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第10章
さてトビトはトビアが往復するのにかかる日数を計算し、毎日指折り数えて帰りを待っていた。
しかし、予定の日が過ぎてもトビアは姿を見せなかった。
そこでトビトは言った。
「もしかすると、ラゲスで足止めをくっているのではないだろうか。
あるいは、ガバエルが死んだので息子に金を返してくれる人がだれもいなくなってしまったのではないだろうか。」
トビトは大変心配になってきた。
妻ハンナも、「わたしのかわいい息子は死んでしまい、もう生きてはいない」と息子のことで悲しくなり嘆いて言った。
「ああわが子よ、なぜわたしの目の光であるお前を行かせてしまったのだろうか。」
トビトは妻に言った。
「落ち着きなさい。
あれこれ考えるのはやめなさい。
息子は大丈夫だ。
ラゲスでよんどころない用事が出来たのに違いない。
息子に同伴してくれた人は信頼できる人物だし、同族の一人だ。
息子のことで心配するのはやめなさい。
そのうちきっと帰って来る。」
しかしハンナは答えた。
「何もおっしゃらず、ほうっておいてください。
気休めはもうたくさんです。
かわいい息子は死んでしまったのです。」
そう言ってハンナは家の外に出て、息子が旅立っていった道をいつまでも見つめていた。
そして来る日も来る日もだれの言葉にも耳を貸そうとはせず、日が沈み暗くなると家に入り、一晩中声をあげて嘆き悲しんで、寝ようともしなかった。
ラグエルが娘のために催すと誓った十四日間にわたる婚礼の祝いが終わると、トビアはラグエルのところに来て言った。
「わたしを帰らせてください。
父と母はもはやわたしに会えるとは思っていないことでしょう。
それがわたしにはよく分かるのです。
お義父さん、お願いです。
わたしを父のもとに帰らせてください。
家に残してきた父がどんな具合なのかは、既にお話ししてあるとおりです。」
ラグエルはトビアに言った。
「わが子よ、ここにとどまってください。
お父上トビトにはわたしから使いの者を送り、あなたのことを知らせておきましょう。」
しかしトビアは言った。
「それはできません。
お願いです。
わたしを父のところに帰らせてください。」
そこでラグエルは、立ってトビアに妻サラと、男女の召し使い、雄牛や羊、らばやらくだ、衣類、銀貨、そして道具類など、全財産の半分を与えた。
彼らを無事に旅立たせるにあたり、トビアを抱き締めて言った。
「わが子よ、さあ元気で行きなさい。
天の主が道中、あなたがたとあなたの妻サラを祝福されますように。
できることなら、わたしの達者なうちにあなたがたの子供たちに会いたいものだ。」
また娘サラにも言った。
「あなたの新しい父親のところに行きなさい。
お前を産んだわたしたちと同じように、これからは彼らがお前の両親なのだ。
旅路の平安を祈ります。
娘よ、わたしが生きている間は、お前については良いうわさだけを聞かせておくれ。」
ラグエルは彼らに別れを告げて、旅立たせた。
エドナもトビアに言った。
「愛する子トビア、主の導きであなたが無事に家に戻れますように。
わたしがまだ元気なうちに、あなたがたのこどもたちに会いたいものです。
今、主の御前で娘をあなたにゆだねます。
あなたは一生、娘を悲しませないでください。
さようなら、わが子よ。
今からわたしはあなたの母であり、サラはあなたの妻なのです。
わたしたち一同の上に生涯祝福がありますように。」
エドナは二人を抱き締め、口づけをして無事に旅立たせた。
トビアは、天と地の主であり、万物の王である神を賛美しながら、元気に喜び勇んでラグエルのもとを去って行った。
神が旅を成功させてくださったからである。
ラグエルはトビアにこう言ったのだった。
「御両親が生きておられるかぎり、あなたは尊び敬いなさい。」
第11章
一行がニネベのすぐ近くにあるカセリンという町に近づいたとき、ラファエルは言った。
「トビア、わたしたちが父上を家に残してきたときのことを、あなたは覚えているでしょう。
さあ奥さんより先を急いで行き、皆が来る前に家の中を準備しておこうではありませんか。」
二人は一緒に先を急いだ。
ラファエルはトビアに、「さあ、魚の胆のうをとりだしなさい」と言った。
犬も二人の後ろからついて来た。
ハンナは息子が旅立ったその道をじっと眺めて座っていた。
やって来るのがトビアだと分かると、トビトに知らせた。
「息子が帰って来ました。一緒に行ったあの人もいます。」
トビアが父親に近づく前に、ラファエルは彼に言った。
「お父上の目はきっとまた見えるようになります。
魚の胆のうを目に塗ってあげなさい。
それが薬となって、白い膜は縮み、目からはがれてしまいます。
そしてお父上は視力が回復して再び光を見ることができるのです。」
ハンナは走って行って息子の首に抱きつき、
「息子よ、また会えてよかった。もう思い残すことはありません」
と言うと声をあげて泣いた。
トビアも立ち上がり、おぼつかない足取りで、中庭の戸口から外へ出て来た。
トビアは父のところに行き、魚の胆のうを手に取り、父の目に息を吹きかけ、抱き締めて言った。
「お父さん、心配には及びません。」
そして胆のうを父の目に塗り、手当てをした。
更に両手を使って父の目の縁から白い膜をはがした。
トビトはトビアの首に抱きつき、声をあげて泣いて言った。
「お前が見える。わたしの目の光であるわが子が見える。」
そして言葉を続けた。
「神をほめたたえます。
その大いなる御名をほめたたえます。
神のすべての聖なる天使をほめたたえます。
神の大いなる御名によってわたしたちが守られますように。
神はわたしを鞭打たれたが、今は息子トビアをまた見ることができるようになったのですから。」
トビアも喜び、言葉の限り神を賛美しながら家に入り、父に報告した。
「わたしの旅は成功でした。
お金も持って帰れましたし、ラグエルの娘サラを妻としてめとることもできました。
間もなく、妻も到着します。
ニネベの町の門のすぐ近くまで、来ているのです。」
そこでトビトは喜びにあふれ、神をたたえながら、嫁を迎えるためにニネベの町の門まで出て行った。
ニネベの人々は、トビトがだれにも手を引かれず、しっかりとした足取りで歩いて行くのを見て驚いた。
トビトは彼らの前で神を力強くたたえて言った。
「神はわたしを憐れみ、再び目が見えるようにしてくださった。」
トビトは、息子トビアの妻サラに近づき、祝福して言った。
「娘よ、ようこそ。
わたしは神をほめたたえます。
神があなたをわたしたちのもとに連れて来てくださったのだ。
あなたのお父上に祝福があるように。
そして息子トビアとあなたの上にも祝福があるように。
ここはあなたの家なのだ。
お入りなさい。
皆があなたを祝福し、喜んでいるのです。
さあお入りなさい。」
その日、ニネベにいるユダヤ人はこぞって喜びの声をあげた。
トビトの甥アヒカルとナダブも家にやって来て、共に祝った。
画像1:ASSERETO, Gioachino 1600―1649
『Tobias Healing the Blindness of His Father』-
画像2:FETI, Domenico 1589−1623
『Tobias Healing his Father』1620-23
画像3:MASSYS, Jan 1510―1575
『The Healing of Tobit』 1550
画像4:TROGER Paul 1698-1762
『Cure of Old Tobias』−
画像5:Strozzi, Bernardo 1581-1644
『The Healing of Tobit』1635
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