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彼の治世に、バビロンの王ネブカドネツァルが攻め上って来た。
ヨヤキムは三年間彼に服従したが、再び反逆した。
主は彼に対してカルデア人の部隊、アラム人の部隊、モアブ人の部隊、アンモン人の部隊を遣わされた。
主はその僕である預言者たちによってお告げになった主の言葉のとおり、ユダを滅ぼすために彼らを差し向けられた。
ユダが主の御前から退けられることは、まさに主の御命令によるが、それはマナセの罪のため、彼の行ったすべての事のためであり、
またマナセが罪のない者の血を流し、エルサレムを罪のない者の血で満たしたためである。
主はそれを赦そうとはされなかった。
ヨヤキムの他の事績、彼の行ったすべての事は、『ユダの王の歴代誌』に記されている。
ヨヤキムは先祖と共に眠りにつき、その子ヨヤキンが代わって王となった。
エジプトの王は自分の地から再び出て来ることがなかった。
バビロンの王が、エジプトの川からユーフラテス川に至るまで、エジプトの王のものであったすべての地方を占領したからである。
ヨヤキンは十八歳で王となり、三か月間エルサレムで王位にあった。
その母は名をネフシュタといい、エルサレム出身のエルナタンの娘であった。
彼は父が行ったように、主の目に悪とされることをことごとく行った。
そのころ、バビロンの王ネブカドネツァルの部将たちがエルサレムに攻め上って来て、この都を包囲した。
部将たちが都を包囲しているところに、バビロンの王ネブカドネツァルも来た。
画像1&2:Salvador Dali 1904−89
『Ieremiae prophetia contra regem Ioachin』 1964-67
『Nabuchodonsor rex Babylons』 1964-67
http://www.dalionline.com/biblia.htmlより
画像3:LUIKEN, Caspar 1672-1708
『Jerusalem is burned』 −
ユダの王ヨヤキンは母、家臣、高官、宦官らと共にバビロン王の前に出て行き、バビロンの王はその治世第八年に彼を捕らえた。
主が告げられたとおり、バビロンの王は主の神殿の宝物と王宮の宝物をことごとく運び出し、
イスラエルの王ソロモンが主の聖所のために造った金の器をことごとく切り刻んだ。
彼はエルサレムのすべての人々、すなわちすべての高官とすべての勇士一万人、
それにすべての職人と鍛冶を捕囚として連れ去り、残されたのはただ国の民の中の貧しい者だけであった。
彼はヨヤキンを捕囚としてバビロンに連れ去り、その王の母、王妃たち、宦官たち、国の有力者たちも、捕囚としてエルサレムからバビロンに行かせた。
バビロンの王はすべての軍人七千人、職人と鍛冶千人、勇敢な戦士全員を、捕囚としてバビロンに連れて行った。
バビロンの王はヨヤキンに代えて、そのおじマタンヤを王とし、その名をゼデキヤと改めさせた。
ゼデキヤは二十一歳で王となり、十一年間エルサレムで王位にあった。
その母は名をハムタルといい、リブナ出身のイルメヤの娘であった。
彼はヨヤキムが行ったように、主の目に悪とされることをことごとく行った。
エルサレムとユダは主の怒りによってこのような事態になり、ついにその御前から捨て去られることになった。
ゼデキヤはバビロンの王に反旗を翻した。
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