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GWは単なる週末でした。

列王記 下

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第19章

イメージ 1

ヒゼキヤ王はこれを聞くと衣を裂き、粗布を身にまとって主の神殿に行った。
また彼は宮廷長エルヤキム、書記官シェブナ、および祭司の長老たちに粗布をまとわせ、預言者、アモツの子イザヤのもとに遣わした。
彼らはイザヤに言った。
「ヒゼキヤはこう言われる。
『今日は苦しみと、懲らしめと、辱めの日、胎児は産道に達したが、これを産み出す力がない。
生ける神をののしるために、その主君、アッシリアの王によって遣わされて来たラブ・シャケのすべての言葉を、
あなたの神、主は恐らく聞かれたことであろう。
あなたの神、主はお聞きになったその言葉をとがめられるであろうが、ここに残っている者のために祈ってほしい。』」
ヒゼキヤ王の家臣たちがイザヤのもとに来ると、イザヤは言った。
「あなたたちの主君にこう言いなさい。
『主なる神はこう言われる。
あなたは、アッシリアの王の従者たちがわたしを冒涜する言葉を聞いても、恐れてはならない。
見よ、わたしは彼の中に霊を送り、彼がうわさを聞いて自分の地に引き返すようにする。
彼はその地で剣にかけられて倒される。』」
ラブ・シャケは、王がラキシュをたったということを聞いて引き返し、リブナを攻撃しているアッシリアの王と落ち合った。
王はそこでクシュの王ティルハカについて、
「あなたと戦いを交えようと軍を進めている」との知らせを受けた。
彼は再びヒゼキヤに使者を遣わして言わせた。
「ユダの王ヒゼキヤにこう言え。
お前が依り頼んでいる神にだまされ、エルサレムはアッシリアの王の手に渡されることはないと思ってはならない。
お前はアッシリアの王たちが、すべての国々を滅ぼし去るために行ったことを聞いているであろう。
それでも、お前だけが救い出されると言うのか。
わたしの先祖たちはゴザン、ハラン、レツェフおよびテラサルにいたエデンの人々を打ち滅ぼしたが、
これらの諸国の神々は彼らを救いえたであろうか。
ハマトの王、アルパドの王、セファルワイムの町の王、ヘナやイワの王はどこに行ったのか。」
ヒゼキヤはこの手紙を使者の手から受け取って読むと、主の神殿に上って行った。
ヒゼキヤはそれを主の前に広げ、主の前で祈った。
「ケルビムの上に座しておられるイスラエルの神、主よ。
あなただけが地上のすべての王国の神であり、あなたこそ天と地をお造りになった方です。
主よ、耳を傾けて聞いてください。
主よ、目を開いて御覧ください。
生ける神をののしるために人を遣わしてきたセンナケリブの言葉を聞いてください。
主よ、確かにアッシリアの王たちは諸国とその国土を荒らし、
その神々を火に投げ込みましたが、それらは神ではなく、木や石であって、人間が手で造ったものにすぎません。
彼らはこれを滅ぼしてしまいました。
わたしたちの神、主よ、どうか今わたしたちを彼の手から救い、地上のすべての王国が、
あなただけが主なる神であることを知るに至らせてください。」
アモツの子イザヤは、ヒゼキヤに人を遣わして言った。
「イスラエルの神、主はこう言われる。
『アッシリアの王センナケリブのことであなたがわたしにささげた祈りをわたしは聞いた。』
主がアッシリアの王に向かって告げられた言葉はこうである。
おとめである、娘シオンは お前を辱め、お前を嘲る。
娘エルサレムは お前に背を向け、頭を振る。
お前は誰をののしり、侮ったのか。
誰に向かって大声をあげ 高慢な目つきをしたのか。
イスラエルの聖なる方に向かってではなかったか。
お前は使者を送って 主をののしって言った。
『わたしは多くの戦車を率いて 山々の高みに駆け登り レバノンの奥深く進み 最も高く伸びたレバノン杉も 最も見事な糸杉も切り倒した。
その果てに達した宿営地は 木の生い茂る森林であった。
わたしは井戸を掘って異国の水を飲んだが エジプトのナイルの水流はことごとく 足の裏で踏みつけて干上がらせた。』
お前は聞いたことがないのか はるか昔にわたしが計画を立てていたことを。
いにしえの日に心に描いたことを わたしは今実現させた。
お前はこうして砦の町々を 瓦礫の山にすることとなった。
力を失ったその住民は 打ちのめされて恥に覆われ 野の草、青草のように 穂をつける前にしなびる 屋根に生える草のようになった。
お前が座っているのも 出て行くのも、入って来るのも わたしは知っている。
またわたしに向かって怒りに震えていることも。
お前がわたしに向かって怒りに震え その驕りがわたしの耳にまで昇ってきたために 
わたしはお前の鼻に鉤をかけ 口にくつわをはめ お前が来た道を通って帰って行くようにする。
あなたにそのことを示すしるしはこうである。
今年は落ち穂から生じた穀物を食べ、二年目は自然に生じたものを食べ、
三年目には種を蒔いて刈り入れ、ぶどう畑を作り、その実りを食べる。
ユダの家の中で難を免れ、残った者たちは再び根を下ろし、上には実を結ぶ。
エルサレムから残った者が、シオンの山から難を免れた者が現れ出る。
万軍の主の熱情がこれを成就される。
それゆえ、主はアッシリアの王についてこう言われる。
彼がこの都に入城することはない。
またそこに矢を射ることも、盾を持って向かって来ることも、都に対して土塁を築くこともない。
彼は来た道を引き返し、この都に入城することはない、と主は言われる。
わたしはこの都を守り抜いて救う。
わたし自らのために、わが僕ダビデのために。」
その夜、主の御使いが現れ、アッシリアの陣営で十八万五千人を撃った。
朝早く起きてみると、彼らは皆死体となっていた。

画像1:UNKNOWN ―
『Angel of the Lord decimates the Assyrian army, The. Sennacherib is killed』 −

アッシリアの王センナケリブは、そこをたって帰って行き、ニネベに落ち着いた。
彼が自分の神ニスロクの神殿で礼拝しているときに、アドラメレクとサルエツェルが彼を剣にかけて殺した。
彼らはアララトの地に逃亡し、センナケリブに代わってその子エサル・ハドンが王となった。

第18章

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イスラエルの王、エラの子ホシェアの治世第三年に、ユダの王アハズの子ヒゼキヤが王となった。
彼は二十五歳で王となり、二十九年間エルサレムで王位にあった。
その母は名をアビといい、ゼカルヤの娘であった。
彼は、父祖ダビデが行ったように、主の目にかなう正しいことをことごとく行い、
聖なる高台を取り除き、石柱を打ち壊し、アシェラ像を切り倒し、モーセの造った青銅の蛇を打ち砕いた。
イスラエルの人々は、このころまでこれをネフシュタンと呼んで、これに香をたいていたからである。

画像1: UNKNOWN
『Hezekiah breaks Moses's brazen serpent』 −

彼はイスラエルの神、主に依り頼んだ。
その後ユダのすべての王の中で彼のような王はなく、また彼の前にもなかった。
彼は主を固く信頼し、主に背いて離れ去ることなく、主がモーセに授けられた戒めを守った。
主は彼と共におられ、彼が何を企てても成功した。

画像2:画像:Gustave Doré  1832 -1883
『Destruction of the army of Sennacherib』1865

彼はアッシリアの王に刃向かい、彼に服従しなかった。
彼はペリシテ人を、ガザとその領域まで、見張りの塔から砦の町まで攻撃した。
ヒゼキヤ王の治世第四年、イスラエルの王、エラの子ホシェアの治世第七年に、
アッシリアの王シャルマナサルがサマリアに攻め上って来て、これを包囲し、三年後に占領した。
サマリアが占領されたのは、ヒゼキヤの治世第六年、イスラエルの王ホシェアの第九年であった。
アッシリアの王はイスラエル人を捕らえてアッシリアに連れて行き、ヘラ、ハボル、ゴザン川、メディアの町々にとどまらせた。
こうなったのは、彼らが自分たちの神、主の御声に聞き従わず、その契約と、主の僕モーセが命じたすべてのことを破ったからである。
彼らは聞き従わず、実行しなかった。
ヒゼキヤ王の治世第十四年に、アッシリアの王センナケリブが攻め上り、ユダの砦の町をことごとく占領した。
ユダの王ヒゼキヤは、ラキシュにいるアッシリアの王に人を遣わし、
「わたしは過ちを犯しました。どうかわたしのところから引き揚げてください。
わたしは何を課せられても、御意向に沿う覚悟をしています」と言わせた。
アッシリアの王はユダの王ヒゼキヤに銀三百キカルと金三十キカルを課した。
ヒゼキヤは主の神殿と王宮の宝物庫にあったすべての銀を贈った。
またこのときユダの王であるヒゼキヤは、自分が金で覆った主の神殿の扉と柱を切り取り、アッシリアの王に贈った。
アッシリアの王は、ラキシュからタルタン、ラブ・サリスおよびラブ・シャケを大軍と共にヒゼキヤ王のいるエルサレムに遣わした。
彼らはエルサレムに上って来た。
彼らは上って来て、布さらしの野に至る大通りに沿って上の貯水池から来る水路の傍らに立ち止まった。
彼らは王に呼びかけると、ヒルキヤの子である宮廷長エルヤキム、書記官シェブナ、アサフの子である補佐官ヨアが彼らの前に出て行った。
そこでラブ・シャケは彼らに言った。
「ヒゼキヤに伝えよ。大王、アッシリアの王はこう言われる。
なぜこんな頼りないものに頼っているのか。
ただ舌先だけの言葉が戦略であり戦力であると言うのか。
今お前は誰を頼みにしてわたしに刃向かうのか。
今お前はエジプトというあの折れかけの葦の杖を頼みにしているが、それはだれでも寄りかかる者の手を刺し貫くだけだ。
エジプトの王ファラオは自分を頼みとするすべての者にとってそのようになる。
お前たちは、『我々は我々の神、主に依り頼む』と言っているが、
ヒゼキヤはユダとエルサレムに向かい、『エルサレムにあるこの祭壇の前で礼拝せよ』と言って、
その主の聖なる高台と祭壇を取り除いたのではなかったか。
今わが主君、アッシリアの王とかけをせよ。
もしお前の方でそれだけの乗り手を準備できるなら、こちらから二千頭の馬を与えよう。
戦車について、騎兵についてエジプトなどを頼みにしているお前に、
どうしてわが主君の家臣のうちの最も小さい総督の一人すら追い返すことができようか。
わたしは今、主とかかわりなくこの所を滅ぼしに来たのだろうか。
主がわたしに、『この地に向かって攻め上り、これを滅ぼせ』とお命じになったのだ。」
ヒルキヤの子エルヤキムとシェブナとヨアは、ラブ・シャケに願った。
「僕どもはアラム語が分かります。
どうぞアラム語でお話しください。
城壁の上にいる民が聞いているところで、わたしどもにユダの言葉で話さないでください。」
だがラブ・シャケは彼らに言った。
「わが主君がこれらのことを告げるためにわたしを遣わしたのは、お前の主君やお前のためだけだとでもいうのか。
城壁の上に座っている者たちのためにも遣わしたのではないか。
彼らもお前たちと共に自分の糞尿を飲み食いするようになるのだから。」
ラブ・シャケは立ってユダの言葉で大声で呼ばわり、こう言い放った。
「大王、アッシリアの王の言葉を聞け。
王はこう言われる。
『ヒゼキヤにだまされるな。彼はお前たちをわたしの手から救い出すことはできない。
ヒゼキヤはお前たちに、主が必ず我々を救い出してくださる、決してこの都がアッシリアの王の手に渡されることはない、
と言って、主に依り頼ませようとするが、そうさせてはならない。』
ヒゼキヤの言うことを聞くな。
アッシリアの王がこう言われるからだ。
『わたしと和を結び、降伏せよ。
そうすればお前たちは皆、自分のぶどうといちじくの実を食べ、自分の井戸の水を飲むことができる。
やがてわたしは来て、お前たちをお前たちの地と同じような地、穀物と新しいぶどう酒の地、パンとぶどう畑の地、
オリーブと新鮮な油と蜜の地に連れて行く。
こうしてお前たちは命を得、死なずに済む』と。
ヒゼキヤの言うことを聞くな。
彼は、主は我々を救い出してくださる、と言って、お前たちを惑わしているのだ。
諸国の神々は、それぞれ自分の地をアッシリア王の手から救い出すことができたであろうか。
ハマトやアルパドの神々はどこに行ったのか。
セファルワイムやヘナやイワの神々はどこに行ったのか。
サマリアをわたしの手から救い出した神があっただろうか。
国々のすべての神々のうち、どの神が自分の国をわたしの手から救い出したか。
それでも主はエルサレムをわたしの手から救い出すと言うのか。」
しかし民は、答えてはならないと王に戒められていたので、押し黙ってひと言も答えなかった。
ヒルキヤの子である宮廷長エルヤキム、書記官シェブナ、アサフの子である補佐官ヨアは衣を裂き、
ヒゼキヤのもとに来てラブ・シャケの言葉を伝えた。

第16&17章

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第16章
レマルヤの子ペカの治世第十七年に、ユダの王ヨタムの子アハズが王となった。
アハズは二十歳で王となり、十六年間エルサレムで王位にあった。
彼は父祖ダビデと異なり、自分の神、主の目にかなう正しいことを行わなかった。
彼はイスラエルの王たちの道を歩み、主がイスラエルの人々の前から追い払われた諸国の民の忌むべき慣習に倣って、自分の子に火の中を通らせることさえした。
彼は聖なる高台、丘の上、すべての茂った木の下でいけにえをささげ、香をたいた。
そのころ、アラムの王レツィンとイスラエルの王、レマルヤの子ペカがエルサレムを攻めようとして上って来た。
彼らはアハズを包囲したが、戦いを仕掛けることができなかった。
このとき、アラムの王レツィンはエイラトを取り戻してアラムのものとし、ユダの人々をエイラトから追い出した。
その後エドム人がエイラトに来て住み着き、今日に至っている。

画像1: WEIGEL, Johann Christoph 1654−1725
『Provision for the prisoners』1695

アハズはアッシリアの王ティグラト・ピレセルに使者を遣わして言わせた。
「わたしはあなたの僕、あなたの子です。
どうか上って来て、わたしに立ち向かうアラムの王とイスラエルの王の手から、わたしを救い出してください。」
アハズはまた主の神殿と王宮の宝物庫にある銀と金を取り出し、アッシリアの王に贈り物として送った。
アッシリアの王はその願いを聞き入れた。
アッシリアの王はダマスコに攻め上ってこれを占領し、その住民を捕虜としてキルに移し、レツィンを殺した。
アハズ王は、アッシリアの王ティグラト・ピレセルに会おうとしてダマスコに行き、ダマスコにある祭壇を見た。
アハズ王が祭司ウリヤにその祭壇の見取り図とその詳しい作り方の説明書を送ったので、
祭司ウリヤはアハズ王がダマスコから送って来たものそっくりに祭壇を築いた。
しかも祭司ウリヤは王がダマスコから帰って来るまでにそれを仕上げた。
王はダマスコから帰って来て、その祭壇を見た。
王はその祭壇に近づいて、その上で献げ物をささげ、
その上で焼き尽くす献げ物と穀物の献げ物を燃やして煙にし、ぶどう酒の献げ物を注ぎ、自分のための和解の献げ物の血を祭壇に振りかけた。
主の御前にあった青銅の祭壇は、神殿の前から、すなわち新しい祭壇と主の神殿の間から移して、新しい祭壇の北側に据えた。
アハズ王は祭司ウリヤにこう命じた。
「この大きな祭壇の上で、朝の焼き尽くす献げ物と夕べの穀物の献げ物、王の焼き尽くす献げ物と穀物の献げ物、
すべての国の民の焼き尽くす献げ物と穀物の献げ物を燃やして煙にし、ぶどう酒の献げ物を注げ。
また焼き尽くす献げ物の血とほかの献げ物の血をすべてこの祭壇に振りかけよ。
あの青銅の祭壇はわたしが伺いを立てるのに用いる。」
祭司ウリヤはすべてアハズ王が命じたとおりに行った。
アハズ王は台車の鏡板を切り離し、台車の上から洗盤を取り外し、
また「海」をその支えになっていた青銅の牛の上から降ろし、敷石の上に置いた。
彼はまたアッシリアの王のために、神殿の中に建てられている安息日用の廊と外側にある王の入り口を主の神殿から取り除いた。
アハズの行った他の事績は、『ユダの王の歴代誌』に記されている。
アハズは先祖と共に眠りにつき、ダビデの町に先祖と共に葬られた。
その子ヒゼキヤがアハズに代わって王となった。

第17章
ユダの王アハズの治世第十二年に、エラの子ホシェアがサマリアでイスラエルの王となり、九年間王位にあった。
彼は主の目に悪とされることを行ったが、彼以前のイスラエルの王たちほどではなかった。
アッシリアの王シャルマナサルが攻め上って来たとき、ホシェアは彼に服従して、貢ぎ物を納めた。
しかし、アッシリアの王は、ホシェアが謀反を企てて、エジプトの王ソに使節を派遣し、 
アッシリアの王に年ごとの貢ぎ物を納めなくなったのを知るに至り、彼を捕らえて牢につないだ。
アッシリアの王はこの国のすべての地に攻め上って来た。
彼はサマリアに攻め上って来て、三年間これを包囲し、ホシェアの治世第九年にサマリアを占領した。
彼はイスラエル人を捕らえてアッシリアに連れて行き、ヘラ、ハボル、ゴザン川、メディアの町々に住ませた。
こうなったのは、イスラエルの人々が、彼らをエジプトの地から導き上り、
エジプトの王ファラオの支配から解放した彼らの神、主に対して罪を犯し、他の神々を畏れ敬い、
主がイスラエルの人々の前から追い払われた諸国の民の風習と、イスラエルの王たちが作った風習に従って歩んだからである。
イスラエルの人々は、自分たちの神、主に対して正しくないことをひそかに行い、
見張りの塔から砦の町に至るまで、すべての町に聖なる高台を建て、
どの小高い丘にも、どの茂った木の下にも、石柱やアシェラ像を立て、
主が彼らの前から移された諸国の民と同じように、すべての聖なる高台で香をたき、悪を行って主の怒りを招いた。
主が、「このようなことをしてはならない」と言っておられたのに、彼らは偶像に仕えたのである。
主はそのすべての預言者、すべての先見者を通して、イスラエルにもユダにもこう警告されていた。
「あなたたちは悪の道を離れて立ち帰らなければならない。
わたしがあなたたちの先祖に授け、またわたしの僕である預言者たちを通してあなたたちに伝えたすべての律法に従って、
わたしの戒めと掟を守らなければならない。」
しかし彼らは聞き従うことなく、自分たちの神、主を信じようとしなかった先祖たちと同じように、かたくなであった。
彼らは主の掟と、主が先祖たちと結ばれた契約と、彼らに与えられた定めを拒み、
空しいものの後を追って自らも空しくなり、主が同じようにふるまってはならないと命じられたのに、
その周囲の諸国の民に倣って歩んだ。
彼らは自分たちの神、主の戒めをことごとく捨て、
鋳像、二頭の子牛像を造り、アシェラ像を造り、天の万象にひれ伏し、バアルに仕えた。
息子や娘に火の中を通らせ、占いやまじないを行い、自らを売り渡して主の目に悪とされることを行い、主の怒りを招いた。
主はイスラエルに対して激しく憤り、彼らを御前から退け、ただユダの部族しか残されなかった。
ユダもまた自分たちの神、主の戒めを守らず、イスラエルの行っていた風習に従って歩んだ。
主はそこでイスラエルのすべての子孫を拒んで苦しめ、侵略者の手に渡し、ついに御前から捨てられた。
主がダビデの家からイスラエルを裂き取られたとき、このイスラエルの人々はネバトの子ヤロブアムを王としたが、
ヤロブアムはイスラエルを主に従わないようにしむけ、彼らに大きな罪を犯させた。
イスラエルの人々はヤロブアムの犯したすべての罪に従って歩み、それを離れなかった。
主はついにその僕であるすべての預言者を通してお告げになっていたとおり、イスラエルを御前から退けられた。
イスラエルはその土地からアッシリアに移され、今日に至っている。
アッシリアの王はバビロン、クト、アワ、ハマト、セファルワイムの人々を連れて来て、イスラエルの人々に代えてサマリアの住民とした。
この人々がサマリアを占拠し、その町々に住むことになった。
彼らはそこに住み始めたころ、主を畏れ敬う者ではなかったので、
主は彼らの中に獅子を送り込まれ、獅子は彼らの何人かを殺した。

画像2:Gustave Doré  1832 -1883
『Strange nations slain by the Lions of Samaria』1865

彼らはアッシリアの王にこう告げた。
「あなたがサマリアの町々に移り住ませた諸国の民は、この地の神の掟を知りません。
彼らがこの地の神の掟を知らないので、神は彼らの中に獅子を送り込み、獅子は彼らを殺しています。」
アッシリアの王は命じた。
「お前たちが連れ去った祭司の一人をそこに行かせよ。
その祭司がそこに行って住み、その地の神の掟を教えさせよ。」
こうして、サマリアから連れ去られた祭司が一人戻って来てベテルに住み、どのように主を畏れ敬わなければならないかを教えた。
しかし、諸国の民はそれぞれ自分の神を造り、サマリア人の築いた聖なる高台の家に安置した。
諸国の民はそれぞれ自分たちの住む町でそのように行った。
バビロンの人々はスコト・ベノトの神を造り、クトの人々はネレガルの神を造り、
ハマトの人々はアシマの神を造り、アワ人はニブハズとタルタクの神を造り、
セファルワイム人は子供を火に投じて、セファルワイムの神々アドラメレクとアナメレクにささげた。
彼らは主を畏れ敬ったが、自分たちの中から聖なる高台の祭司たちを立て、
その祭司たちが聖なる高台の家で彼らのために勤めを果たした。
このように彼らは主を畏れ敬うとともに、移される前にいた国々の風習に従って自分たちの神々にも仕えた。
彼らは今日に至るまで以前からの風習に従って行い、主を畏れ敬うことなく、
主がイスラエルという名をお付けになったヤコブの子孫に授けられた掟、法、律法、戒めに従って行うこともない。
主は彼らと契約を結び、こう戒められた。
「他の神々を畏れ敬ってはならない。
これにひれ伏すことも、仕えることも、いけにえをささげることもあってはならない。
大いなる力と伸ばした腕をもってあなたたちをエジプトの地から導き上った主にのみ畏れを抱き、
その前にひれ伏し、いけにえをささげよ。
主があなたたちのために記された掟と法と律法と戒めを、常に実行するように努めよ。
他の神々を畏れ敬ってはならない。
わたしがあなたたちと結んだ契約を忘れてはならない。
他の神々を畏れ敬ってはならない。
あなたたちの神、主にのみ畏れを抱け。
そうすれば、主はすべての敵の手からあなたたちを救い出してくださる。」
しかし、彼らは聞き従わず、ただ以前からの風習に従って行うばかりであった。
このように、これらの民は主を畏れ敬うとともに、自分たちの偶像にも仕えていた。
その子も孫も今日に至るまで先祖が行ったように行っている。

第14&15章

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第14章
イスラエルの王、ヨアハズの子ヨアシュの治世第二年に、ユダの王ヨアシュの子アマツヤが王となった。
彼は二十五歳で王となり、二十九年間エルサレムで王位にあった。
その母は名をヨアダンといい、エルサレムの出身であった。
彼は父祖ダビデほどではなかったが、父ヨアシュが行ったように、主の目にかなう正しいことをことごとく行った。
ただ聖なる高台は取り除かず、民は依然として聖なる高台でいけにえを屠り、香をたいていた。
彼は国を掌握すると、父ヨアシュ王を殺害した家臣たちを打ち殺した。
しかし、モーセの律法の書に記されているところに従い、殺害者の子供たちは殺さなかった。
主がこう命じておられるからである。
「父は子のゆえに死に定められず、子は父のゆえに死に定められない。
人は、それぞれ自分の罪のゆえに死に定められる。」
アマツヤは塩の谷で一万人のエドム人を打ち、セラを攻め落とし、その名をヨクテエルと名付けた。
こうしてそれは今日に至っている。

次いでアマツヤは、イスラエルの王、イエフの孫でヨアハズの子であるヨアシュに使者を遣わし、
「来るがよい、戦いを交えよう」と言わせた。
だが、イスラエルの王ヨアシュは、ユダの王アマツヤに次のような返事を送った。
「レバノンのあざみがレバノンの杉に、
『あなたの娘をわたしの息子の嫁にくれ』と申し込んだが、レバノンの野の獣が通りかかって、あざみを踏み倒してしまった。
あなたはエドムを打ち破って思い上がっている。
その栄誉に満足して家にとどまっているがよい。
なぜ挑発して災いを招き、あなただけでなく、ユダも一緒に倒れるようなことをするのか。」
しかし、アマツヤはこれを聞き入れなかった。
イスラエルの王ヨアシュは上って来て、ユダのベト・シェメシュでユダの王アマツヤと戦いを交えた。
その結果、ユダはイスラエルに惨敗し、兵はおのおのその天幕に逃げ帰ってしまった。
イスラエルの王ヨアシュはベト・シェメシュで、アハズヤの孫でヨアシュの子であるユダの王アマツヤを捕らえ、
エルサレムに来て、その城壁をエフライムの門から角の門まで四百アンマにわたって破壊した。
また彼は、主の神殿と王宮の宝物庫にあるすべての金と銀、祭具および人質を取って、サマリアに凱旋した。
ヨアシュの成し遂げた他の事績、ユダの王アマツヤと戦った功績については、『イスラエルの王の歴代誌』に記されている。

ヨアシュは先祖と共に眠りにつき、イスラエルの王たちと共にサマリアに葬られた。
その息子ヤロブアムがヨアシュに代わって王となった。
ユダの王、ヨアシュの子アマツヤは、イスラエルの王、ヨアハズの子ヨアシュの死後、なお十五年生き永らえた。
アマツヤの他の事績は、『ユダの王の歴代誌』に記されている。

彼に対する謀反がエルサレムで企てられたため、彼はラキシュに逃れたが、ラキシュに送られた追っ手によって殺された。
その遺体は馬に乗せてエルサレムに運ばれ、ダビデの町に先祖と共に葬られた。
ユダのすべての民は当時十六歳であったアザルヤを選び、父アマツヤの代わりに王とした。
アマツヤが先祖と共に眠りについた後、彼はエイラトの町を再建して、ユダに復帰させた。
ユダの王、ヨアシュの子アマツヤの治世第十五年に、
イスラエルの王、ヨアシュの子ヤロブアムがサマリアで王となり、四十一年間王位にあった。
彼は主の目に悪とされることを行い、イスラエルに罪を犯させたネバトの子ヤロブアムの罪を全く離れなかった。
しかし、イスラエルの神、主が、ガト・ヘフェル出身のその僕、預言者、
アミタイの子ヨナを通して告げられた言葉のとおり、彼はハマトの入り口からアラバの海までイスラエルの領域を回復した。
主は、イスラエルの苦しみが非常に激しいことを御覧になったからである。
つながれている者も解き放たれている者もいなくなり、イスラエルを助ける者もいなかった。
しかし、主はイスラエルの名を天の下から消し去ろうとは言われず、
ヨアシュの子ヤロブアムによって彼らを救われたのである。
ヤロブアムの他の事績、彼の行ったすべての事、戦いの功績、
またユダのものとなっていたダマスコとハマトをイスラエルに復帰させたことは、『イスラエルの王の歴代誌』に記されている。
ヤロブアムは先祖と共に、イスラエルの王たちと共に眠りにつき、
その子ゼカルヤがヤロブアムに代わって王となった。

第15章
イスラエルの王ヤロブアムの治世第二十七年に、ユダの王、アマツヤの子アザルヤが王となった。
彼は十六歳で王となり、五十二年間エルサレムで王位にあった。
その母は名をエコルヤといい、エルサレムの出身であった。
彼は、父アマツヤが行ったように、主の目にかなう正しいことをことごとく行った。
ただ聖なる高台は取り除かず、民は依然として聖なる高台でいけにえを屠り、香をたいていた。
主が王を打たれたので、王は死ぬ日まで重い皮膚病に悩まされ、隔離された家に住んだ。
王子ヨタムが王宮を取りしきり、国の民を治めた。
アザルヤの他の事績、彼の行ったすべての事は、『ユダの王の歴代誌』に記されている。
アザルヤは先祖と共に眠りにつき、ダビデの町に先祖と共に葬られた。
その子ヨタムがアザルヤに代わって王となった。
ユダの王アザルヤの治世第三十八年に、ヤロブアムの子ゼカルヤがサマリアでイスラエルの王となり、
六か月間王位にあった。
彼は先祖たちが行ったように主の目に悪とされることを行い、
イスラエルに罪を犯させたネバトの子ヤロブアムの罪を離れなかった。

画像1:WEIGEL, Johann Christoph 1654-1725
『Idolatry』 1695

ヤベシュの子シャルムが謀反を起こし、民の前でゼカルヤを打ち殺し、代わって王となった。
ゼカルヤの他の事績は、『イスラエルの王の歴代誌』に記されている。
主はかつてイエフに、「あなたの子孫は四代にわたってイスラエルの王座につく」と告げられたが、そのとおりになった。
ユダの王ウジヤの治世第三十九年に、ヤベシュの子シャルムが王となり、一か月間サマリアで王位にあった。
ガディの子メナヘムは、ティルツァからサマリアに上って来て、
そのサマリアでヤベシュの子シャルムを打ち殺し、代わって王となった。
シャルムの他の事績、彼が起こした謀反のことは、『イスラエルの王の歴代誌』に記されている。
そのとき、メナヘムはティフサとそのすべての住民、領地をティルツァから攻撃した。
彼らが城門を開かなかったのでこれを討ち、そのすべての妊婦を切り裂いた。
ユダの王アザルヤの治世第三十九年に、ガディの子メナヘムがイスラエルの王となり、
サマリアで十年間王位にあった。
彼は主の目に悪とされることを行い、イスラエルに罪を犯させたネバトの子ヤロブアムの罪を一生離れなかった。
アッシリアの王プルがその地に攻めて来たとき、メナヘムは銀一千キカルをプルに貢いだ。
それは彼の助けを得て自分の国を強化するためであった。
メナヘムはアッシリアの王に銀を貢ぐため、イスラエルのすべての有力者に各人銀五十シェケルずつ出させた。
アッシリアの王はこの地にとどまらずに引き揚げた。
メナヘムの他の事績、彼の行ったすべての事は、『イスラエルの王の歴代誌』に記されている。
メナヘムは先祖と共に眠りにつき、その子ペカフヤがメナヘムに代わって王となった。
ユダの王アザルヤの治世第五十年に、メナヘムの子ペカフヤがサマリアでイスラエルの王となり、二年間王位にあった。
彼は主の目に悪とされることを行い、イスラエルに罪を犯させたネバトの子ヤロブアムの罪を離れなかった。
彼の侍従、レマルヤの子ペカが謀反を起こし、サマリアの宮殿の城郭で、五十人のギレアド人と組んで、
アルゴブおよびアルイエと共にペカフヤを打ち殺した。こうしてペカが代わって王となった。
ペカフヤの他の事績、彼の行ったすべての事は、『イスラエルの王の歴代誌』に記されている。
ユダの王アザルヤの治世第五十二年に、レマルヤの子ペカがサマリアでイスラエルの王となり、二十年間王位にあった。
彼は主の目に悪とされることを行い、イスラエルに罪を犯させたネバトの子ヤロブアムの罪を離れなかった。

画像2:WEIGEL, Johann Christoph 1654-1725
Human sacrifice and divination 1695

イスラエルの王ペカの時代に、アッシリアの王ティグラト・ピレセルが攻めて来て、
イヨン、アベル・ベト・マアカ、ヤノア、ケデシュ、ハツォル、ギレアド、ガリラヤ、
およびナフタリの全地方を占領し、その住民を捕囚としてアッシリアに連れ去った。

画像3:HENNECART, Jean 
『The Assyrians conquer part of Israel and take many captives into Assyria』 −

エラの子ホシェアはレマルヤの子ペカに対して謀反を起こし、彼を打ち殺し、代わって王位についた。
それはウジヤの子ヨタムの治世第二十年のことであった。
ペカの他の事績、彼の行ったすべての事は、『イスラエルの王の歴代誌』に記されている。
イスラエルの王、レマルヤの子ペカの治世第二年に、ユダの王ウジヤの子ヨタムが王となった。
彼は二十五歳で王となり、十六年間エルサレムで王位にあった。
その母は名をエルシャといい、ツァドクの娘であった。
彼は、父ウジヤが行ったように、主の目にかなう正しいことをことごとく行った。
ただ聖なる高台は取り除かず、民は依然としてその聖なる高台でいけにえをささげ、香をたいていた。
彼はまた主の神殿の上の門を建てた。
ヨタムの他の事績、彼の行った事は、『ユダの王の歴代誌』に記されている。
そのころから、主はアラムの王レツィンとレマルヤの子ペカをユダに差し向け、これを攻めさせられた。
ヨタムは先祖と共に眠りにつき、父祖ダビデの町に先祖と共に葬られた。
その子アハズがヨタムに代わって王となった。

第12&13章

イメージ 1

イメージ 2

第12章
ヨアシュは王位についたとき、七歳であった。
イエフの治世第七年にヨアシュは王となり、四十年間エルサレムで王位にあった。
その母は名をツィブヤといい、ベエル・シェバの出身であった。
ヨアシュは、祭司ヨヤダの教えを受けて、その生涯を通じて主の目にかなう正しいことを行った。
ただ聖なる高台は取り除かれず、民は依然として聖なる高台でいけにえを屠り、香をたいた。
ヨアシュは祭司たちに言った。
「主の神殿にもたらされるすべての聖なる献金、すなわち、各人がその割り当てに従って課された献金、主の神殿に自発的にもたらされるすべての献金は、
祭司たちがおのおの自分の担当の者から受け取り、神殿のどこかに破損が生じたときには、それを用いてその破損を修理しなければならない。」
だが、ヨアシュ王の治世第二十三年になっても、なお祭司たちは神殿の破損を修理しなかったので、
ヨアシュ王は祭司ヨヤダおよびほかの祭司たちを呼んで言った。
「なぜ神殿の破損を修理しないのか。
以後あなたたちはあなたたちの担当の者から献金を受け取ってはならない。
それは神殿の破損を修理するために使われるべきものだからだ。」
祭司たちは民から献金を受け取らず、従って神殿の破損を修理する責任を負わないことに同意した。
祭司ヨヤダは一つの箱を持って来て、その蓋に穴をあけ、主の神殿の入り口の右側、祭壇の傍らにそれを置いた。
入り口を守る祭司たちは、主の神殿にもたらされるすべての献金をそこに入れた。
箱の中に献金がたまったのが認められると、王の書記官と大祭司が上って来て、主の神殿にあるその献金を袋に入れて数えた。
こうして確かめられた献金は、主の神殿の役人である工事担当者に渡され、主の神殿で働く大工、建築労働者、
石工、採石労働者たちに支払われ、また神殿の破損を修理するための木材や切り石の買い入れに用いられた。
すなわち、それは神殿を修理するためのあらゆる出費に当てられた。
しかし、神殿用の銀の皿、芯切り鋏、鉢、ラッパなど、金の器と銀の器はいずれも、この神殿への献金では製作されなかった。
その献金は工事担当者に渡され、主の神殿の修理のために用いられた。
工事担当者に与えるように献金を渡された人々は忠実に仕事をする者であったので、会計監査を受けることはなかった。
賠償の献げ物のための献金、贖罪の献げ物のための献金は、主の神殿に納入されず、祭司たちのものとなった。
そのころ、アラムの王ハザエルが上って来てガトを攻略し、更にエルサレムに向かって攻め上って来た。
ユダの王ヨアシュは、先祖であるユダの王ヨシャファト、ヨラム、アハズヤが聖別したすべての聖なる物、自分自身が聖別した物、
および主の神殿の宝物庫と王宮にあるすべての金を取り出し、アラムの王ハザエルに送ったので、ハザエルはエルサレムを離れて行った。
ヨアシュの他の事績、彼の行ったすべての事は、『ユダの王の歴代誌』に記されている。
その家臣たちは立ち上がって謀反を起こし、シラに下って行くヨアシュをベト・ミロで打ち殺した。
彼を殺したのは、家臣のシムアトの子ヨザバドとショメルの子ヨザバドであった。
彼は死んで、ダビデの町に先祖と共に葬られた。
その子アマツヤがヨアシュに代わって王となった。

第13章
ユダの王、アハズヤの子ヨアシュの治世第二十三年に、イエフの子ヨアハズがサマリアでイスラエルの王となり、十七年間王位にあった。
彼は主の目に悪とされることを行い、イスラエルに罪を犯させたネバトの子ヤロブアムの罪に従って歩み、それを離れなかった。
主はイスラエルに対して怒りを燃やし、彼らを絶えずアラムの王ハザエルの手とハザエルの子ベン・ハダドの手にお渡しになった。
しかし、ヨアハズが主をなだめたので、主はこれを聞き入れられた。
主はイスラエルが圧迫されていること、アラムの王が彼らに圧迫を加えていることを御覧になったからである。
主はイスラエルに一人の救い手を与えられた。
イスラエルの人々はアラムの支配から解放されて、以前のように自分たちの天幕に住めるようになった。
しかし彼らは、イスラエルに罪を犯させたヤロブアムの家の罪を離れず、それに従って歩み続けた。
サマリアにはアシェラ像が立ったままであった。
主はヨアハズの軍隊として、騎兵五十騎、戦車十台、歩兵一万しか残されなかった。
アラムの王が彼らを滅ぼし、踏みつけられる地の塵のようにしたからである。
ヨアハズの他の事績、彼の行ったすべての事、その功績は、『イスラエルの王の歴代誌』に記されている。
ヨアハズは先祖と共に眠りにつき、サマリアに葬られた。
その子ヨアシュがヨアハズに代わって王となった。
ユダの王ヨアシュの治世第三十七年に、ヨアハズの子ヨアシュがサマリアでイスラエルの王となり、十六年間王位にあった。
彼は主の目に悪とされることを行い、イスラエルに罪を犯させたネバトの子ヤロブアムの罪を全く離れず、それに従って歩み続けた。
ヨアシュの他の事績、彼の行ったすべての事、ユダの王アマツヤと戦った功績は、『イスラエルの王の歴代誌』に記されている。
ヨアシュは先祖と共に眠りにつき、ヤロブアムがその王座についた。
ヨアシュはイスラエルの王たちと共にサマリアに葬られた。
エリシャが死の病を患っていたときのことである。
イスラエルの王ヨアシュが下って来て訪れ、彼の面前で、
「わが父よ、わが父よ、イスラエルの戦車よ、その騎兵よ」と泣いた。
エリシャが王に、「弓と矢を取りなさい」と言うので、王は弓と矢を取った。

画像1:WEIGEL, Johann Christoph 1654-1725
『Elisha prophecies victory』1695

エリシャがイスラエルの王に、「弓を手にしなさい」と言うので、
彼が弓を手にすると、エリシャは自分の手を王の手の上にのせて、
「東側の窓を開けなさい」と言った。
王が開けると、エリシャは言った。
「矢を射なさい。」
王が矢を射ると、エリシャは言った。
「主の勝利の矢。アラムに対する勝利の矢。あなたはアフェクでアラムを撃ち、滅ぼし尽くす。」
またエリシャは、「矢を持って来なさい」と言った。
王が持って来ると、エリシャはイスラエルの王に、「地面を射なさい」と言った。
王は三度地を射てやめた。
神の人は怒って王に言った。
「五度、六度と射るべきであった。そうすればあなたはアラムを撃って、滅ぼし尽くしたであろう。だが今となっては、三度しかアラムを撃ち破ることができない。」
エリシャは死んで葬られた。

画像2:DALÍ, Salvador 1904-89
『Cadaver in seoulchro Elisei』1964-67
http://www.dalionline.com/indexdali.html

その後、モアブの部隊が毎年この地に侵入して来た。
人々がある人を葬ろうとしていたとき、その部隊を見たので、彼をエリシャの墓に投げ込んで立ち去った。
その人はエリシャの骨に触れると生き返り、自分の足で立ち上がった。
アラムの王ハザエルはヨアハズの生きている間、絶えずイスラエルに圧迫を加えた。
しかし、主はアブラハム、イサク、ヤコブと結んだ契約のゆえに、彼らを恵み、憐れみ、御顔を向け、彼らを滅ぼそうとはされず、
今に至るまで、御前から捨てることはなさらなかった。
アラムの王ハザエルは死んで、その子ベン・ハダドが代わって王となった。
ヨアハズの子ヨアシュは、父ヨアハズの手から奪い取られた町々を、ハザエルの子ベン・ハダドの手から取り返した。
ヨアシュは三度彼を撃ち破り、イスラエルの町々を取り返した。

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