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ペリシテ人は神の箱を奪い、エベン・エゼルからアシュドドへ運んだ。
ペリシテ人は神の箱を取り、ダゴンの神殿に運び入れ、ダゴンのそばに置いた。
翌朝、アシュドドの人々が早く起きてみると、
主の箱の前の地面にダゴンがうつ伏せに倒れていた。
人々はダゴンを持ち上げ、元の場所に据えた。
その翌朝、早く起きてみると、
ダゴンはまたも主の箱の前の地面にうつ伏せに倒れていた。
しかもダゴンの頭と両手は切り取られて敷居のところにあり、
胴体だけが残されていた。
そのため、今日に至るまで、ダゴンの祭司やダゴンの神殿に行く者はだれも、
アシュドドのダゴンの敷居を踏まない。
主の御手はアシュドドの人々の上に重くのしかかり、災害をもたらした。
主はアシュドドとその周辺の人々を打って、はれ物を生じさせられた。
アシュドドの人々はこれを見て、言い合った。
画像1:CAROSELLI, Angelo 1585−1652
『The Plague at Ashdod』 1631
Copy of Poussin's original in Louvre, Paris,
but with differences in the background.
「イスラエルの神の箱を我々のうちにとどめて置いてはならない。
この神の手は我々と我々の神ダゴンの上に災難をもたらす。」
彼らは人をやってペリシテの領主を全員集め、
「イスラエルの神の箱をどうしたものか」と尋ねた。
彼らは答えた。
「イスラエルの神の箱をガトへ移そう。」
イスラエルの神の箱はそこに移された。
箱が移されて来ると、主の御手がその町に甚だしい恐慌を引き起こした。
町の住民は、小さい者から大きい者までも打たれ、はれ物が彼らの間に広がった。
彼らは神の箱をエクロンに送った。
神の箱がエクロンに着くと、住民は大声で叫んだ。
「イスラエルの神の箱をここに移して、わたしとわたしの民を殺すつもりか。」
彼らは人をやってペリシテの領主を全員集め、そして言った。
「イスラエルの神の箱を送り返そう。
元の所に戻ってもらおう。
そうすれば、わたしとわたしの民は殺されはしないだろう。」
実際、町全体が死の恐怖に包まれ、神の御手はそこに重くのしかかっていた。
死を免れた人々もはれ物で打たれ、町の叫び声は天にまで達した。
主の箱は、七か月の間ペリシテの地にあった。
ペリシテ人は、祭司たちと占い師たちを呼んで尋ねた。
「主の箱をどうしたものでしょう。
どのようにしてあれを元の所に送り返したらよいのか、教えてください。」
彼らは答えた。
「イスラエルの神の箱を送り返すにあたっては、何も添えずに送ってはならない。
必ず賠償の献げ物と共に返さなければならない。
そうすれば、あなたたちはいやされ、
神の手があなたたちを離れなかった理由も理解できよう。」
ペリシテ人は言った。
「それでは、返すにあたって、賠償の献げ物は何がよいのでしょうか。」
彼らは答えた。
「同一の災厄があなたたち全員とあなたたちの領主にくだったのだから、
ペリシテの領主の数に合わせて、
五つの金のはれ物と五つの金のねずみにしなさい。
はれ物の模型と大地を荒らすねずみの模型を造って、
イスラエルの神に栄光を帰すならば、
恐らくイスラエルの神は、あなたたち、あなたたちの神々、
そしてあなたたちの土地の上にのしかかっているその手を軽くされるだろう。
なぜ、あなたたちは、
エジプト人とファラオがその心を固くしたように、心を固くするのか。
神が彼らを悩ませたので、彼らはイスラエル人を行かせざるをえなくなり、
イスラエル人は去って行ったではないか。
今、新しい車一両と、まだ軛をつけたことのない、
乳を飲ませている雌牛二頭を用意しなさい。
雌牛を車につなぎ、子牛は引き離して小屋に戻しなさい。
主の箱を車に載せ、
賠償の献げ物として主に返す金の品物を箱に入れ、傍らに置きなさい。
それを送り出し、行くがままにしなさい。
そして見ていて、それが自分の国に向かう道を、
ベト・シェメシュへ上って行くならば、
我々に対してこの大きな災難を起こしたのは彼らの神だ。
もし、その方向に上って行かなければ、
彼らの神の手が我々を打ったのではなく、
偶然の災難だったのだということが分かる。」
人々はそのとおりに行った。
乳を飲ませている二頭の雌牛を連れて来て車につなぎ、
子牛を小屋に閉じ込めた。
主の箱を車に載せ、金で造ったねずみとはれ物の模型を入れた箱も載せた。
雌牛は、ベト・シェメシュに通じる一筋の広い道をまっすぐに進んで行った。
歩きながら鳴いたが、右にも左にもそれなかった。
画像2:BOURDON, Sebastien 1616−1671
『The Return of Ark』 1659
ペリシテの領主たちは、ベト・シェメシュの国境まで後をつけて行った。
ベト・シェメシュの人々は谷あいの平野で小麦を刈り入れていたが、
目を上げると主の箱が見えた。
彼らはそれを見て喜んだ。
車はベト・シェメシュの人ヨシュアの畑に着くと、そこに止まった。
そこには大きな石があったので、人々は車に使われた木材を割り、
雌牛を焼き尽くす献げ物として主にささげた。
レビ人たちは主の箱と、その脇に置いてあった金の品物の入った箱とを下ろし、
大きな石の上に置いた。
その日ベト・シェメシュの人々は、焼き尽くす献げ物や、
他のいけにえを主にささげた。
ペリシテの五人の領主はこれを見届けると、その日のうちにエクロンへ戻った。
ペリシテ人が、主に賠償の献げ物として送った金のはれ物は、
アシュドドのために一つ、ガザのために一つ、アシュケロンのために一つ、
ガトのために一つ、エクロンのために一つである。
金のねずみの数は、ペリシテの砦の町から田舎の村まで、
五人の領主に属するペリシテ人のすべての町の数に合っていた。
主の箱が置かれた大きな石は、今日でも、
ベト・シェメシュの人ヨシュアの畑にある。
主はベト・シェメシュの人々を打たれた。
主の箱の中をのぞいたからである。
主は五万のうち七十人の民を打たれた。
主が民に大きな打撃を与えられたので、民は喪に服した。
ベト・シェメシュの人々は言った。
「この聖なる神、主の御前に誰が立つことができようか。
我々のもとから誰のもとへ行っていただこうか。」
彼らはキルヤト・エアリムの住民に使者を送って言った。
「ペリシテ人が主の箱を返してきました。
下って来て、主の箱をあなたがたのもとに担ぎ上ってください。」
キルヤト・エアリムの人々はやって来て、主の箱を担ぎ上り、
丘の上のアビナダブの家に運び入れた。
そして、アビナダブの息子エルアザルを聖別して、主の箱を守らせた。
主の箱がキルヤト・エアリムに安置された日から時が過ぎ、二十年を経た。
イスラエルの家はこぞって主を慕い求めていた。
サムエルはイスラエルの家の全体に対して言った。
「あなたたちが心を尽くして主に立ち帰るというなら、
あなたたちの中から異教の神々やアシュタロトを取り除き、心を正しく主に向け、
ただ主にのみ仕えなさい。
そうすれば、主はあなたたちをペリシテ人の手から救い出してくださる。」
イスラエルの人々はバアルとアシュタロトを取り除き、ただ主にのみ仕えた。
サムエルは命じた。
「イスラエルを全員、ミツパに集めなさい。
あなたたちのために主に祈ろう。」
人々はミツパに集まると、水をくみ上げて主の御前に注ぎ、
その日は断食し、その所で、
「わたしたちは主に罪を犯しました」と言った。
サムエルはミツパでイスラエルの人々に裁きを行った。
イスラエルの人々がミツパに集まっていると聞いて、
ペリシテの領主たちはイスラエルに攻め上って来た。
イスラエルの人々はそのことを聞き、ペリシテ軍を恐れて、
サムエルに乞うた。
「どうか黙っていないでください。
主が我々をペリシテ人の手から救ってくださるように、
我々の神、主に助けを求めて叫んでください。」
サムエルはまだ乳離れしない小羊一匹を取り、
焼き尽くす献げ物として主にささげ、
イスラエルのため主に助けを求めて叫んだ。
主は彼に答えられた。
サムエルが焼き尽くす献げ物をささげている間に、
ペリシテ軍はイスラエルに戦いを挑んで来たが、
主がこの日、ペリシテ軍の上に激しい雷鳴をとどろかせ、
彼らを混乱に陥れられたので、彼らはイスラエルに打ち負かされた。
イスラエルの兵はミツパを出てペリシテ人を追い、
彼らを討ってベト・カルの下まで行った。
サムエルは石を一つ取ってミツパとシェンの間に置き、
「今まで、主は我々を助けてくださった」と言って、
それをエベン・エゼル(助けの石)と名付けた。
ペリシテ人は鎮められ、二度とイスラエルの国境を侵すことはなかった。
サムエルの時代を通して、主の手はペリシテ人を抑えていた。
ペリシテ人がイスラエルから奪い取っていた町々は、
エクロンからガトまで再びイスラエルのものとなった。
イスラエルはその周辺の村々をもペリシテ人の手から救った。
イスラエルとアモリ人との間は平和であった。
サムエルは生涯、イスラエルのために裁きを行った。
毎年、ベテル、ギルガル、ミツパを巡り歩き、
それらの地でイスラエルのために裁きを行い、ラマに戻った。
そこには彼の家があった。
彼はそこでもイスラエルのために裁きを行い、主のために祭壇を築いた。
注.私のHPでは絵画主題としての旧約聖書を取り上げたいと思いますので、
物語の整合性は求めていません。
絵画を読み解く知的遊戯ってことで御理解下さいませ。
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