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クリスマス向けで荘厳華麗な聖画を紹介しようと思いつつ、、、
気が向かなくなった。
画像:Jean-François Millet 1814-1875
『L'Angelus』1855-1857
アンジェラスの鐘は、朝・昼・晩の一日三回打ち鳴らされる。
夕刻、アンジェラスの鐘を聞いた信徒達は、胸の前で手を組み、目を閉じて聖母に祈祷。
アンジェラスとは、ラテン語でエンジェル。
具体的には天使ガブリエル。
極端な言い方すればガブリエルの鐘?
ふとっ、日本では、長崎市の浦上天主堂にある「アンジェラスの鐘」が超有名。。。
ちなみに、わてくし達の新婚旅行は長崎5日間だったのだけれども、、、
全〜然、聞いた記憶が無い。。。
やっぱ不敬虔な仏教徒だからか?
初めて行った長崎は坂と路面電車が驚きで、二日目にレンタカーを借りる予定であったのだけれども、
見事に挫折。。。
洋和室の宿泊予約であったところ、ホテルの御好意でスイートに一般料金で滞在させてもらえた。
グラバー邸まで徒歩5分の素晴らしく立地条件の良いホテルであったのを記憶している。
その後、仕事で複数回。。。。
片道航空券で行って到着してからホテル探したり、GW中に帰りの航空券のキャンセル待ちしてやっと帰宅できたり、日帰り出張もあったかなぁ。
あまり良い記憶は無いです。
閑話休題。。。
ダリは晩鐘を自己の作品の主題として何度も描いた。
熱心に執拗に、ダリが惹きつけられた晩鐘とは?
ダリは農夫婦の足元には農夫婦の子供のものと思われる小さな棺が描かれていると学説を唱えた。
がっ研究者の間では異説とされてる。
馬鈴薯は18世紀のフランスでは飢饉の代用食。
手押し車の袋に入ったポテトは売るための商品、足もとの籠に入ったポテトはタベの食卓用。
パンを毎日食べられない人々がポテトを主食としていた現実をミレーは描いた。
農村はパンを食べられないほど貧しかった。
画像2:『L'homme à la houe (The Man with the Hoe)』1863
サロンで酷評を受けた作品。
ゴツゴツした石だらけの畑。
疲労疲弊した農夫の顔。
辛い労働が連想される。
私は天に向かって、
『神も仏もいねぇのかっ!』
と言ったことがある。。。
酷評に反応するミレーの手紙引用。
「私の『鍬を持つ男』についての風評は、私には相変わらず奇妙なものに思われるが、それを私に伝えてくれたことを感謝する。今度は、私が頂だいした意見について、私の方がもっとびっくりする番だから。批評家たちはどのクラブで私に会ったというのか? 社会主義者だって?私は彼らにオーヴエルニュの仲買業者が支払いの時に言っていたお国なまりの言葉でこう答えてやろう。『俺様がシヤン・シモン主義者だとね。それは違うよ。大体それが何か俺様にゃ分かんねえ』 額に汗して生計の資をかせぐことに捧げている人を見て、心に浮かんで来る着想をただ素直に認めることが、どうしてできないのか? 私が田園の魅力を否定している、と私に言うのはそういう人である。実際私はそこに魅力などをはるかに上回る、尽きることのない偉大さを見出しているのだ。・・・私は、平原で馬が汗の湯気をたてて土地を耕し、岩石だらけの所では、朝から喘ぎ声を出して疲れ切った男が、一息入れるためのほんのわずかな間、再び身を起こそうとしているのを見る。このドラマはまばゆいばかりの光に包まれている。
(1863年5月30日 サンスィエヘの手紙)
聖書のエピソードで神を感じられる方もいるだろう。
教会で神を感じられる方もいるだろう。
荘厳華麗な聖画を見て神を感じる方もいるだろう。
日々の辛い生活の中で祈る夫婦の絵。
私もかくありたいものだなぁ〜。。。
でも、やっぱ、、、
渡る世間は鬼しかいねぇよっ!
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