川越風景(古い町並み)
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詳細
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町名の由来は地形が低い(窪)ことからだという。
大宮方面への道筋であり、古刹喜多院・成田山本行院への参詣路にあたり、ひところは大宮行きチンチン電車の発着場もあったことから、たいへんにぎわいを見せた町筋でした。
今もわずかに懐かしい家並みが残ります。
通り北側は昭和のはじめに拡張されて建て替えらたため、当時の洋風建築がいくつか残っています。
通り東寄りにある洋風建築のデザイン。「東武タクシー」とありますが、今は別の店になっています。戦前は台数わずかの個人営業のタクシーが多かったようです。
レトロな理容店
通り北側にある町家。木口のしっかりしたりっぱなたたずまいです。
通り南側の川越っぽくない建物。
通り南側の家並み
学生時代にこの近所でアルバイトをしていたのてすが、そのころはまだ二軒並んだだんご屋さん(かたきだんご)がありました。白い上っ張りをきたおばさんが焼いていた光景を覚えています。
夜半に酔っ払いの暴走車が銀杏並木に激突して、ノロノロと逃走したのを見たこともありました。すごい衝撃音だったのに、寝静まった家々から誰も出てこないのが不思議でした。
川越まつり・ちょうちん祭りのにぎやかやさはもちろんですが、大晦日の喜多院参詣客の雑踏をよく覚えています。
通り南側
大宮方面の景観。
信号から先の道は比較的新しく、古くは右に折れて成田山前を左折して大宮方面に通じていました。
左側には古い町家が数軒連なっていましたが、今では一軒になってしまいました。
通り南側にある成田山本行院
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