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画像:BALDUNG GRIEN, Hans 1484/85−1545
『Three Ages of Man and Three Graces』
澁澤龍彦『幻想の肖像』より。
・・・前略。
ハンス・バルドゥンクの好んで用いた緑色が、あまりに美しく鮮明なので、彼の師であったデューラーは、感嘆して「緑色のハンス(グリーン・ハンス)」と彼を呼んだという。バルドゥンク・グリーンという彼の通称は、そこに由来している。
この「三美神」には、しかし、そういった鮮明な緑色の使用は認められない。それにしても、三人の女神の肌の、クリーム色の、得もいわれぬ美しい輝きはどうだろう!なめらかなクリーム色の肌の、冷たい輝きはどうだろう!これこそバルドゥンクという官能的な画家の、真骨頂を示すものだと私には思われるのである。
クラナッハの「パリスの審判」の女たちに似て、この三人の半裸の美女たちも、それぞれ帽子をかぶったり、ネックレスやアクセサリーを身につけたりしている。画家がエロティックな意図において、このような小道具を身につけさせたのは明らかだろう。さらに楽器や楽譜を手にしている女たちもあるが、これは、三美神が単に肉体的な美と逸楽の神であるのみならず、また芸術や音楽の面でも崇拝されていることを表したものであろう。エロスのような幼児を三美神の周囲に配するのも、古くからの習慣であった。
ジョルジュ・バタイユによれば、クラナッハやバルドゥンクの女たちの、クリーム色の肉体のエロティシズムの中にこそ、中世からルネサンスにいたる転換期の北方ドイツに特有な、「揺れ動く熱っぽい微光のような」エロティシズムがあるのである。それは、盛期ルネサンスのイタリア絵画などにおける、健康的な明るい裸体のエロティシズムとはまったく違った、どちらかといえば「死のイメージ」にむすびついたエロティシズムである。
たしかに、ハンス・バルドゥンクの生きていた十五世紀末から16世紀初頭にかけてのドイツは、農民戦争や宗教動乱に明け暮れた、異常に不安にみちた時代であった。終末思想と死のイメージとが、この時代の芸術家の固定観念であった。
それかあらぬか、ハンス・バルドゥンクの気に入りの主題は、「死と少女」とか「女妖術師」とかいった、何やらエロティックな匂いのする主題であった。おそろしい骸骨のすがたをした死神が、無邪気な少女を誘惑してる絵や、裸体の女妖術師たちが集まって、みだらな姿態で、サバト(夜宴)の赴く準備をしている絵などを、この画家は、たくさん描き残しているのである。
プラド美術館にあるこの「三美神」も、一説によると、一五四〇年ころに大流行したペストの恐怖から、画家がインスピレーションを得て制作したものだという。
じつは、この絵の全体は二つ折りになっていて、第一パネルには「三美神」の幸福な世界が示されているけれども、第二パネルには、この画家の頭につねに取り憑いて離れない、死神や老女や泣き叫ぶ娘などの悲惨な世界が、例によって描かれていたのである。表には幸福な世界、裏には悲惨な世界、というわけである。
そう思って眺めると、この輝くばかりの美しいクリーム色の官能の世界も、次の一瞬には、どんな悲惨な世界に一変するかも分からない、まことに不安な、かりそめの世界のような気がしてはこないだろうか。
バタイユのいわゆる「揺れ動く熱っぽい微光のような」とは、ともすると、このような終末の不安をパネルの裏に塗りこめた、表面の冷たい滑らかさの謂れではあるまいか、とも思われるほどである。
ルーベンスやルノワールの暖かいエロティシズムよりも、アングルやポール・デルヴォーの冷たいエロティシズムを好むひとは、私とともに、ハンス・バルドゥンクの愛好者にもなれるだろう。
結局、全文紹介してしまった。
人は不死ではない。
死は理不尽だけれども、誰にだって平等に訪れる。
信仰によって死の恐怖を我慢できたともいえる。
「メメント・モリ(死を記憶せよ)」は、快楽生活の戒め&プロテスタント的教訓。
図像学的にはヴァニタス(虚栄・虚しさ)、
日本人的には諸行無常。
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