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画像1:Paul Delvaux 1897-1994
『La Voix Publique』1948
前略。。。
――うん、背景のがらんとした街路とか、透明でメランコリックな空気の感じは、たしかにキリコを思わせる。デルヴォーと同じベルギー人のマグリットもそうだけど、西欧のシュルレアリスム系の画家には、キリコの初期の絵の影響をうけて、キリコの町と地つづきみたいな空間を描く人が多いんだ。それがしかも、現代の人間に共通する心の世界とつながっているように見えるところに、彼らの絵の魅力の一端があるわけでね。
『裸婦の中の裸婦』より引用。
中略。。。
――ティツィアーノの名画にもありますでしょう。「ウルビーノのヴィーナス」でしたっけ。
――そう、よく知ってるね。あれはちょうど、ジョルジョーネの眠っていた清純なヴィーナスがふいにめざめて、見る者を挑発しはじめたような絵だろう。十八世紀のゴヤの「はだかのマハ」や、十九世紀のマネの「オランピア」にしたって、みんなジョルジョーネ以来の伝統をふまえているわけだ。デルヴォーはそんないわば教科書どおりの裸婦を、さかんに「引用」している。以外に古典派だからね。もっとも、この絵のなかの裸婦に関するかぎり、前例とはちがうところがいくつかあるよ。さて、それはいったい何でしょう。
画像2:Tiziano Vecellio (Titian) 1488-1576
『Venere d'Urbino』 1538
画像3:Giorgione 1477-1510
『Venere dormiente』1510-1511
画像4:Francisco José de Goya y Lucientes 1746-1828
『La maja desnuda』1797-1800
画像5:Edouard Manet 1832-1883
『Olympia』1863
http://digilander.libero.it/ARTEROTISMO/Delvaux/PDelvaux.htm
たしかに他の絵を見て、キリコ風に感じる。。。
けど、違う個性。。。
おぉ〜、それは。。。
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