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GWは単なる週末でした。

列王記 上

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第17章

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ギレアドの住民である、ティシュベ人エリヤはアハブに言った。
「わたしの仕えているイスラエルの神、主は生きておられる。
わたしが告げるまで、数年の間、露も降りず、雨も降らないであろう。」
主の言葉がエリヤに臨んだ。
「ここを去り、東に向かい、ヨルダンの東にあるケリトの川のほとりに身を隠せ。
その川の水を飲むがよい。
わたしは烏に命じて、そこであなたを養わせる。」
エリヤは主が言われたように直ちに行動し、ヨルダンの東にあるケリトの川のほとりに行き、そこにとどまった。

画像1:Giovanni Girolamo Savoldo 1480-1548 
『Elijah Fed by the Raven』 1510

数羽の烏が彼に、朝、パンと肉を、また夕べにも、パンと肉を運んで来た。
水はその川から飲んだ。
しばらくたって、その川も涸れてしまった。
雨がこの地方に降らなかったからである。
また主の言葉がエリヤに臨んだ。
「立ってシドンのサレプタに行き、そこに住め。
わたしは一人のやもめに命じて、そこであなたを養わせる。」
彼は立ってサレプタに行った。
町の入り口まで来ると、一人のやもめが薪を拾っていた。
エリヤはやもめに声をかけ、「器に少々水を持って来て、わたしに飲ませてください」と言った。
彼女が取りに行こうとすると、エリヤは声をかけ、「パンも一切れ、手に持って来てください」と言った。
彼女は答えた。
「あなたの神、主は生きておられます。
わたしには焼いたパンなどありません。
ただ壷の中に一握りの小麦粉と、瓶の中にわずかな油があるだけです。
わたしは二本の薪を拾って帰り、わたしとわたしの息子の食べ物を作るところです。
わたしたちは、それを食べてしまえば、あとは死ぬのを待つばかりです。」
エリヤは言った。
「恐れてはならない。
帰って、あなたの言ったとおりにしなさい。
だが、まずそれでわたしのために小さいパン菓子を作って、わたしに持って来なさい。
その後あなたとあなたの息子のために作りなさい。
なぜならイスラエルの神、主はこう言われる。
主が地の面に雨を降らせる日まで 壷の粉は尽きることなく 瓶の油はなくならない。」
やもめは行って、エリヤの言葉どおりにした。
こうして彼女もエリヤも、彼女の家の者も、幾日も食べ物に事欠かなかった。
主がエリヤによって告げられた御言葉のとおり、壷の粉は尽きることなく、瓶の油もなくならなかった。
その後、この家の女主人である彼女の息子が病気にかかった。
病状は非常に重く、ついに息を引き取った。
彼女はエリヤに言った。
「神の人よ、あなたはわたしにどんなかかわりがあるのでしょうか。
あなたはわたしに罪を思い起こさせ、息子を死なせるために来られたのですか。」
エリヤは、「あなたの息子をよこしなさい」と言って、彼女のふところから息子を受け取り、自分のいる階上の部屋に抱いて行って寝台に寝かせた。
彼は主に向かって祈った。
「主よ、わが神よ、あなたは、わたしが身を寄せているこのやもめにさえ災いをもたらし、その息子の命をお取りになるのですか。」
彼は子供の上に三度身を重ねてから、また主に向かって祈った。
「主よ、わが神よ、この子の命を元に返してください。」
主は、エリヤの声に耳を傾け、その子の命を元にお返しになった。
子供は生き返った。

画像2:STROZZI, Bernardo 1581−1644
『Prophet Elijah and the Widow of Sarepta』1630

エリヤは、その子を連れて家の階上の部屋から降りて来て、母親に渡し、
「見なさい。あなたの息子は生きている」と言った。
女はエリヤに言った。
「今わたしは分かりました。
あなたはまことの神の人です。
あなたの口にある主の言葉は真実です。」

第13章

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主の言葉に従って神の人がユダからベテルに来たときも、ヤロブアムは祭壇の傍らに立って、香をたいていた。
その人は主の言葉に従って祭壇に向かって呼びかけた。
「祭壇よ、祭壇よ、主はこう言われる。
『見よ、ダビデの家に男の子が生まれる。
その名はヨシヤという。
彼は、お前の上で香をたく聖なる高台の祭司たちを、お前の上でいけにえとしてささげ、人の骨をお前の上で焼く。』」
その日、この人は更に一つのしるしを与えて言った。
「これが主のお告げになったしるしである。
『見よ、祭壇は裂け、その上の脂肪の灰は散る。』」
ヤロブアム王は、ベテルの祭壇に向かって呼びかける神の人の言葉を聞くと、祭壇から手を伸ばして、
「その男を捕らえよ」と命じたが、その人に向かって伸ばした彼の手は萎えて戻すことができなかった。
神の人が主の言葉に従って与えたしるしが実現して、祭壇は裂け、その祭壇から脂肪の灰が散った。
王が神の人に、
「どうか、あなたの神、主をなだめ、手が元に戻るようにわたしのために祈ってください」
と言ったので、神の人が主をなだめると、王の手は元に戻って、前のようになった。
王は神の人に、
「一緒に王宮に来て、一休みしてください。お礼を差し上げたい」
と言ったが、神の人は王に答えた。
「たとえ王宮の半分をくださっても、わたしは一緒に参りません。
ここではパンを食べず、水も飲みません。主の言葉に従って、
『パンを食べるな、水を飲むな、行くとき通った道に戻ってはならない』
と戒められているのです。」
その人はベテルに来たとき通った道に戻ることなく、ほかの道を通って帰って行った。

ベテルに一人の老預言者が住んでいた。
息子の一人が来て、神の人がその日ベテルで行ったすべてのこと、
王に向かって告げた言葉を語り聞かせた。
息子たちがそれを父に語り聞かせると、
父は、「その人はどの道を行ったか」と尋ねた。
息子たちは、ユダから来た神の人がどの道を行ったか見ていた。
老預言者は息子たちに、「ろばに鞍を置くように」と言い、彼らがろばに鞍を置くと、そのろばに乗り、
神の人の後を追った。
彼は樫の木の下で休んでいる神の人を見つけ、
「ユダからおいでになった神の人はあなたですか」と問うた。
その人は「わたしです」と答えた。
老預言者は、「一緒にわたしの家に来て、食事をなさいませんか」と勧めたが、
彼は答えた。
「一緒に引き返し、一緒に行くことはできません。
ここで一緒にパンを食べ、水を飲むことはできません。
主の言葉によって、
『そこのパンを食べるな、水を飲むな、行くとき通った道に戻るな』と告げられているのです。」
しかし、老預言者は言った。
「わたしもあなたと同様、預言者です。
御使いが主の言葉に従って、
『あなたの家にその人を連れ戻し、パンを食べさせ、水を飲ませよ』とわたしに告げました。」
彼はその人を欺いたのである。
その人は彼と共に引き返し、彼の家でパンを食べ、水を飲んだ。

彼らが食卓に着いているとき、神の人を連れ戻した預言者に主の言葉が臨んだ。
彼はユダから来た神の人に向かって大声で言った。
「主はこう言われる。
『あなたは主の命令に逆らい、あなたの神、主が授けた戒めを守らず、
引き返して来て、パンを食べるな、水を飲むなと命じられていた所でパンを食べ、水を飲んだので、
あなたのなきがらは先祖の墓には入れられない。』」
神の人がパンを食べ、水を飲んだ後、老預言者は連れ戻したその預言者のろばに鞍を置いてやった。
その人は立ち去ったが、途中一頭の獅子に出会い、殺されてしまった。
なきがらは道に打ち捨てられたまま、ろばがその傍らに立ち、獅子もそのなきがらの傍らに立っていた。
そこを通りかかる者があって、道に打ち捨てられたなきがらと、
傍らに立つ獅子を見、老預言者の住んでいる町に来てそのことを話した。
神の人をその道から連れ戻した老預言者はこれを聞くと、
「それはあの神の人のことだ。
彼は主の御命令に逆らったので、主はお告げになった御言葉のとおりに彼を獅子に渡し、
獅子は彼を引き裂き、殺してしまったのだ」と言い、
息子たちに「ろばに鞍を置くように」と命じた。
息子たちが鞍を置くと、
老預言者は出かけて行き、道に打ち捨てられているなきがらと、その傍らに立つろばと獅子を見つけた。
獅子はなきがらを食べず、ろばも引き裂かずにいた。
老預言者は、神の人のなきがらを抱えてろばの背に乗せ、自分の町に持ち帰り、彼を弔い、葬った。

画像:Benjamin West 1738-1820
『The Disobedient Prophet』1793

老預言者は自分の墓にそのなきがらを納め、
「なんと不幸なことよ、わが兄弟」と言って彼を弔った。
埋葬の後、老預言者は息子たちに言った。
「わたしが死んだら、神の人を葬った墓にわたしを葬り、あの人の骨のそばにわたしの骨を納めてくれ。
あの人が、主の言葉に従ってベテルにある祭壇とサマリアの町々にあるすべての聖なる高台の神殿に向かって呼びかけた言葉は、必ず成就するからだ。」
この出来事の後も、ヤロブアムは悪の道を離れて立ち帰ることがなく、繰り返し民の中から一部の者を聖なる高台の祭司に任じた。
志望する者はだれでも聖別して、聖なる高台の祭司にした。
ここにヤロブアムの家の罪があり、その家は地の面から滅ぼし去られることとなった。

第12章

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すべてのイスラエル人が王を立てるためにシケムに集まって来るというので、レハブアムもシケムに行った。
ネバトの子ヤロブアムは、ソロモン王を避けて逃亡した先のエジプトにいて、このことを聞いたが、なおエジプトにとどまっていた。
ヤロブアムを呼びに使いが送られて来たので、彼もイスラエルの全会衆と共に来て、レハブアムにこう言った。
「あなたの父上はわたしたちに過酷な軛を負わせました。
今、あなたの父上がわたしたちに課した過酷な労働、重い軛を軽くしてください。
そうすれば、わたしたちはあなたにお仕えいたします。」
彼が、「行け、三日たってからまた来るがよい」と答えたので、民は立ち去った。

レハブアム王は、存命中の父ソロモンに仕えていた長老たちに相談した。
「この民にどう答えたらよいと思うか。」
彼らは答えた。
「もしあなたが今日この民の僕となり、彼らに仕えてその求めに応じ、優しい言葉をかけるなら、彼らはいつまでもあなたに仕えるはずです。」
しかし、彼はこの長老たちの勧めを捨て、自分と共に育ち、自分に仕えている若者たちに相談した。
「我々はこの民になんと答えたらよいと思うか。
彼らは父が課した軛を軽くしろと言ってきた。」
彼と共に育った若者たちは答えた。
「あなたの父上が負わせた重い軛を軽くせよと言ってきたこの民に、こう告げなさい。
『わたしの小指は父の腰より太い。
父がお前たちに重い軛を負わせたのだから、わたしは更にそれを重くする。
父がお前たちを鞭で懲らしめたのだから、わたしはさそりで懲らしめる。』」

三日目にまた来るようにとの王の言葉に従って、三日目にヤロブアムとすべての民はレハブアムのところに来た。
王は彼らに厳しい回答を与えた。
王は長老たちの勧めを捨て、若者たちの勧めに従って言った。
「父がお前たちに重い軛を負わせたのだから、わたしは更にそれを重くする。
父がお前たちを鞭で懲らしめたのだから、わたしはさそりで懲らしめる。」
王は民の願いを聞き入れなかった。
こうなったのは主の計らいによる。
主は、かつてシロのアヒヤを通してネバトの子ヤロブアムに告げられた御言葉をこうして実現された。
イスラエルのすべての人々は、王が耳を貸さないのを見て、王に言葉を返した。
「ダビデの家に我々の受け継ぐ分が少しでもあろうか。
エッサイの子と共にする嗣業はない。
イスラエルよ、自分の天幕に帰れ。
ダビデよ、今後自分の家のことは自分で見るがよい。」
こうして、イスラエルの人々は自分の天幕に帰って行った。

レハブアムは、ただユダの町々に住むイスラエル人に対してのみ王であり続けた。
レハブアム王は労役の監督アドラムを遣わしたが、イスラエルのすべての人々は彼を石で打ち殺したため、レハブアム王は急いで戦車に乗り込み、エルサレムに逃げ帰った。
このようにイスラエルはダビデの家に背き、今日に至っている。
イスラエルのすべての人々はヤロブアムが帰ったことを聞き、人を遣わして彼を共同体に招き、王としてイスラエルのすべての人々の上に立てた。
ユダ族のほかには、ダビデの家に従う者はなかった。

レハブアムはエルサレムに帰ると、ユダの全家とベニヤミン族からえり抜きの戦士十八万を召集し、イスラエルの家に戦いを挑み、王権を奪還して自分のものにしようとした。
しかし、神の言葉が神の人シェマヤに臨んだ。
「ユダの王、ソロモンの子レハブアムと、ユダ、ベニヤミンのすべての家およびほかの民に言え。
『主はこう言われる。上って行くな。あなたたちの兄弟イスラエルの人々に戦いを挑むな。
それぞれ自分の家に帰れ。こうなるように計らったのはわたしだ。』」
彼らは主の言葉を聞き、主の言葉に従って帰って行った。

ヤロブアムはエフライム山地のシケムを築き直し、そこに住んだ。
更に、そこを出てペヌエルを築き直した。
ヤロブアムは心に思った。
「今、王国は、再びダビデの家のものになりそうだ。
この民がいけにえをささげるためにエルサレムの主の神殿に上るなら、この民の心は再び彼らの主君、ユダの王レハブアムのもとに帰ってしまうだろう。」
彼はよく考えたうえで、金の子牛を二体造り、人々に言った。
「あなたたちはもはやエルサレムに上る必要はない。
見よ、イスラエルよ、これがあなたをエジプトから導き上ったあなたの神である。」
彼は一体をベテルに、もう一体をダンに置いた。

画像:EECKHOUT, Gerbrandt van den 1621−1674
『Jeroboam's sacrifice at Bethel 』

この事は罪の源となった。民はその一体の子牛を礼拝するためダンまで行った。
彼はまた聖なる高台に神殿を設け、レビ人でない民の中から一部の者を祭司に任じた。
ヤロブアムはユダにある祭りに倣って第八の月の十五日に祭りを執り行い、自ら祭壇に上った。
ベテルでこのように行って、彼は自分の造った子牛にいけにえをささげ、自分の造った聖なる高台のための祭司をベテルに立てた。
彼は勝手に定めたこの月、第八の月の十五日に、自らベテルに造った祭壇に上った。
彼はイスラエルの人々のために祭りを定め、自ら祭壇に上って香をたいた。

第11章

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ソロモン王はファラオの娘のほかにもモアブ人、アンモン人、エドム人、シドン人、ヘト人など多くの外国の女を愛した。
これらの諸国の民については、主がかつてイスラエルの人々に、
「あなたたちは彼らの中に入って行ってはならない。
彼らをあなたたちの中に入れてはならない。
彼らは必ずあなたたちの心を迷わせ、彼らの神々に向かわせる」
と仰せになったが、ソロモンは彼女たちを愛してそのとりことなった。
彼には妻たち、すなわち七百人の王妃と三百人の側室がいた。
この妻たちが彼の心を迷わせた。

画像1:FRANCKEN, Frans II1581-1642
『The Idolatry of Solomon』1622

ソロモンが老境に入ったとき、彼女たちは王の心を迷わせ、他の神々に向かわせた。
こうして彼の心は、父ダビデの心とは異なり、自分の神、主と一つではなかった。
ソロモンは、シドン人の女神アシュトレト、アンモン人の憎むべき神ミルコムに従った。
ソロモンは主の目に悪とされることを行い、父ダビデのようには主に従い通さなかった。
そのころ、ソロモンは、モアブ人の憎むべき神ケモシュのために、エルサレムの東の山に聖なる高台を築いた。
アンモン人の憎むべき神モレクのためにもそうした。
また、外国生まれの妻たちすべてのためにも同様に行ったので、
彼女らは、自分たちの神々に香をたき、いけにえをささげた。
ソロモンの心は迷い、イスラエルの神、主から離れたので、主は彼に対してお怒りになった。
主は二度も彼に現れ、他の神々に従ってはならないと戒められたが、ソロモンは主の戒めを守らなかった。

そこで、主は仰せになった。
「あなたがこのようにふるまい、わたしがあなたに授けた契約と掟を守らなかったゆえに、
わたしはあなたから王国を裂いて取り上げ、あなたの家臣に渡す。
あなたが生きている間は父ダビデのゆえにそうしないでおくが、
あなたの息子の時代にはその手から王国を裂いて取り上げる。
ただし、王国全部を裂いて取り上げることはしない。
わが僕ダビデのゆえに、わたしが選んだ都エルサレムのゆえに、あなたの息子に一つの部族を与える。」

こうして主は、ソロモンに敵対する者としてエドム人ハダドを起こされた。
彼はエドムの王家の血筋を引く者であった。
かつてダビデがエドムを征服したとき、軍の司令官ヨアブが戦死者を葬るために上って行き、エドムの男子をことごとく打ち殺した。
ヨアブは、すべてのイスラエル人と共に六か月にわたり駐留し、エドムのすべての男子を滅ぼした。
このとき少年であったハダドは、父の家臣のエドム人数人と共に逃亡し、エジプトに向かった。
ミディアンを出発してパランに行き、パランから同行する従者たちを加えてエジプトに入り、エジプト王ファラオのもとに来た。
ファラオは、彼に住まいを与え、食糧を手配し、土地を与えた。
ハダドは、ファラオに大変気に入られ、ファラオの妻、王妃タフペネスの妹を妻として与えられた。
タフペネスの妹は、彼との間に男児ゲヌバトを産み、タフペネスはその子をファラオの宮殿の中で育てた。
ゲヌバトは、ファラオの宮殿でその王子たちの中に加わっていた。
エジプトでハダドは、ダビデが先祖たちと共に眠りにつき、また軍の司令官ヨアブも死んだと伝え聞くと、
ファラオに、「故国に帰らせてください」と申し出た。
ファラオは、「故国に帰りたいとは、わたしに何か不満でもあるのか」とただしたが、
ハダドは、「いいえ、ただ帰らせてほしいのです」と答えた。

また神は、ソロモンに敵対する者としてエルヤダの子レゾンを起こされた。
彼は、自分の主君ツォバの王ハダドエゼルを捨てて逃亡し、
ダビデがツォバの人々を打ち殺したとき、仲間を集めて、自ら首領となった。
彼らはダマスコに行って住み着き、ダマスコで支配者となった。
レゾンは、ソロモンの存命中、絶えずイスラエルに敵対して、ハダドのように災いをもたらし、イスラエルを憎んだ。
彼はまたアラムをも支配下に置いた。

ネバトの子ヤロブアムはツェレダの出身でエフライムに属し、その母は名をツェルアといい、寡婦であった。
彼はソロモンに仕えていたが、やがて王に対して反旗を翻した。
彼が王に反旗を翻すに至った事情は次のとおりである。
ソロモンがミロを築き、父ダビデの町の破れをふさいでいたときのことである。
このヤロブアムは有能な人物だったので、ソロモンはこの若者の働きぶりを見て、ヨセフ族の労役全体の監督に任命した。
そのころ、ヤロブアムがエルサレムを出ると、シロの預言者アヒヤが道で彼に出会った。
預言者は真新しい外套を着ていた。野には二人のほかだれもいなかった。
アヒヤは着ていた真新しい外套を手にとり、十二切れに引き裂き、
ヤロブアムに言った。
「十切れを取るがよい。イスラエルの神、主はこう言われる。
『わたしはソロモンの手から王国を裂いて取り上げ、十の部族をあなたに与える。
ただ一部族だけは、わが僕ダビデのゆえに、またわたしが全部族の中から選んだ都エルサレムのゆえにソロモンのものとする。
わたしがこうするのは、彼がわたしを捨て、シドン人の女神アシュトレト、モアブの神ケモシュ、アンモン人の神ミルコムを伏し拝み、わたしの道を歩まず、わたしの目にかなう正しいことを行わず、
父ダビデのようには、掟と法を守らなかったからである。
しかし、わたしは彼の手から王国全部を奪いはしない。
わたしの戒めと掟を守った、わたしの選んだ僕ダビデのゆえに、彼をその生涯にわたって君主としておく。
わたしは彼の息子の手から王権を取り上げ、それを十部族と共にあなたに与える。
彼の息子には一部族を与え、わたしの名を置くためにわたしが選んだ都エルサレムで、
わが僕ダビデのともし火がわたしの前に絶えず燃え続けるようにする。
だが、わたしはあなたを選ぶ。
自分の望みどおりに支配し、イスラエルの王となれ。
あなたがわたしの戒めにことごとく聞き従い、わたしの道を歩み、わたしの目にかなう正しいことを行い、
わが僕ダビデと同じように掟と戒めを守るなら、
わたしはあなたと共におり、ダビデのために家を建てたように、あなたのためにも堅固な家を建て、
イスラエルをあなたのものとする。
こうしてわたしはダビデの子孫を苦しめる。
しかし、いつまでもというわけではない。』」

ソロモンはヤロブアムを殺そうとしたが、ヤロブアムは直ちにエジプトの王シシャクのもとに逃亡し、
ソロモンが死ぬまで、エジプトにとどまった。
ソロモンの他の事績、彼の行ったすべての事、彼の知恵は、『ソロモンの事績の書』に記されている。
ソロモンがエルサレムで全イスラエルを治めたのは四十年であった。

画像2:UNKNOWN
『Death of Solomon』1372

ソロモンは先祖と共に眠りにつき、父ダビデの町に葬られ、その子レハブアムがソロモンに代わって王となった。

第10章

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9章省略。。。

シェバの女王は主の御名によるソロモンの名声を聞き、難問をもって彼を試そうとしてやって来た。
彼女は極めて大勢の随員を伴い、香料、非常に多くの金、宝石をらくだに積んでエルサレムに来た。
ソロモンのところに来ると、彼女はあらかじめ考えておいたすべての質問を浴びせたが、
ソロモンはそのすべてに解答を与えた。
王に分からない事、答えられない事は何一つなかった。
シェバの女王は、ソロモンの知恵と彼の建てた宮殿を目の当たりにし、
また食卓の料理、居並ぶ彼の家臣、丁重にもてなす給仕たちとその装い、
献酌官、それに王が主の神殿でささげる焼き尽くす献げ物を見て、息も止まるような思いであった。

画像1:Nicholaus Knüpfer (Nicholaus Knupfer)  1603-1655
『The Queen of Sheba Before Solomon』 1640?

女王は王に言った。
「わたしが国で、あなたの御事績とあなたのお知恵について聞いていたことは、本当のことでした。
わたしは、ここに来て、自分の目で見るまでは、そのことを信じてはいませんでした。
しかし、わたしに知らされていたことはその半分にも及ばず、お知恵と富はうわさに聞いていたことをはるかに超えています。
あなたの臣民はなんと幸せなことでしょう。いつもあなたの前に立ってあなたのお知恵に接している家臣たちはなんと幸せなことでしょう。
あなたをイスラエルの王位につけることをお望みになったあなたの神、主はたたえられますように。
主はとこしえにイスラエルを愛し、あなたを王とし、公正と正義を行わせられるからです。」

彼女は金百二十キカル、非常に多くの香料、宝石を王に贈ったが、
このシェバの女王がソロモン王に贈ったほど多くの香料は二度と入って来なかった。
また、オフィルから金を積んで来たヒラムの船団は、オフィルから極めて大量の白檀や宝石も運んで来た。
王はその白檀で主の神殿と王宮の欄干や、詠唱者のための竪琴や琴を作った。
このように白檀がもたらされたことはなく、今日までだれもそのようなことを見た者はなかった。
ソロモン王は、シェバの女王に対し、豊かに富んだ王にふさわしい贈り物をしたほかに、女王が願うものは何でも望みのままに与えた。
こうして女王とその一行は故国に向かって帰って行った。

画像2:Mark Gertler 1891-1939
『Queen of Sheba』 1922

ソロモンの歳入は金六百六十六キカル、
そのほかに隊商の納める税金、貿易商、アラビアのすべての王、地方総督からの収入があった。
ソロモン王は延金の大盾二百を作った。
大盾一つにつき用いた金は六百シェケルであった。
延金の小盾も三百作った。
小盾一つにつき用いた金は三マネであった。
王はこれらの盾を「レバノンの森の家」に置いた。
王は更に象牙の大きな王座を作り、これを精錬した金で覆った。
王座には六つの段があり、王座の背もたれの上部は丸かった。
また、座席の両側には肘掛けがあり、その脇に二頭の獅子が立っていた。
六つの段の左右にも十二頭の獅子が立っていた。
これほどのものが作られた国はどこにもなかった。
ソロモン王の杯はすべて金、「レバノンの森の家」の器もすべて純金で出来ていた。
銀製のものはなかった。
ソロモンの時代には、銀は値打ちのないものと見なされていた。
王は海にヒラムの船団のほかにタルシシュの船団も所有していて、
三年に一度、タルシシュの船団は、金、銀、象牙、猿、ひひを積んで入港した。
ソロモン王は世界中の王の中で最も大いなる富と知恵を有し、
全世界の人々が、神がソロモンの心にお授けになった知恵を聞くために、彼に拝謁を求めた。
彼らは、それぞれ贈り物として銀の器、金の器、衣類、武器、香料、馬とらばを毎年携えて来た。
ソロモンは戦車と騎兵を集め、戦車千四百、騎兵一万二千を保有した。
彼はそれを戦車隊の町々およびエルサレムの王のもとに配置した。
王はエルサレムで銀を石のように、レバノン杉をシェフェラのいちじく桑のように大量に供給した。
ソロモンの馬はエジプトとクエから輸入された。
王の商人は代価を払ってクエからそれを買い入れた。
エジプトから輸入された戦車は一両銀六百シェケル、馬は一頭百五十シェケルの値が付けられた。
同じように、それらは王の商人によってヘト人やアラム人のすべての王に輸出された。

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