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★川越スケッチブック-埼玉都民の川越暮らし
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▲川越市大手町の八百勘のあったあたり(右側)

 ■夕立勘五郎に雷おきん

 3日の夕刊に俳人正岡子規の自筆選句集が発見された記事が出ていた。明治25年頃から作成されたらしく、存在は知られていたが現物は行方知らずだったという。以前にこのブログでも紹介したが、正岡子規は明治24年に川越に来ているから、自筆選句集はその直後から作られたのだろう。川越で宿泊したのは江戸町(現大手町)の今福屋旅館で軍指定の旅舎でもあった。

 今福屋は大正の終わりごろまで営業をしていたらしい。そのあとにできたのが「八百勘(やおかん)」という料理店である。店を切り盛りする夫婦は「夕立勘五郎に雷おきん」と呼ばれ昭和初年の川越で有名だったそうだ。客に酒は1本しか飲ませず、それ以上を欲しがればたちまちおきんさんの雷が落ちたという。酒1本だけというのは大げさで、飲み癖の悪い客にはある程度までしか飲ませなかったことなのだろう。名物女将の本「わたしの酒亭・新宿秋田(神保志保)」「かけがえのない贈り物(向田和子)」にも似たようなことが書かれていた。ちなみに神保志保は俳優大阪志郎の母で、向田和子は作家向田邦子の妹である。

 学生たちが飲み食いして勘定が足らなければ、これまたひとしきり雷が轟いたあげく「あるだけ置いてサッサと帰りナー」で、酩酊した客が女給にちょっかい出せば夕立勘五郎のお出ましとなり、一風変った店の雰囲気はそれなりに人気があったという。
 八百勘は昭和50年代まで営業をしており、跡地の正岡子規の句碑は八百勘主人による建碑である。

 そんな八百勘の昭和初年の懐かしい広告ビラをご紹介↓
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▲季節の喫茶メニューを案内したもの。ヒヤシコーヒーの表記がレトロ。蜜豆が安価なのは、今のようにフルーツや求肥が入っているのではなく、豆だけのシンプルなものなのだろうか。演芸館通りとあるのは現在のスカラ座のこと。
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▲ついでに蜜豆。これは一ヶ月前くらいに東上線川越駅改札前の「和吉(わきち)」で購入したもの。種類豊富で蜜もいろいろ選べる。

★むかしむかし

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 画像は石原町2丁目に鎮座する愛宕八坂神社。昭和のはじめ、この近所でアナグマが捕らえられたことがありました。民家の縁の下に走りこむ姿を目撃され、当初は正体不明の怪獣(笑)と思われたそうです。

 大捕物の末に檻に捕獲されましたが、たいへん暴れて手がつけられなかったとか。神社に繁る欅の根元に巣が見つかったのですが、警察の見解は誰かが飼っていたのが逃げ出したのだろうとのこと。しかし捕らえた人のひとりは、こんなにも獰猛なのだからとても飼っていたものは思えない、野生じゃないだろうか?と言っていたそうです。

 アナグマのその後は不明ですが、山奥ならともかく人口四万(当時)の都市にアナグマがいるとは驚きだと評判となり、噂を聞きつけた市民が連日見物に押し寄せました。

 アナグマで思い出したのですが、岸町の仙波河岸史跡公園のあたりにかつて釣堀がありました。幼少の頃によくここへ父親の釣りの相伴をしたものでした。幼い自分はもちろん釣りはせずにそこらで遊んでいたのですが、足を滑らせて釣り堀に転落し危うく「どざえもん」になりかけたこともあります。

 昭和40年代はじめの頃は、現在のような鬱蒼とした樹木や周囲の民家もほとんどなく、釣堀の隣接地は葦の生えた湿地でした。私はその湿地を大きな動物がノロノロ歩いている姿を今でも覚えているのです。記憶の中では「熊」なのですが・・・熊がそんなところにいるとは思えませんし、白っぽい毛並みで白熊のような容姿だったのてすが・・・うーむ、あれはいったいなんだったのか・・

★本丸御殿こぼれ話

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 ■煙草工場にもなった本丸御殿

 現在、修理工事中の川越城本丸御殿は、明治になって城としての役目を終えると様々な施設に利用されました。郡役所・公会所・学校などですが、大正7年から昭和7年の期間は東京の淀橋専売支局川越分工場として、若き乙女が大勢働く煙草工場でした。
 
 この工場、昭和になるとしばしば廃止の話がでてそのたびに有力者が存置運動に奔走しましたが、廃止が現実になったのは昭和7年の春でした。突然に淀橋支局から使いがやってきて「今月いっぱいで廃止します」と分工場責任者に告げたことから大騒ぎになったのです。

 川越分工場では長年にわたって「敷島」という銘柄を手巻きで製造していましたが、前年からは「朝日」を製造していました。しかし朝日の売れ行きが不振のため、家賃・人件費等節約の点から川越分工場の閉鎖となったわけなのです。すでに他地域で借りていた工場は閉鎖していて、家賃の発生する工場は川越だけでした。
 突然の通告に責任者も職工たちも唖然とするばかりで、「今月いっばいでみなさんとお別れです」との分工場責任者の言葉に泣き出す女工さんもいたそうです。この人たちに再就職等の斡旋などがされたのかはわかりません。

 家主の川越市も早急に対策を講じようとしましたが、川越分工場は閉鎖されてしまい、本丸御殿の使い道を考えなければなりませんでした。壊して隣接する学校の敷地にという声もありましたが、おりしも川越武道奨励会に武徳殿の設置計画があったことから、本丸御殿を借り受けて若干の改修を加え「初雁武徳殿」として修練道場となりました。現在も「初雁武徳殿」と彫られた大きな石柱が、御殿向かいの植え込みに残されています。

 昭和42年に埼玉県指定文化財になり解体修理が行われると、今日まで城郭建築遺構として保存の道を歩んできたわけですが、すでに40年を経て傷みが進んでいることから現在ふたたび念入りな修理が行われています。

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▲仲町交差点。このあたりの旧町名は志義町(しぎまち)。東西に走る志義町通りには、米問屋が軒を連ねて米市がひらかれた。


 ■毛断嬢(モダンガール)と偽学生

 「東京の下町(吉村昭/文春文庫/1989年)」は作者が幼少時代を過ごした、昭和初年の東京日暮里界隈の生活を綴った内容である。

 この中に近所にいた偽学生の話がある。秀才でいつも帝大の制服を着ていたが、実際は帝大生ではないとの疑惑があって、やがて入営のときにしっかり嘘がばれてしまった。
 作者はこの偽学生に連れられて、食堂ではじめてカレー蕎麦なるものを食べたが、世の中にこんな美味いものがあるのかと驚いた思い出を書いている。
 この頃は偽学生がけっこういたそうである。

 ちょうど同じ時代、川越の目抜きのひとつである志義町の通りを、洋装の毛断嬢(モダンガール)がふらふら歩いているのが警官の目にとまった。当時志義町には交番があったから、そこに詰めていた警官かもしれない。毛断嬢に不審を抱いた警官が呼び止めていろいろ聞いてみたところ、彼女は人捜しのために秩父から川越に来たという。

 彼女は秩父へ旅行へ来た学生とふとしたことから知り合い、登山などして楽しいひとときを過ごしたが、一目ぼれに近い慕情を彼に抱いてしまった。教えてもらった名前と川越中学の学生だと言われたことのみを手掛りに、再度逢うために家出同然に川越にやってきたのだが、いったいどこへ行けばいいのか途方に暮れていたのである。

 親切な警官が川越中学に問い合わせると、そのような名前の学生は在学していないとの返事だった。せいいっぱい着飾った毛断嬢は、すっかり落胆して東上線の車中の人となって帰途についた。

 昭和のはじめにあった実話である。

 
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 ■昭和4年頃の川越市街鳥瞰

 現在の中央小学校上空付近から市役所方面の市街地を撮影した写真です。新聞社が撮影したらしく、市制10周年記念に大きく引き伸ばされて配布されたり、市役所作成のエハガキに使用されたりの他、改造社版「日本地理大系 関東篇」にも掲載されています。この本の発行は昭和5年1月3日。写真の中に昭和3年完成の武州銀行川越支店(現川越商工会議所)の建物が写っていることから、撮影時期の推定ができます。
 志義町(現仲町)から現本川越駅前に至る中央通りがまだありません。計画が持ち上がっても県がなかなか腰をあげず、地元に説明会をひらいたのは昭和6年でした。完成は昭和8年です。

 昭和3年当時の人口は3万5千人。日本地理大系には、県下第一の都会で繁盛の地と書かれていますが、この頃より大宮・浦和の発展が著しくなり、川越よりも多くの人口を有するようになっていきます。

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▲主要官公庁・銀行・会社等を印してみました。当時まだ無かった中央通りと広小路は緑のラインでいれてあります。


【参考資料】
 ●大日本職業別明細図「川越市・入間川町・所沢町他」 昭和5年
 ●川越市全図 吉田謙受堂発行 昭和3年
 ●川越市勢一覧 昭和3年版
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