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GWは単なる週末でした。

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ゴルゴダの丘

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画像1:Diego Rodríguez de Silva y Velázquez 1599-1660
『Christus am Kreuz』1632

以下、『イエス巡礼』遠藤周作著より抜粋&引用。

略。。。
 六時間の苦痛の間、イエスは左右の政治犯と苦しい息のなかから言葉を交わしている。一人の政治犯がイエスの無力をからかい、他の一人がこれをかばった時、イエスはその政治犯に、
「今日汝我と共に楽園に在るべし」
 と言ったという。
 しかしイエスが死に到るこの間に神に向って言った言葉にこそ意味がある。
そのひとつは、
「父よ、彼等は為す所を知らざる者なれば、之を赦し給え」
 という言葉である。
 この言葉は彼を死に追いやった大司祭や衆議会の議員たちや群集だけに向けられたのではない。彼を裏切ったユダや弟子たちにも向けられたと考えるべきである。

略。。。

 もう一つの有名な言葉、
「我が神よ、我が神よ、何ぞ我を棄て給いしや」
 は日本ではイエスの絶望だけをあらわすものと考えられがちである。しかしこれは大きな誤解である。
 当時のユダヤでは死刑囚は死の直前、さまざまな祈りを口にしたが、ユダヤ教の信者にはその冒頭の言葉だけを聞けば、その祈りが何であるかがわかった。
 イエスの「我が神よ、我が神よ、何ぞ我を棄て給いしや」は詩篇二二篇の祈りのはじまりであって、それは「その(神の)義を後にうまるゝ民にのべつたえん」で終る。つまりイエスのこの時の言葉は、神を恨み絶望するものではなく、神にすべてを委ねる信仰の祈りだったのである。なぜならそれは詩篇三一の、
 「われ霊魂をなんじの手にゆだぬ
 エホバまことの神よ
 なんじは我を贖いたまえり」
 というイエスの最後の言葉に続くからである。
 
略。。。
 数多くあるイエスの死を描いた名画のなかで、ベラスケスの絵は、感情を混えることなく冷静に死と対面し、画家の内面にあるものをのぞかせていよう。


画像2:ANDREA DEL CASTAGNO 1423-1457
『Crucifixion』1450

画像3:El Greco 1541-1614
『Cristo en la cruz』-

絵画はイエス一人だったり、三人描いたり。。。
その数は数多。。。
私的に好きな絵を二枚選択。
まさに十字架はキリスト教の象徴。

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