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★川越スケッチブック-埼玉都民の川越暮らし
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オッポリ池の今

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 以前、川越原人さんという方のHPで、川越市池辺にあったという「オッポリ池」のことが話題として掲示されたことがありました。

 それまで「オッポリ池」のことはまったく知らなかったのですが、父親に聞いてみると即座に「池辺のオッポリの池なら子どもの頃に釣りに行った」とのこと。

 遠い昔に巨人が小便をした跡だという伝説を秘めた池で、江戸時代の地誌には「押掘池」との記載があります。入間川沿いの地域には「清水」という小字がいくつか残っているので、この池も水源は涌き水だったのではと推測します。もしかすると西方を流れる入間川が古代にその流れを変えた名残が、池として残ったのかもしれません。

 画像はしばらく前に撮影したものです。この近くを車で通ったときに父親が案内してくれたのです。三明院という寺院の北側の住宅がまばらな場所です。道路より少し低くなった池の痕跡がすぐにわかりました。一部は道路と同じ高さに埋められて資材置場になっていますが、東の部分は広く残っています。

 市内からは相当の距離がありますが、子どもだった父親はここまで歩いて釣りに来たのだそうです。

 *地図中央の黒印のところが池の跡です

川越 中院のつつじ

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 連休合間の平日、小仙波町の中院の前にさしかかると、境内奥の鮮やかな色彩にひかれて足をとめた。

 細い通路の両脇に、つつじが満開。

 子供の頃、庭先に咲いたつつじの花芯の甘い蜜を、ちゅうちゅうと吸ったことを思い出した。

 境内の奥から若い男女3人が盛んにしゃべりながら出てきた。

 たどたどしい日本語の男性は、どうやら留学生らしい。女子学生が川越案内をしていあげているのだろう。3人は通りへ出ると、喜多院方面へ折れて行った。明るい話し声がしばらく聞えた。

旧仙波河岸の新緑

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 五月初日は気温もあがって初夏の気配に彩られた。

 川越市岸町一丁目の旧仙波河岸の跡。数年前に公園として整備された。遊歩道などが造られたが、それほど手を加えずに旧態のままにしてあるところに好感がもてる。いい公園である。

 幼少の頃、この河岸跡にはつり堀があって、何度か連れてこられたことがある。あるとき足をすべらせ頭から水の中に落ちた。水中に魚が泳いでいたのを覚えている。そばにいた父親がとっさに足をつかんだので大事に至らなくて済んだという。ずぶ濡れの情けない格好でバイクの後ろに乗せられて帰宅した。

 つり堀のことはよく覚えているが、仙波の滝の遺構はまったく知らなかった。よく残っていたものだと思う。父親は遠い昔にここに滝が落ちていたことを覚えている。このあたりから北への台地の切れ目からはずいぶん涌き水があったという。

 昼前の園内は人影もまばら。南側の住宅地から公園内を抜けられるようになっていて、人の往来がある。散歩している人や東屋で読書している人もいた。

 湿地の緑の向こうの微風になびく鯉のぼりが、五月の陽光に映えて鮮やかだった。

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 武家屋敷の面影を伝える「永島家(川越市三久保町)」が、3月27日に市指定文化財になった。

 旧城下町で戦災にもあわなかった川越は、意外に武家屋敷の消滅は早かったようである。士族屋敷だった画家松本茂雄の生家(郭町)も存在しないようだし、当時新聞報道もされた裁判所近くの御殿医屋敷が、惜しまれて取り壊されたのは30年も前のことだ。

 「永島家」のある三久保町という位置が「蔵造りの街並みエリア」「喜多院エリア」「本丸御殿エリア」の離れた観光スポットを結ぶライン上にあって、観光客のいっそうの回遊性を持たせるためにも今回の文化財指定はよかったと思う。

 三久保町の通りは、戦前川越電車の久保町駅があった頃は、その駅前通りにあたるが繁華にはならなかったようだ。川越市立中央図書館の前身(町立時代)もこの通りにあった。今も味わいのある町屋や、染物店やジャズ喫茶などがあったりして、落ち着いた裏通り的な雰囲気を感じさせる。廃業してしまったが、戦前らしい店構えの理髪店が自分は好きだった。

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 彼方昔には数キロ離れた仙波喜多院の森と続いていたとの伝えが「入間郡誌」に記されている「雀の森・氷川神社」は、川越駅の南方歩いて10分ほどの新宿町の住宅街に鎮座している。

 郡誌が編纂された大正元年当時も、なお鬱蒼とした杉林を神社背後に持っていたが、30年ほどまえに自動車の排気ガスによる枯死が新聞報道されたころから次第にその面影を消し、今ではすっかり無くなってしまっている。それでも境内には樹木があり、数本の桜の開花は普段はなんの変哲もない神社に風情を与える。晩秋のイチョウの燃えるような紅葉と落葉のさまも美しい。

 明治時代に富士山信仰にちなんで始まった「おたきあげ」の神事は、以前は川越市の祭事一覧からはまったく無視された存在だったが、近年は紹介が多くなり知名度も高くなってきている。そのせいか大晦日に除夜の鐘とともにお参りする詣で客もここ10数年多くなり、数百メートルもの列ができるようになった。境内では焚き火がたかれ、甘酒のふるまいがある。

 「雀の森」と呼ばれるのは雀がたくさんいたからなのであろう。本殿の彫刻をよく見るとかわいらしい雀が彫られている。

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