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■夕立勘五郎に雷おきん 3日の夕刊に俳人正岡子規の自筆選句集が発見された記事が出ていた。明治25年頃から作成されたらしく、存在は知られていたが現物は行方知らずだったという。以前にこのブログでも紹介したが、正岡子規は明治24年に川越に来ているから、自筆選句集はその直後から作られたのだろう。川越で宿泊したのは江戸町(現大手町)の今福屋旅館で軍指定の旅舎でもあった。 今福屋は大正の終わりごろまで営業をしていたらしい。そのあとにできたのが「八百勘(やおかん)」という料理店である。店を切り盛りする夫婦は「夕立勘五郎に雷おきん」と呼ばれ昭和初年の川越で有名だったそうだ。客に酒は1本しか飲ませず、それ以上を欲しがればたちまちおきんさんの雷が落ちたという。酒1本だけというのは大げさで、飲み癖の悪い客にはある程度までしか飲ませなかったことなのだろう。名物女将の本「わたしの酒亭・新宿秋田(神保志保)」「かけがえのない贈り物(向田和子)」にも似たようなことが書かれていた。ちなみに神保志保は俳優大阪志郎の母で、向田和子は作家向田邦子の妹である。 学生たちが飲み食いして勘定が足らなければ、これまたひとしきり雷が轟いたあげく「あるだけ置いてサッサと帰りナー」で、酩酊した客が女給にちょっかい出せば夕立勘五郎のお出ましとなり、一風変った店の雰囲気はそれなりに人気があったという。 八百勘は昭和50年代まで営業をしており、跡地の正岡子規の句碑は八百勘主人による建碑である。 そんな八百勘の昭和初年の懐かしい広告ビラをご紹介↓
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