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■川越で初詣
元旦の川越、快晴でした。
遥か上信越の白く雪をかぶった山々がきれいに見えました。
一番街の創作門松
元旦から散策する人でにぎわっていました。喜多院あたりへの初詣からの流れでしょうか?
川越名所 時の鐘
元旦、ふと思い立ってやってきのが時の鐘。
今年の初詣はここにしました。
時の鐘の下をくぐった突き当たりにある薬師さま。
目の神様です。
最近、文庫本を読むのにだいぶ差し支えがでてきたものですから・・・・笑
こればかりは仕方ないんですが、一応お賽銭投げておすがりしてきました・・爆
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川越の史跡名勝
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詳細
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三久保町に残る旧武家屋敷(永島家住宅)が公開(無料)されたので見学にでかけました。
建築当時に近い状態で残っている武家屋敷は、埼玉県内では唯一だそうです。
宮下町の裁判所近くにあった武家屋敷(たしか御典医屋敷と呼ばれていた)が取り壊されたのは、もう30数年前のこと(新聞記事にもなって、切り抜いて保存しておいたのに見つからない)
永島家住宅、貴重です。
土間に通じる入口から内部へ。
▲土間 勝手や風呂場があったようです。
私が小さい頃に住んでいた家も、母屋に付随して小さい物置がありましたが、そこは以前の勝手でへっついが残っていました。
▲土間から見た室内。部屋にあがることはできません。
永島家住宅は明治期に二度の増築をしています。奥左側の畳敷の部屋は江戸期のもの、当時は手前の室部分(仏間)が土間でした。
右側の板の間は「切腹の間」だそうです。
▲南側の庭から見た主屋。 屋根は昔は茅葺でした。この界隈は上中級武士が住んだところで、永島家住宅には4家の武士が住んだことがわかっています。そのうち二人は御典医でした。
▲幕末から明治にかけて増築された西側の部屋。伝えでは「下男部屋」と呼ばれているそうですが、実際の用途は不明だそうです。
▲下男部屋内部。
数年前までは実際に人が゛住んでいましたが、大事に使ってきたことがよくわかります。
敷地内にある井戸。今もポンプを押すと水が出ます。 ▲永島家住宅(左)と三久保町の通り。町立時代の図書館はこの通りにありました。突き当たりは川越街道にぶつかります。背後は東京電力と中央公民館に突き当たります。公民館のところに大宮行きチンチン電車の駅があったころは、町うちに通じる通りとして人通りも多かったようです。
公開は今日31日のみでしたが、4月28日(土)にも公開される予定です。五月からは毎月第三土曜日公開が予定されているそうです。
ところで、今日は嵐の1日でした。
▲午前中の川越上空。強風で巻きあがった砂で黄色い空。
午後になってポツポツと降りだした中、武家屋敷見学へ行ったのですが、そのあと南古谷ウニクスで買物を終えると土砂降りでした。
夕刻に雨はなんとか止んだものの、風は弱まらず気温の低いこと。
春はいずこ?
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