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ペリシテ人は彼を捕らえ、目をえぐり出してガザに連れて下り、
青銅の足枷をはめ、牢屋で粉をひかせた。
画像1:Corinth, Lovis 1858-1925
『Samson Blinded』 1912
しかし、彼の髪の毛はそられた後、また伸び始めていた。
ペリシテ人の領主たちは集まって、
彼らの神ダゴンに盛大ないけにえをささげ、喜び祝って言った。
「我々の神は敵サムソンを 我々の手に渡してくださった。」
その民もまたサムソンを見て、彼らの神をたたえて言った。
「わが国を荒らし、数多くの同胞を殺した敵を
我々の神は、我々の手に渡してくださった。」
彼らは上機嫌になり、
「サムソンを呼べ。見せ物にして楽しもう」と言い出した。
こうしてサムソンは牢屋から呼び出され、笑いものにされた。
柱の間に立たされたとき、
サムソンは彼の手をつかんでいた若者に、
「わたしを引いて、この建物を支えている柱に触らせてくれ。
寄りかかりたい」と頼んだ。
建物の中は男女でいっぱいであり、
ペリシテの領主たちも皆、これに加わっていた。
屋上にも三千人もの男女がいて、見せ物にされたサムソンを見ていた。
サムソンは主に祈って言った。
「わたしの神なる主よ。わたしを思い起こしてください。
神よ、今一度だけわたしに力を与え、
ペリシテ人に対してわたしの二つの目の復讐を一気にさせてください。」
それからサムソンは、建物を支えている真ん中の二本を探りあて、
一方に右手を、他方に左手をつけて柱にもたれかかった。
画像2:Gustave Dore 1833-1883
『Death of Samson』1865
そこでサムソンは、「わたしの命はペリシテ人と共に絶えればよい」と言って、
力を込めて押した。
建物は領主たちだけでなく、そこにいたすべての民の上に崩れ落ちた。
彼がその死をもって殺した者は、生きている間に殺した者より多かった。
画像3:RUBENS, Pieter Pauwel 1577−1640
『Death of Samson』1605
彼の兄弟たち、家族の者たちが皆、下って来て、彼を引き取り、
ツォルアとエシュタオルの間にある父マノアの墓に運び、そこに葬った。
彼は二十年間、士師としてイスラエルを裁いた。
注.私のHPでは絵画主題としての旧約聖書を取り上げたいと思いますので、
物語の整合性は求めていません。
絵画を読み解く知的遊戯ってことで御理解下さいませ。
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