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「最後の晩餐」で、ユダは主に次のように表現される。
頭に光冠がない。
机の反対側に座ってる。
衣は黄色の場合が多い。
英語で「腰抜け」という意味の"Yellow"はユダが黄色の衣を纏ってたかららしい?
レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』では、同列に座らせ、金の袋を握らせてる。
見ずらいけどねぇ。
画像1:DUCCIO di Buoninsegna 1255―1319
『Pact of Judas』 1308-11
金貨が入った袋を手渡されるユダ。
画像2:GIOTTO di Bondone 1267―1337
『No. 28 Scenes from the Life of Christ: 12. Judas' Betrayal』1304-06
ユダを後押しする黒い影。。。
画像3:GIOTTO di Bondone 1267―1337
『No. 31 Scenes from the Life of Christ: 15. The Arrest of Christ (Kiss of Judas)』1304-06
キリストに接吻するユダ。
画像4:CARAVAGGIO 1571―1610
『Taking of Christ』 1598
キリストの頬に接吻するユダ。
接吻の意味は?
捕らえよ!こいつがキリストだっ!
前略。
ユダは松明を持った警吏たちと階段をおり、ゲッセマネのオリーブ林に向かう。山は闇よりも黒々とうずくまっている。そして明日の過越祭をひかえ、巡礼客たちはすでに眠っている・・・・・・。
血の雫のような汗を流し、さし迫った運命の予感に苦しんでいたイエスは、人々の足音とその手に持った松明の動きを見た。
眠りこけていた弟子たちも眼をさました。オリーブ林に侵入した「夥しき群集」(マルコ、十四ノ四三)のなかからユダがその姿をあらわした。
「ラビ(師)安かれ」(マタイ、二六ノ四九)
彼はそう言ってイエスの肩に手をかけて接吻した。これはユダヤ人たちの挨拶であるが、同時に警吏たちへの合図だった。
弟子たちは思いがけぬ出来事にオリーブ林の中を逃げ、一人の少年は肌にまとった広布を投げすて、裸のまま逃走したという。ペトロだけが短剣をぬき、警吏の一人の耳を切り落としたが、イエスはそれをとめた。
イエスはこの時、警吏たちに言った。
「我日々に(神)殿に於て、汝等の中に在りて教えたりしに、汝等我を捕えざりき」(マルコ、十四ノ四九)
こうしてイエスは捕らえられた。彼は人々に囲まれ、ただ一人、エルサレムの城壁に向かって連行されていった。
ヴァン・ダイクの絵は臨場感に充ちた緊張の一瞬を的確にとらえて見る者の眼を離さない。
『イエス巡礼』より引用。
画像5:Sir Anthony (Antoon) van Dyck 1599-1641
『The Capture of Christ』 1618-20
『その記述によれば、イエスを裏切ったイスカリオテのユダが実はイエス・キリストの弟子の中の誰よりも真理を授かっており、「裏切り」自体もイエス・キリスト自身が主導したものであるという。』
てか?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%80%E3%81%AE%E7%A6%8F%E9%9F%B3%E6%9B%B8
『邦題『最後の誘惑』として映画化されたニコス・カザンザキスの小説『キリスト最後のこころみ』は、イエスに信頼され、裏切りの役を引き受けるというユダ解釈を示している。』
『太宰治の短編「駈込み訴え」は、愛憎入り混じった複雑な感情のままにイエスを裏切るユダの姿を、ややコミカルに描いている。 』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%83%86%E3%81%AE%E3%83%A6%E3%83%80
遠藤氏はユダについて以下のように記述している。
『愛していた者を裏切った男の苦しみと自己嫌悪――そしてそれと共に相手を傷つけようとする復讐心とがその心にあったと思われる。』
『イエス巡礼』より引用。
様々なユダを解釈し表現されてる。
自分好みのユダを探すのも楽しそう。
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