の友人が九州にいるので、頼んでみようかなとぼんやり思っていたら携帯が鳴り出した。なんと九州の友人からである。滅多に電話なぞよこさないので珍しいと思いながら出ると、いきなり「足りないものがあって困っとるやろ?送ってやるけん!」 こんなにびっくりしたことはなかった。電池を所望したらすぐに店へ走ってくれ、九州でも品切れが始まっていた電池を送ってくれたのである。
お礼になにか送るからと言ったら「甘いものはいらん、せんべいでよかよ。堅い醤油のせんべい」 じゃあそのうち送ると言っておいたが、なんだかんだで二ヶ月が過ぎてしまい、遅くなった申し訳けなさも手伝ってどこか老舗のせんべいでもと、書店で五つ星の手土産なんたらの本をパパッとめくって、東京人形町のせんべい店に決めた。手焼きだからおいしそうだし。
神保町で用事を済ませてから半蔵門線で水天宮前へ。この界隈へ来たのは初めてである。ビルだらけでなんの感慨もなし。甘酒横丁という通りにある「草加屋」が目指す店。
ビルの1階にあって、明るい今風の店。
発送を頼んだのは備長炭で丹念に焼き上げる「三木助師匠が金庫に隠した手焼き(画像左)」と「おこげのある勘三郎焼き(画像右)」の詰め合わせ。自宅用にも袋入りを買い求めたが、食べてみると香ばしく適度にしょっぱくて堅い。これなら好みの激しい友人も満足するはずと自信満々。
帰り際に手焼き一枚入りと人形町ガイドマップをいただいたが、埼玉から来たので散策客と思われたのか・・?
路面がにわかに濡れだした通りへ出ると、まもなく昼時。交差点向こうの親子丼の「玉秀」はすでに行列。そばまで行って店構えだけ眺めてきた。甘酒横丁を歩いていると明治時代創業の「双葉」という豆腐屋があって、店頭にランチの案内があった。値段も手頃なのでここで昼食にする。横の通りに入ると二階食事処への階段があった。入口にはランチ見本がこてこてと陳列され、そばに券売機があってなんかチグハグな雰囲気。家族だけで切り盛りしているのだろう。お茶・水もセルフサービスである。店内は意外にも広く照明が落としてあって心地よい静けさ。着物姿の貫禄あるご婦人がふたり食事をしていた。
揚げ出し豆腐をメインしたランチ。揚げ出しは豆腐屋だけ
あってうまし。味噌汁がちよっと。。。
昼になったら近隣会社の男性サラリーマンがけっこうやっ
てきた。
双葉前の様子。奥右手はすきやき今半
水天宮もちょこっと寄ってみた。
大観音寺から見た人形町界隈
大観音寺脇の小路
地域雑誌「日本橋」
知人の何人かが時々文を載せているのだが、このエリアへ
行かないともらえないらしいので入手できなかった。昼食をとった
店にあったので思わずゲット。
人形町から池袋までのルートがよくわからないので。都営浅草線で浅草へ出、銀座線で上野から山手線で池袋へ。わざわざ人形町まで行ったら、カタログ小説と呼ばれた田中康夫「なんとなく、クリスタル」を思い出した。渋谷のいせ辰へ千代紙を買いに行くなら、情緒ある千駄木のいせ辰本店まで足しをのばすこだわりを持とうよの「なんとなく、クリスタル」は、ちょうど大学生時代ベストセラーで、映画化もされた。小説の大学生たちのような生活スタイルにはほとんどの人が無縁だったと思うが、80年代の匂いがする懐かしさもあって、九州の友人を訪ねる飛行機内ではいつも読み返していた一冊。 |
東京
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■茶色の眼
▲書棚の蔵書の一部です。新潮のシンプルなカパーが気に入ってます。
林芙美子はかなり好きです。
放浪記刊行80年を記念しての、江戸東京博物館の企画展『林芙美子と東京放浪』が始まったので、早速見てきました。
林芙美子の生い立ちや作品を紹介しながら、彼女が生きた時代の東京の様々な面も取り上げた内容になっています。
「放浪記」の初版本ははじめて目にしました。放浪記は芙美子が東京での生活の断片を、日記やメモに記したものを抜粋してまとめたものですが、三部作構成の内容は年代順になっていません。そのため東京各地を転々とする彼女が、どこにいつ頃いたのかがわかりにくいのですが、会場には図版でそれがわかりやすく示されていました。しかし今回図録が無いんです。あればその図版も収録されるはずですから期待したんですが。
放浪記が刊行された頃の東京新宿の景観 *この写真は展示資料ではありません
大正14年〜昭和5年の間の撮影と推定されます。現在の新宿アルタの位置から撮影したもので、当時はここが三越デパートでした。三越が現在地に移転したあとは食料品デパート二幸になります。
左奥にそびえるビルはほていや百貨店で、のちに隣接して開店する伊勢丹に吸収合併されてしまいます。現在も伊勢丹の店内をよく見ると、旧ほていやの部分がわかります。ほていやの右奥に見えるビルは京王電車の駅で、当時の京王線は山手線内側に乗り入れていました。ビルの上階は松屋デパートでした。
右端の四角い建物は新宿ホテル。林芙美子が勤めたカフェはこの界隈にあったようです。関東大震災後、新宿は商店や百貨店の進出が相次いで目覚しい発展を遂げ、山手の中心地として繁華となりました。
林芙美子作品でよく読み返すのが「茶色の眼」です。戦後まもなく発表されたもので、倦怠期を迎えた夫婦の愛情に亀裂が入ってしまう物語です。生活の切り回しが不器用な妻に不満な夫は、職場のタイピストの未亡人女性に愛情を覚え、それが妻にばれてしまいます。亀裂は修復されることなく拡大し、夫婦は破局に向かいます。読み返すうちに夫婦も愛人もみな不器用でだらしがない人たちであることが、よくわかるんですがそこが林芙美子らしくていいんですね。
救いのない話ですが、読んで疲れたらこんどは「うず潮」を読みます。夫が戦死し幼子をかかえた美貌のヒロインが、濁流のごとき戦後の混乱の中で、病身をかばいつつ懸命に働くうちに、ひとりの男性の真摯な愛情に包まれて幸福になるまでの物語。救われます。
「茶色の眼」は映画化もされました。林芙美子作品の映画化では定評のあった成瀬巳喜男監督作品で『妻』というタイトルで製作されました。
夫に上原謙、妻に高峰三枝子、愛人に丹阿弥谷津子。他に三国連太郎・新珠三千代・高杉早苗・中北千枝子など。
なにを考えているのかはっきりしない上原謙と、冷たい表情でポンポンやり込める高峰三枝子。愛人丹阿弥谷津子の元へ、直談判に押しかけるときの高峰のせっぱつまった演技が素晴らしいんです。うまい女優です。
焦点のないことをダラダラと書きましたが、江戸東京博物館での展示は明年1月10日まで行われています。
図録がなかったので、ミュージアムショップで「石の花 林芙美子の真実」を購入しました。芙美子に養女にと望まれたことがある太田治子(太宰治の娘)著作で、通勤の行き帰りに少しずつ読んでいるところです。 |







