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王の画家にして画家の王!
7ヶ国語を話し外交官としても活躍。
さらに、チャールズ1世からナイトの称号も受けてる。
ピーテル・パウル・ルーベンス(Pieter Paul rubens)。
17世紀、バロック時代を代表する画家。
ルーベンスの絵画は、劇的な構図、人物の身振り、華麗な色彩、
女性&女神などに見られる豊満な裸体表現。
バロック絵画の特色が十二分に発揮。
1577年、アントワープ出身だった両親が亡命先のドイツのジーゲンに誕生。
ルーベンスが10歳の時に父親が他界、母親はルーベンスを連れて帰郷。
絵の修業を始めたのは14歳頃から、
風景画家フェルハーヒト、アダム・ファン・ノールト、に師事。
師匠オットー・ファン・フェーンは、ギリシア・ローマの古典に造詣の深い教養ある人物で、
ルーベンスはこの師から多大な影響を受けてる。
3人もの師匠がルーベンスを育てた。
1600年にイタリアへ、マントヴァ公の宮廷画家となった。
ルネサンス芸術を研究する一方、イエズス会とも接触を図る。
イタリア滞在で才能が開花、社交性もあった画家はヴェネツィアの外交使節に参加。
名画を寄贈するためスペインへ、途中大雨により名画を濡らしてしまう。
ルーベンス自身がそれを修復。
出来栄えの良さにスペイン国王&イタリアの貴族も賛辞。
イタリアで約8年間活動した後、1608年にはアントワープに再度帰郷。
1608年、アントワープ統治者ハウスブルク家アルブレヒト大公夫妻に宮廷画家として任官。
1609年、長らく争っていた隣国オランダとの間に休戦協定締結。
平和が戻ったフランドルでは絵画の需要が急増。
イタリア帰りのルーベンスには注文が殺到。
この年からスペインのイザベラ王女の宮廷画家となったルーベンスは、
工房を設置し、多くの弟子たちを動員して大量の注文制作をこなした。
総作品数は約1200点と膨大な数が残ってるけど、
大半は工房作品か他作家との共作。
画像1:RUBENS, Pieter Pauwel 1577−1640
『Perseus Freeing Andromeda』1622
芦毛のペガサス、画面左は怪物だろうか。
画像2:RUBENS, Pieter Pauwel 1577−1640
『Perseus and Andromeda』 1620-21
斑馬のペガサス。
画面下の怪物がコミカル。
画像3:RUBENS, Pieter Pauwel 1577−1640
Perseus Liberating Andromeda』 1639-40
白馬のペガサスはペルセウスの足の間にチョコン。
怪物も存在。
ルーベンスの死後、未完成のこの絵はヤコブ・ヨルダーンスによって完成。
何ゆえに、ルーベンスはアンドロメダの開放シーンを何枚も描いたか?
フランス母君マリー・ド・メディシスやフェリペ四世、当時の権力者とも交友関係を構築。
ルーベンスは国交の正常化に尽力を尽くす外交官としての顔も持ってる。
アンドロメダの救出を主題とした絵画は、政治的な暗喩。
強国に対する抵抗・圧迫・解放・政治上の寓話。
許して解き放ってあげなよっ、といったメッセージ絵画のプレゼント。
ほんで、ルーベンスはネロの憧れの画家。
日本中が滂沱したアニメ『フランダースの犬』
名画へのあこがれが少年をひそかな夢に駆り立てる。
いつかルーベンスのような立派な画家になって、
おじいちゃんとパトラッシュに楽をさせてやろう。。。
何度も挫けそうになるけど、ルーベンスの銅像から励まされる。
『もっと勇気を出すんだよ・・・』
地位も名誉も経済力をも兼ね備えたルーベンスに、
ネロが憧れるのは当然です。
ルーベンスに興味を持たれた方は以下にGO。
http://www.wga.hu/frames-e.html?/html/r/rubens/index.html
注.私のHPでは絵画主題としてのギリシャ神話を取り上げたいと思いますので、
物語の整合性は求めていません。
絵画を読み解く知的遊戯ってことで御理解下さいませ。
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ふと見ると…魅力的な絵画ってその絵の描かれている世界に引き込まれますよねぇ〜〜!この絵はいいですねぇ〜!!
2006/7/1(土) 午後 7:19
ルーベンスは体脂肪たっぷり高コレステロールの絵より、こういう絵の方が見るほうもいいですね〜。「フランダースの犬」の最終回は思い出しただけでも号泣します(TT)
2006/7/1(土) 午後 8:45 [ chinami ]
かんなぎ様、コメントありがとう。
2006/7/1(土) 午後 10:45 [ makimakimaki ]
ちなみ様、「フランダースの犬」子供にも見せたいですねぇ。冷め切った感想言われてショック受けたりして。。。
2006/7/1(土) 午後 10:52 [ makimakimaki ]