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列王記 下

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第25章(最終章)

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ゼデキヤの治世第九年の第十の月の十日に、バビロンの王ネブカドネツァルは全軍を率いてエルサレムに到着し、陣を敷き、周りに堡塁を築いた。
都は包囲され、ゼデキヤ王の第十一年に至った。
その月の九日に都の中で飢えが厳しくなり、国の民の食糧が尽き、
都の一角が破られた。 

画像1:SUB-FAUVEL Master 
『The Destruction of Jerusalem』 C. 1320-40
http://collecties.meermanno.nl/handschriften/iconclass/31E234631/

カルデア人が都を取り巻いていたが、戦士たちは皆、夜中に王の園に近い二つの城壁の間にある門を通って逃げ出した。
王はアラバに向かって行った。
カルデア軍は王の後を追い、エリコの荒れ地で彼に追いついた。
王の軍隊はすべて王を離れ去ってちりぢりになった。
王は捕らえられ、リブラにいるバビロンの王のもとに連れて行かれ、裁きを受けた。

画像2:WEIGEL, Johann Christoph 1654−1725
Assassination of Gedaliah −

彼らはゼデキヤの目の前で彼の王子たちを殺し、その上でバビロンの王は彼の両眼をつぶし、青銅の足枷をはめ、彼をバビロンに連れて行った。
第五の月の七日、バビロンの王ネブカドネツァルの第十九年のこと、
バビロンの王の家臣、親衛隊の長ネブザルアダンがエルサレムに来て、
主の神殿、王宮、エルサレムの家屋をすべて焼き払った。
大いなる家屋もすべて、火を放って焼き払った。
また親衛隊の長と共に来たカルデア人は、軍をあげてエルサレムの周囲の城壁を取り壊した。
民のうち都に残っていたほかの者、バビロンの王に投降した者、その他の民衆は、親衛隊の長ネブザルアダンによって捕囚とされ、連れ去られた。
この地の貧しい民の一部は、親衛隊の長によってぶどう畑と耕地にそのまま残された。
カルデア人は主の神殿の青銅の柱、台車、主の神殿にあった青銅の「海」を砕いて、その青銅をバビロンへ運び去り、
壷、十能、芯切り鋏、柄杓など、祭儀用の青銅の器をことごとく奪い取った。
また親衛隊の長は、火皿、鉢など、金製品も銀製品もすべて奪い取った。
ソロモンが主の神殿のために作らせた二本の柱、一つの「海」、台車についていえば、これらすべてのものの青銅の重量は量りきれなかった。
一本の柱の高さは十八アンマで、その上に青銅の柱頭があり、その柱頭の高さが三アンマ、柱頭の周りには格子模様の浮き彫りとざくろがあって、このすべてが青銅であった。もう一本の柱も格子模様の浮き彫りまで同様に出来ていた。
親衛隊の長は、祭司長セラヤ、次席祭司ツェファンヤ、入り口を守る者三人を捕らえた。
また彼は、戦士の監督をする宦官一人、都にいた王の側近五人、国の民の徴兵を担当する将軍の書記官、および都にいた国の民六十人を都から連れ去った。
親衛隊の長ネブザルアダンは彼らを捕らえて、リブラにいるバビロンの王のもとに連れて行った。
バビロンの王はハマト地方のリブラで彼らを打ち殺した。
こうしてユダは自分の土地を追われて捕囚となった。
バビロンの王ネブカドネツァルは、彼が残して、ユダの地にとどまった民の上に、シャファンの孫でアヒカムの子であるゲダルヤを総督として立てた。
すべての軍の長たちはその部下と共に、バビロンの王がゲダルヤを立てて総督としたことを聞き、ミツパにいるゲダルヤのもとに集まって来た。
それはネタンヤの子イシュマエル、カレアの子ヨハナン、ネトファ人タンフメトの子セラヤ、マアカ人の子ヤアザンヤとその部下たちであった。
ゲダルヤは彼らとその部下たちに誓って言った。
「カルデア人の役人を恐れてはならない。
この地にとどまり、バビロンの王に仕えなさい。あなたたちは幸せになる。」
ところが第七の月に、王族の一人、エリシャマの孫でネタンヤの子であるイシュマエルが、十人の部下を率いて来てゲダルヤを打ち殺した。
彼と共にミツパにいたユダの人々もカルデア人も打ち殺された。
民は皆、上の者から下の者まで、また軍の長たちも、カルデア人を恐れて、直ちにエジプトに出発した。
ユダの王ヨヤキンが捕囚となって三十七年目の第十二の月の二十七日に、バビロンの王エビル・メロダクは、その即位の年にユダの王ヨヤキンに情けをかけ、彼を出獄させた。
バビロンの王は彼を手厚くもてなし、バビロンで共にいた王たちの中で彼に最も高い位を与えた。
ヨヤキンは獄中の衣を脱ぎ、生きている間、毎日欠かさず王と食事を共にすることとなった。
彼は生きている間、毎日、日々の糧を常に王から支給された。

画像3:UNKNOWN
『Jehoiachin released』 −

第24章

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彼の治世に、バビロンの王ネブカドネツァルが攻め上って来た。
ヨヤキムは三年間彼に服従したが、再び反逆した。
主は彼に対してカルデア人の部隊、アラム人の部隊、モアブ人の部隊、アンモン人の部隊を遣わされた。
主はその僕である預言者たちによってお告げになった主の言葉のとおり、ユダを滅ぼすために彼らを差し向けられた。
ユダが主の御前から退けられることは、まさに主の御命令によるが、それはマナセの罪のため、彼の行ったすべての事のためであり、
またマナセが罪のない者の血を流し、エルサレムを罪のない者の血で満たしたためである。
主はそれを赦そうとはされなかった。
ヨヤキムの他の事績、彼の行ったすべての事は、『ユダの王の歴代誌』に記されている。
ヨヤキムは先祖と共に眠りにつき、その子ヨヤキンが代わって王となった。
エジプトの王は自分の地から再び出て来ることがなかった。
バビロンの王が、エジプトの川からユーフラテス川に至るまで、エジプトの王のものであったすべての地方を占領したからである。
ヨヤキンは十八歳で王となり、三か月間エルサレムで王位にあった。
その母は名をネフシュタといい、エルサレム出身のエルナタンの娘であった。
彼は父が行ったように、主の目に悪とされることをことごとく行った。
そのころ、バビロンの王ネブカドネツァルの部将たちがエルサレムに攻め上って来て、この都を包囲した。
部将たちが都を包囲しているところに、バビロンの王ネブカドネツァルも来た。

画像1&2:Salvador Dali  1904−89
『Ieremiae prophetia contra regem Ioachin』 1964-67
『Nabuchodonsor rex Babylons』 1964-67
http://www.dalionline.com/biblia.htmlより

画像3:LUIKEN, Caspar  1672-1708
『Jerusalem is burned』 −

ユダの王ヨヤキンは母、家臣、高官、宦官らと共にバビロン王の前に出て行き、バビロンの王はその治世第八年に彼を捕らえた。
主が告げられたとおり、バビロンの王は主の神殿の宝物と王宮の宝物をことごとく運び出し、
イスラエルの王ソロモンが主の聖所のために造った金の器をことごとく切り刻んだ。
彼はエルサレムのすべての人々、すなわちすべての高官とすべての勇士一万人、
それにすべての職人と鍛冶を捕囚として連れ去り、残されたのはただ国の民の中の貧しい者だけであった。
彼はヨヤキンを捕囚としてバビロンに連れ去り、その王の母、王妃たち、宦官たち、国の有力者たちも、捕囚としてエルサレムからバビロンに行かせた。
バビロンの王はすべての軍人七千人、職人と鍛冶千人、勇敢な戦士全員を、捕囚としてバビロンに連れて行った。
バビロンの王はヨヤキンに代えて、そのおじマタンヤを王とし、その名をゼデキヤと改めさせた。
ゼデキヤは二十一歳で王となり、十一年間エルサレムで王位にあった。
その母は名をハムタルといい、リブナ出身のイルメヤの娘であった。
彼はヨヤキムが行ったように、主の目に悪とされることをことごとく行った。
エルサレムとユダは主の怒りによってこのような事態になり、ついにその御前から捨て去られることになった。
ゼデキヤはバビロンの王に反旗を翻した。

第23章

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そこで王は人を遣わして、ユダとエルサレムのすべての長老を自分のもとに集めた。
王は、ユダのすべての人々、エルサレムのすべての住民、祭司と預言者、下の者から上の者まで、
すべての民と共に主の神殿に上り、主の神殿で見つかった契約の書のすべての言葉を彼らに読み聞かせた。
それから王は柱の傍らに立って、主の御前で契約を結び、主に従って歩み、心を尽くし、魂を尽くして主の戒めと定めと掟を守り、
この書に記されているこの契約の言葉を実行することを誓った。
民も皆、この契約に加わった。
王は大祭司ヒルキヤと次席祭司たち、入り口を守る者たちに命じて、主の神殿からバアルやアシェラや天の万象のために造られた祭具類をすべて運び出させた。
彼はそれをエルサレムの外、キドロンの野で焼き払わせ、その灰をベテルに持って行かせた。
王はユダの諸王が立てて、ユダの町々やエルサレム周辺の聖なる高台で香をたかせてきた神官たち、またバアルや太陽、月、星座、天の万象に香をたく者たちを廃止した。
彼はアシェラ像を主の神殿からエルサレムの外のキドロンの谷に運び出し、キドロンの谷で焼き、砕いて灰にし、その灰を民の共同墓地に振りまいた。
彼は主の神殿の中にあった神殿男娼の家を取り壊した。
そこは女たちがアシェラ像のために布を織っていたところでもあった。
王はユダの町々から祭司をすべて呼び寄せ、ゲバからベエル・シェバに至るまでの祭司たちが香をたいていた聖なる高台を汚し、城門にあった聖なる高台をも取り壊した。
これは町の長ヨシュアの門の入り口にあり、町の門を入る人の左側にあった。
聖なる高台の祭司たちは、エルサレムの主の祭壇に上ることはなかったが、その兄弟たちにまじって酵母を入れないパンを食べた。
王はベン・ヒノムの谷にあるトフェトを汚し、だれもモレクのために自分の息子、娘に火の中を通らせることのないようにした。
彼はユダの王たちが太陽にささげて、主の神殿の入り口、前庭の宦官ネタン・メレクの部屋の傍らに置いた馬を除き去り、太陽の戦車を火で焼いた。
王はユダの王たちがアハズの階上の部屋の上に造った祭壇と、マナセが主の神殿の二つの庭に造った祭壇を取り壊し、そこで打ち砕いて、その灰をキドロンの谷に投げ捨てた。
王はエルサレムの東、つまり滅びの山の南にあった聖なる高台を汚した。
これはイスラエルの王ソロモンが、シドン人の憎むべき神アシュトレトのため、モアブ人の憎むべき神ケモシュのため、アンモン人の忌むべき神ミルコムのために築いたものであった。
彼は石柱を砕き、アシェラ像を切り倒し、人の骨でその場所を満たした。
彼はまたベテルにあった祭壇と、イスラエルに罪を犯させたネバトの子ヤロブアムが造った聖なる高台、すなわちその祭壇と聖なる高台を取り壊し、更に聖なる高台を焼いて粉々に砕き、アシェラ像を焼き捨てた。
ヨシヤは振り向いて、山に墓があるのを見、その墓の骨を取りにやり、その骨を祭壇の上で焼いて祭壇を汚した。
かつて神の人がこのことを告げたが、その神の人の告げた主の言葉のとおりになった。

ヨシヤは、「あそこに見える石碑は何か」と言った。
町の人々は、「神の人の墓です。この人はユダから来て、あなたがベテルの祭壇になさったことを予告しました」と答えたので、
彼は、「そのままにしておくがよい。だれもその骨に触れるな」と言った。
こうして人々は、サマリアから来た預言者の骨とともに彼の骨をそのままにしておいた。
ヨシヤはまたサマリアの町々にあった聖なる高台の神殿をすべて取り除いた。
これらはイスラエルの王たちが造って主の怒りを招いたものであった。
彼はベテルで行ったのと全く同じようにこれらに対しても行った。
彼はそこにいた聖なる高台の祭司たちを一人残らずその祭壇の上で殺し、人の骨をそこで焼き、エルサレムに帰った。
王はすべての民に命じて言った。
「この契約の書に記されているとおり、あなたたちの神、主の過越祭を祝え。」
士師たちがイスラエルを治めていた時代からこの方、イスラエルの王、ユダの王の時代を通じて、このような過越祭が祝われることはなかった。
ヨシヤ王の治世第十八年に、エルサレムでこの主の過越祭が祝われた。
ヨシヤはまた口寄せ、霊媒、テラフィム、偶像、ユダの地とエルサレムに見られる憎むべきものを一掃した。
こうして彼は祭司ヒルキヤが主の神殿で見つけた書に記されている律法の言葉を実行した。
彼のように全くモーセの律法に従って、心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして主に立ち帰った王は、彼の前にはなかった。
彼の後にも、彼のような王が立つことはなかった。
しかし、マナセの引き起こした主のすべての憤りのために、主はユダに向かって燃え上がった激しい怒りの炎を収めようとなさらなかった。
主は言われた。
「わたしはイスラエルを退けたようにユダもわたしの前から退け、わたしが選んだこの都エルサレムも、わたしの名を置くと言ったこの神殿もわたしは忌み嫌う。」
ヨシヤの他の事績、彼の行ったすべての事は、『ユダの王の歴代誌』に記されている。
彼の治世に、エジプトの王ファラオ・ネコが、アッシリアの王に向かってユーフラテス川を目指して上って来た。
ヨシヤ王はこれを迎え撃とうとして出て行ったが、ネコは彼に出会うと、メギドで彼を殺した。

画像1:UNKNOWN 
『Josiah wounded in battle』 1702

画像2:Salvador Dali  1904−89
『Iosias sepultus in mausoleum partum』 1964-67

ヨシヤの家臣たちは戦死した王を戦車に乗せ、メギドからエルサレムに運び、彼の墓に葬った。
国の民はヨシヤの子ヨアハズを選んで、油を注ぎ、父の代わりに王とした。
ヨアハズは二十三歳で王となり、三か月間エルサレムで王位にあった。
その母は名をハムタルといい、リブナ出身のイルメヤの娘であった。
彼は先祖たちが行ったように、主の目に悪とされることをことごとく行った。
ファラオ・ネコは、エルサレムで王位にあった彼をハマトの地のリブラに幽閉し、その国には科料として銀百キカル、金一キカルを課した。
ファラオ・ネコはヨシヤの子エルヤキムを父ヨシヤの代わりに王とし、名をヨヤキムと改めさせた。
一方、ヨアハズはエジプトに連れて行かれ、そこで死んだ。
ヨヤキムはファラオに銀と金を差し出したが、ファラオの要求に従って銀を差し出すためには、国に税を課さなければならなかった。
彼はファラオ・ネコに差し出すために、それぞれの割り当てに従って国の民に銀と金を要求した。
ヨヤキムは二十五歳で王となり、十一年間エルサレムで王位にあった。
その母は名をゼブダといい、ルマ出身のペダヤの娘であった。
彼は先祖たちが行ったように、主の目に悪とされることをことごとく行った。

第21&22章

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第21章
マナセは十二歳で王となり、五十五年間エルサレムで王位にあった。
その母は名をヘフツィ・バと言った。
彼は主がイスラエルの人々の前から追い払われた諸国の民の忌むべき慣習に倣い、主の目に悪とされることを行った。
彼は父ヒゼキヤが廃した聖なる高台を再建し、イスラエルの王アハブが行ったようにバアルの祭壇を築き、
アシェラ像を造った。更に彼は天の万象の前にひれ伏し、これに仕えた。
主はかつて、「エルサレムにわたしの名を置く」と言われたが、
その主の神殿の中に彼は異教の祭壇を築いた。
彼はまた、主の神殿の二つの庭に天の万象のための祭壇を築いた。
彼は自分の子に火の中を通らせ、占いやまじないを行い、口寄せや霊媒を用いるなど、主の目に悪とされることを数々行って主の怒りを招いた。
彼はまたアシェラの彫像を造り、神殿に置いた。
主はその神殿について、かつてダビデとその子ソロモンにこう仰せになった。
「わたしはこの神殿に、イスラエルの全部族の中から選んだエルサレムに、とこしえにわたしの名を置く。
もし彼らがわたしの命じるすべてのこと、すなわちわが僕モーセが彼らに授けたすべての律法を行うよう努めるなら、
わたしはイスラエルをその先祖に与えた土地から二度と迷い出させない。」
しかし彼らはこれに聞き従わず、マナセに惑わされて、主がイスラエルの人々の前で滅ぼされた諸国の民よりも更に悪い事を行った。
主はその僕である預言者たちを通してこう告げられた。
「ユダの王マナセはこれらの忌むべき事を行い、かつてアモリ人の行ったすべての事より、
更に悪い事を行い、その偶像によってユダにまで罪を犯させた。
それゆえ、イスラエルの神、主はこう言われる。
見よ、わたしはエルサレムとユダに災いをもたらす。
これを聞く者は皆、両方の耳が鳴る。
わたしはサマリアに使った測り縄とアハブの家に使った下げ振りをエルサレムに用いる。
鉢をぬぐい、それをぬぐって伏せるように、わたしはエルサレムをぬぐい去る。
わたしはわが嗣業の残りの者を見捨て、敵の手に渡す。
彼らはそのすべての敵の餌食となり、略奪の的となる。
彼らは先祖がエジプトを出た日から今日に至るまでわたしの意に背くことを行い、わたしを怒らせてきたからである。」
マナセは主の目に悪とされることをユダに行わせて、罪を犯させた。
彼はその罪を犯したばかりでなく、罪のない者の血を非常に多く流し、その血でエルサレムを端から端まで満たした。
マナセの他の事績、彼の行ったすべての事、彼の犯した罪は、『ユダの王の歴代誌』に記されている。
マナセは先祖と共に眠りにつき、自分の宮殿の庭園、すなわちウザの庭園に葬られた。
その子アモンがマナセに代わって王となった。
アモンは二十二歳で王となり、二年間エルサレムで王位にあった。
その母は名をメシュレメトといい、ヨトバ出身のハルツの娘であった。
彼は父マナセが行ったように、主の目に悪とされることを行った。
父の歩んだ道をそのまま歩み、父が仕えた偶像に彼も仕え、その前にひれ伏し、
先祖の神、主を捨て、主の道を歩まなかった。
彼の家臣たちは謀反を起こし、この王を宮殿で殺害した。
しかし国の民は、アモン王に対して謀反を起こしたすべての者を討ち、その子ヨシヤをアモンの代わりに王とした。
アモンの行った他の事績は、『ユダの王の歴代誌』に記されている。
彼はウザの庭園にある彼の墓に葬られた。
その子ヨシヤがアモンに代わって王となった。

第22章
ヨシヤは八歳で王となり、三十一年間エルサレムで王位にあった。
その母は名をエディダといい、ボツカト出身のアダヤの娘であった。
彼は主の目にかなう正しいことを行い、父祖ダビデの道をそのまま歩み、右にも左にもそれなかった。
ヨシヤ王の治世第十八年に、王はメシュラムの孫でアツァルヤの子である書記官シャファンを主の神殿に遣わして言った。
「大祭司ヒルキヤのもとに上り、主の神殿に納められた献金、すなわち入り口を守る者たちが民から集めたものを集計させなさい。
それを主の神殿の責任を負っている工事担当者の手に渡し、更に神殿の破損を修理するために主の神殿にいる工事担当者に渡しなさい。
すなわち職人、建築作業員、石工に渡し、神殿修理のための木材や切り石を買わせなさい。
ただし、彼らは忠実に仕事をしているから、彼らに渡した金の監査は必要ではない。」

そのとき大祭司ヒルキヤは書記官シャファンに、「わたしは主の神殿で律法の書を見つけました」と言った。
ヒルキヤがその書をシャファンに渡したので、彼はそれを読んだ。
書記官シャファンは王のもとに来て、王に報告した。
「僕どもは神殿にあった献金を取り出して、主の神殿の責任を負っている工事担当者の手に渡しました。」
更に書記官シャファンは王に、「祭司ヒルキヤがわたしに一つの書を渡しました」と告げ、王の前でその書を読み上げた。

画像1:MERIAN, Matthaeus the Elder 1593-1650
『Josiah orders the book of the Law read aloud to the elders』 1625-30

王はその律法の書の言葉を聞くと、衣を裂いた。
王は祭司ヒルキヤ、シャファンの子アヒカム、ミカヤの子アクボル、書記官シャファン、王の家臣アサヤにこう命じた。
「この見つかった書の言葉について、わたしのため、民のため、ユダ全体のために、主の御旨を尋ねに行け。
我々の先祖がこの書の言葉に耳を傾けず、我々についてそこに記されたとおりにすべての事を行わなかったために、
我々に向かって燃え上がった主の怒りは激しいからだ。」
祭司ヒルキヤ、アヒカム、アクボル、シャファン、アサヤは女預言者フルダのもとに行った。
彼女はハルハスの孫でティクワの子である衣装係シャルムの妻で、エルサレムのミシュネ地区に住んでいた。
彼らが彼女に話し聞かせると、彼女は答えた。
「イスラエルの神、主はこう言われる。
『あなたたちをわたしのもとに遣わした者に言いなさい。
主はこう言われる。
見よ、わたしはユダの王が読んだこの書のすべての言葉のとおりに、この所とその住民に災いをくだす。
彼らがわたしを捨て、他の神々に香をたき、自分たちの手で造ったすべてのものによってわたしを怒らせたために、
わたしの怒りはこの所に向かって燃え上がり、消えることはない。
主の心を尋ねるためにあなたたちを遣わしたユダの王にこう言いなさい。
あなたが聞いた言葉について、イスラエルの神、主はこう言われる。
わたしがこの所とその住民につき、それが荒れ果て呪われたものとなると言ったのを聞いて、
あなたは心を痛め、主の前にへりくだり、衣を裂き、わたしの前で泣いたので、わたしはあなたの願いを聞き入れた、と主は言われる。
それゆえ、見よ、わたしはあなたを先祖の数に加える。
あなたは安らかに息を引き取って墓に葬られるであろう。
わたしがこの所にくだす災いのどれも、その目で見ることがない。』」
彼らはこれを王に報告した。

画像2:WEIGEL, Johann Christoph 1654−1725
『Renewal of the covenant』 1695

第20章

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画像1:COLOMBE, Jean 1440-93
『Hezekiah‘s canticle』 1485-1489
過酷!

そのころ、ヒゼキヤは死の病にかかった。
預言者、アモツの子イザヤが訪ねて来て、
「主はこう言われる。『あなたは死ぬことになっていて、命はないのだから、家族に遺言をしなさい』」と言った。
ヒゼキヤは顔を壁に向けて、主にこう祈った。
「ああ、主よ、わたしがまことを尽くし、ひたむきな心をもって御前を歩み、御目にかなう善いことを行ってきたことを思い起こしてください。」
こう言って、ヒゼキヤは涙を流して大いに泣いた。
イザヤが中庭を出ないうちに、主の言葉が彼に臨んだ。
「わが民の君主ヒゼキヤのもとに戻って言いなさい。
『あなたの父祖ダビデの神、主はこう言われる。
わたしはあなたの祈りを聞き、涙を見た。
見よ、わたしはあなたをいやし、三日目にあなたは主の神殿に上れるだろう。
わたしはあなたの寿命を十五年延ばし、アッシリアの王の手からあなたとこの都を救い出す。
わたしはわたし自身のために、わが僕ダビデのために、この都を守り抜く。』」
イザヤが、「干しいちじくを取って来るように」と言うので、人々がそれを取って来て患部に当てると、ヒゼキヤは回復した。
ヒゼキヤはイザヤに言った。
「主がわたしをいやされ、わたしが三日目に主の神殿に上れることを示すしるしは何でしょうか。」
イザヤは答えた。
「ここに主によって与えられるしるしがあります。
それによって主は約束なさったことを実現されることが分かります。
影が十度進むか、十度戻るかです。」
ヒゼキヤは答えた。
「影が十度伸びるのは容易なことです。
むしろ影を十度後戻りさせてください。」
そこで預言者イザヤが主に祈ると、主は日時計の影、アハズの日時計に落ちた影を十度後戻りさせられた。

そのころ、バビロンの王、バルアダンの子メロダク・バルアダンは、
ヒゼキヤが病気であるということを聞いて、ヒゼキヤに手紙と贈り物を送って来た。
ヒゼキヤは使者たちを歓迎し、銀、金、香料、上等の油など宝物庫のすべて、武器庫、また、倉庫にある一切のものを彼らに見せた。
ヒゼキヤが彼らに見せなかったものは、宮中はもとより国中に一つもなかった。
預言者イザヤはヒゼキヤ王のところに来て、
「あの人々は何を言ったのですか。
どこから訪ねて来たのですか」と問うた。
ヒゼキヤは、「彼らは遠い国、バビロンから来ました」と答えた。
更に、「彼らは王宮で何を見たのですか」と問うと、
ヒゼキヤは、「王宮にあるものは何もかも見ました。倉庫の中のものも見せなかったものは何一つありません」と答えた。
そこでイザヤはヒゼキヤに言った。「主の言葉を聞きなさい。
『王宮にあるもの、あなたの先祖が今日まで蓄えてきたものが、
ことごとくバビロンに運び去られ、何も残らなくなる日が来る、と主は言われる。
あなたから生まれた息子の中には、バビロン王の宮殿に連れて行かれ、宦官にされる者もある。』」
ヒゼキヤはイザヤに、
「あなたの告げる主の言葉はありがたいものです」と答えた。
彼は、自分の在世中は平和と安定が続くのではないかと思っていた。
ヒゼキヤの他の事績、彼の功績のすべて、貯水池と水道を造って都に水を引いたことは、『ユダの王の歴代誌』に記されている。
ヒゼキヤは先祖と共に眠りにつき、その子マナセがヒゼキヤに代わって王となった。

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