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しばらくして小麦の収穫のころ、サムソンは一匹の子山羊を携えて妻を訪ね、
「妻の部屋に入りたい」と言ったが、
彼女の父は入らせなかった。
父は言った。
「わたしはあなたがあの娘を嫌ったものと思い、あなたの友に嫁がせた。
妹の方がきれいではないか。
その妹を代わりにあなたの妻にしてほしい。」
画像1:REMBRANDT Harmenszoon van Rijn 1606-1669
『Samson accusing his father in law』1635
サムソンは言った。
「今度はわたしがペリシテ人に害を加えても、わたしには罪がない。」
サムソンは出て行って、ジャッカルを三百匹捕らえ、
松明を持って来て、ジャッカルの尾と尾を結び合わせ、
その二つの尾の真ん中に松明を一本ずつ取り付けた。
その松明に火をつけると、彼はそれをペリシテ人の麦畑に送り込み、
刈り入れた麦の山から麦畑、ぶどう畑、オリーブの木に至るまで燃やした。
ペリシテ人は、「誰がこんな事をしたのか」と言い合った。
「あのティムナ人の婿のサムソンがした。
彼が婿の妻を取り上げ、その友に与えたからだ」と答える者があった。
ペリシテ人はそこで、彼女とその父のところに上って来て、火を放って焼き殺した。
サムソンは彼らに、
「これがお前たちのやり方なら、わたしはお前たちに報復せずにはいられない」
と言って、彼らを徹底的に打ちのめし、
下って行って、エタムの岩の裂け目に住んだ。
ペリシテ人は、ユダに上って来て陣を敷き、レヒに向かって展開した。
ユダの人々は、「なぜ我々に向かって上って来るのか」とただしたところ、
彼らは、「攻め上って来たのはサムソンを縛り上げ、
我々に対する仕打ちのお返しをするためだ」と答えた。
ユダの人々三千人が、エタムの岩の裂け目に下って行き、サムソンに言った。
「我々がペリシテ人の支配下にあることを知らないのか。
なんということをしてくれた。」
サムソンは答えた。
「彼らがわたしにしたように、彼らにしただけだ。」
彼らはサムソンに言った。
「我々は、お前を縛ってペリシテ人の手に渡すためにやって来た。」
サムソンは言った。
「あなたたちはわたしに害を加えないと誓ってくれるか。」
彼らは言った。
「我々はただお前を縛って彼らの手に渡すだけだ。
殺しはしない。」
彼らはこうして、新しい縄二本でサムソンを縛り、岩から連れ出し、上って来た。
サムソンがレヒに着くと、ペリシテ人は歓声をあげて彼を迎えた。
そのとき、主の霊が激しく彼に降り、
腕を縛っていた縄は、火がついて燃える亜麻の糸のようになり、
縄目は解けて彼の手から落ちた。
彼は、真新しいろばのあご骨を見つけ、
手を伸ばして取り、これで千人を打ち殺した。
画像2:Salomon de Bray 1597-1664
『Samson with the jawbone』 1636
そこで彼は言った。
「ろばのあご骨で、ひと山、ふた山 ろばのあご骨で、千人を打ち殺した。」
こう言い終わると、彼は手に持っていたあご骨を投げ捨てた。
こうして、その場所はラマト・レヒ(あご骨の高台)と呼ばれるようになった。
画像3:RENI, Guido 1575-1642
『The Triumph of Samson』 1611-12
彼は非常に喉が渇いていたので、主に祈って言った。
「あなたはこの大いなる勝利を、この僕の手によってお与えになりました。
しかし今、わたしは喉が渇いて死にそうで、
無割礼の者たちの手に落ちようとしています。」
神はレヒのくぼんだ地を裂き、そこから水が湧き出るようにされた。
彼はその水を飲んで元気を取り戻し、生き返った。
それゆえ、その泉はエン・ハコレ(祈る者の泉)と呼ばれ、今日もレヒにある。
彼はペリシテ人の時代に、二十年間、士師としてイスラエルを裁いた。
注1.私のHPでは絵画主題としての旧約聖書を取り上げたいと思いますので、
物語の整合性は求めていません。
絵画を読み解く知的遊戯ってことで御理解下さいませ。
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こういう画像があったんですね。
2007/12/1(土) 午後 6:01 [ iho*es*7*9 ]
ihopeso789さま、ご訪問ありがとうございます。
私はキリスト教徒ではありませんが、美術作品に興味を持っています。
2007/12/1(土) 午後 9:47 [ makimakimaki ]