|
■川越城本丸御殿
博物館へ行きがてら、久しぶりに撮影してみました。
あと二ヶ月もしたら手前の枝垂れ桜が花開きます。 |
川越の史跡名勝
-
詳細
|
■いにしえの道
川越市小堤の市民の森内に遺構を留める「鎌倉道」
このような中世の遺構があることははじめて知りました。
道路のすぐ脇ですが、雑木林なので落ち着いた雰囲気があります。
我が家の敷地の一部もかつては古い道でした。
古いと言っても遡ってせいぜい江戸時代なのですが。
家屋の西側に裏庭へ周る通路があったのですが、昭和初期まではこれが道だったのです。
荷車が通るくらいの幅で、我が家と隣家の入口はこの道に面していました。
30年以上前に亡くなった隣家のお爺さんは「私が兵隊から帰ってきたらもう道は無かった」
とよく言っていました。廃道になりそれぞれの出入りは北側の道に付け替えられたそうです。
「南にまっすぐのびて、畑の中で左に折れて、そのあたりに馬頭観音があった」と大正15年生まれの
叔母が話してくれたことがありましたが、そのあたりは現在は家が建ち、馬頭観音の行方もわかりませ ん。自宅の建て替えで敷地内の名残も消滅してしまい、戦前の五万分の一地形図に確認ができるだ けです。
|
|
■初詣
時の鐘で新年を迎えたあと、蓮馨寺・喜多院を周ったのですが参拝はしませんでした。
元旦は午後から都内へ出かけたのですが、電車に乗る前に川越駅東口から歩いて5分ほどの
「妙善寺」で初詣をしました。
中院の末寺でたいへん歴史のある寺です。天明年間に焼失してから仮本堂であったのを、昭和53年 に現代風の建築に改築したのが今の本堂です。
川越七福神めぐりの寺のひとつにもなっていて、お参りの人が次々と訪れていました。
寺前の地蔵。元禄時代に建立されたものだとか。
境内に近年建立された「さつまいも地蔵尊」
本堂下では焼き芋販売中。
サツマイモを使った菓子は川越の名産。代表格は「いもせんべい」ですが、私はこの「いも納豆」がいちばん好きですね。画像は年末に我が家に到来した市内久保町「井口甘納豆」のいも納豆。
妙善寺入口付近の家並み。元旦の日中はさすがに人も車もまばら。 |
|
川越名所「時の鐘」です。大晦日の23時半にやってくるとすでに大勢が集まっていました。
2012年の年明けを迎えたのは、時の鐘の下でした。誰かの年が明けたとの声に、そこかしこで
「おめでとうございます」の挨拶が飛び交っていました。
年明けまで30分を切ったとき、集まった人たちがざわざわと動き
だしました。
傾斜のキツイ階段を、順に登りはじめます。
これから、ひとりづつ「時の鐘」を
撞くのです。
梯子段の傾斜の様子がわかると思います。子供や女性には
下りがキツイです。
戦前までは鐘撞きの老人がいたそうですが、この階段を1日に
何度も上り下りするのは大変だったことでしょう。
内部は3層になっています。途中にいたスタッフの人が「じっと
しているとかすかに揺れているのがわかりますよ」と言っていました
が、階段待ちをしているときに確かに揺れているのがわかりました。
時の鐘の最上階から撮影した川越市街です。鐘を撞いたらすぐ下りなくてはならないので、あわてて撮った
1枚です。(暗部補正してあります)
鐘楼上はとても狭く、鐘の全貌が撮影できませ
んでした。なんとか撮ったのがこの画像。
鐘は力強く思いっきり打ちました。小気味よい音
が鳴り響きましたが、さてどこまで届いたことやら。
30年近く前までは朝6時の鐘の音が、数キロ離れ
た私の自宅でも聞こえたものです。今は高層建築
が壁になって聞こえなくなりましたけど。
時の鐘に登ったのは36年ぶりでした。感激。
しかし、整理券配布をしたのにもかかわらず、登楼
時刻に集まった人たちへきちんと案内と誘導がされな
かったのはたいへん残念なこと。
企画の詰が甘く、スタッフに細かい配慮ができる方が
いなかったようです。
不愉快を感じた人もけっこういたようですし、次回への
課題ですね。
大晦日17時撮影の時の鐘
▲おびんづる様
時の鐘をあとにして蓮馨寺へ。
参詣客が長い列をつくっていました。
境内では川越名店街による甘酒無料サービスが行われて
いました。体中冷え切ってましので、飛びつくようにして一杯を
もらいました。アルコール分無しのの甘酒と焼酎入り甘酒の
二種類が用意されていて、飲んだのは後者の焼酎入り。これ
えらく美味くて! もう一杯飲みたかったです。
そして次は喜多院へ。
人・人・人ですが、いつもよりはやや少ない印象でした。
寒くてたまらないので、北参道の「ちっとんべえ」の生姜がよく効いた甘酒(100円)を飲み、大名焼き(今川焼き)とたこ焼き買って、寒気の中帰宅。 |




