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GWは単なる週末でした。

澁澤龍彦

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聖母子

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今夜はイブ。
子供のクリスマスプレゼントは、
中2の娘が1万円で自分でお買い物。
プレゼントって言えるのか?
お小遣い?
まぁ、昨年のプレゼントは英検の問題集だったから、
パパもどきとしては御洒落に関心を持ってくれて嬉しい。
でっ、来年は一年生のJr.に何が欲しいかって聞いたところ、
『ナウシカのビデオ!』
録画番組ではCMが邪魔で、通しで全部見たいと主張。
う〜ん、そんなもんかなぁ?
少〜し、捻くれそじゃねぇ(私が)。

画像1:Cosimo Tura 1430 - 1495
『Madonna with the Child Enthroned (panel from the Roverella Polyptych)』1474
 このマドンナの顔を、率直にいって、みなさんは美しいとお思いになるであろうか。魅力的だとお思いになるであろうか。そんなことはあるまい。まあ、醜悪とまではいかぬにしても、何かひどく古典的な美の理想から遠く隔たった、ゆがめられた精神美の表現、苦悩にやつれた精神美の表現といったようなものを、ここに感じとられる方もおられるのではなかろうか。
 私もまた、はっきり申しあげるが、この異様なマドンナの顔を、美しいとは一概に思わないのである。いや、どうしても美しいとは思いかねるのである。にもかかわらず、コスメ・トゥーラの表現する頭でっかちの、プロポーションの狂ったような、すべての人間の顔や姿態に、一種のアンビヴァレントな(矛盾した)魅力を感じないわけでもないのである。
 まず、先入観を捨てて、このマドンナの顔をよくごらんいただきたい。
 おそろしく広い額。消えそうに薄い眉毛。垂れさがったはれどったい瞼。波型に下目使いの眼。歯の見えるゆがんだ唇。ごつごつした凸凹のある頬。ねじくれた太い首。大きすぎる耳。――どう考えても、これら顔の細部は、美の条件になるようなものではない。しかしコスメ・トゥーラの描くマドンナや聖者たちの顔は、多かれ少なかれ、すべてこんな調子なのである。
 ここに掲げた図は、じつは大きな祭壇画の、ごく一部分でしかないのであって、全体の絵は、楽器を奏でる六人の天使たちに囲まれたマドンナが、幼児キリストを膝に抱いて、豪華なアーチ型の天蓋のついた王座にすわっているところなのである。色彩は緑と紅色を中心とした、ピエロ・デラ・フランチェスカ風の華麗なものだ。マドンナや天使たちの衣服の皺が、この画家特有の、彫塑的な綿密さで描き出されている。
 それにしても、コスメ・トゥーラの描く人間の全身像が、いかにプロポーションの狂った、痙攣的に手脚の縮んだ、あたかも小児○○にかかった人間のように異様なものであるかを、ここにお見せできないのは、まことに残念である。
 コスメ・トゥーラの代表作のなかには、この「ロヴェレルラの祭壇画」のほかに、やはり宗教的な題材による「ピエタ」や「聖セバスティアーノ」などがあるが、それらの絵のなかのキリストや聖者たちも、まるで○○麻痺で手脚の萎えた人間のように、奇妙な子供っぽい発育不全の肉体を示している。ペルガモ(カルラーラ美術館)の「聖母子」のなかの頭でっかちのマドンナも、私には、なにか未成熟の子供っぽい女のように見える。
 このようなコスメ・トゥーラにおける肉体の歪曲や変形は、画家の素描力の弱さということもあったにちがいないが、それよりも、彼独特の一種の強烈な表現主義によるところが大きかったと思われる。この画家の描く人間のゆがんだ顔や、口をあけ、歯をむき出し、しかめ面した苦しげな表情を見ていると、あの中世のゴシック的精神、苦悩や死の愛好ということを考えずにはいられないのだ。この十五世紀末の画家は、たしかにルネサンス期に属する芸術家ではあるが、まだ人間の中世的解釈を抜け出てはいないように見えるのだ。
 イタリア・ルネサンスの画集を眺めていて、マンテーニャとかアントネルロ・ダ・メッシーナとかいった巨匠の作品のあいだに、このコスメ・トゥーラの作品を発見すると、私はいつも、その何ともいえない稚拙さ、同時代の画家たちとはまったく異質の、その偏執的な人体や顔の表現に、一驚せざるを得ないのである。これほど肉体の官能美を排した画家はめずらしいのではあるまいか。これほど不思議な個性と奇癖をもった画家は、めったにいないのではあるまいか。
 このことはここに掲げたマドンナの異様な顔を一見しただけでも、ただちに納得されることであろう。この真珠の王冠をかぶった、苦悩にやつれたような、茶色っぽい顔色をした女の表情は、何か不気味な、病的な、不吉な感じさえあたえるのだ。
 だから、この特異な個性と奇癖の画家が、生きていた当時は、フェラーラ派の大作家として広く世間に認められていながら、その死後は近代にいたるまで、単なるエクセントリックな傍系画家としての地位しかあたえられなかったのも、考えてみれば、当然であったのかもしれない。
 古典主義の美学的理想がもはや受け入れられなくなったマニエリスムや表現主義好みの現代にいたって、初めてコスメ・トゥーラの真価は理解された、ともいえるのである。二十世紀のシュルレアリストたちは、この画家を彼らの先祖の一人に数えているほどである。
 シュルレアリスムのいわゆる「痙攣的な美」とは、いささか意味が違うけれども、私はひそかに、この画家を麻痺的な美を表現した芸術家だと思っている。
 『幻想の肖像』澁澤龍彦著より。

観賞する場所とか状況が変われば感想も違うと思う。
やはり、クリスマスにパソ画面を飾るのならば、
画像2:William Bouguereau 1825-1905
『La Vierge au Lys (The Virgin of the Lilies)』 1899

ダリ回顧展

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興味はあるのだけれども、、、
http://www.fujitv.co.jp/events/dali2006/index.html
いまいち気が乗らない。
他者の記事を見ると、、、
『展示リズムが今一歩でギュウギュウ!』
『土日は人がウッチャリ!』
見に行くのは止めるかなぁ。

交通費&拝観料を払うなら、、、
日本人画家の画集を買った方が良いかもしれない。
日本でもシュールな絵画を描いた画家。
シュールな日本人画家の画集が欲しい。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4309265804/teninoha-22
中川彩子は藤野一友のペンネーム。
Sm的な絵を描くのは中川彩子の名前で描いた。
三島由紀夫や澁澤龍彦も熱愛した孤高の幻想画家藤野一友。

画像:藤野一友 1928-1980
『抽象的な籠』 1964
油彩・画布 162.5×131.0cm

サンリオSF文庫の『ヴァリス』フィリップ・K・ディック著の表紙を飾り、80年代のディックブームのきっかけとなった作品。
30代半ばで病魔に蝕まれ、絵筆を絶った短命な画業。。。
生きてる間に本物を鑑賞したい。。。

肖像

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画像:PIERO DI COSIMO 1462−1521
『Portrait of Simonetta Vespucci』 1480
イタリア特有の肖像形式で横顔。
蛇のからみついたネックレス。
編みこんで束にした奇抜&奇妙なネックレス。
端正な横顔をひきたてる暗雲。
高貴じゃなく、妖艶でもなく、不思議な美貌。

澁澤龍彦『幻想の肖像』より
 シモネッタ・ヴェスプッチと呼ばれる女性は、1475年に催されたメディチ家の騎芸競技会で優勝した、当時のフィレンツェの支配者ロレンツォ豪華王の弟ジュリアーノの愛人として知られた、全市民の憧れの貴婦人であり、その競技会の翌年、若くして逝った薄命の佳人であった。もっとも、彼女が全市民に惜しまれつつ、その美しい死顔を覆われもせずに墓地に運ばれて行ったとき、1462年生まれの画家は、まだ14歳の少年だったというから、この伝説の佳人をモデルにした肖像は、画家の追憶のなかで純化され、想像力のなかで美しく結晶したところの、純粋な比喩と幻想のイメージだといっても差し支えないであろう。
 若き日のピエロ少年は、葬礼の群衆に混じって、おそるおそるシモネッタの美しい死顔を眺めたのであろうか。いずれにせよ、少年の心のなかに焼きついた美女の幻影が、年とともに変形し、ひたすら純化されて、たぐいまれな美しいイメージとして結晶するということは、大いにあり得ることであろう。
 中略。。。

少年の時の追憶の女性。
画家に限らず、誰にだって「いる」だろう。
私にだって「いる」。。。

 ピエロ・ディ・コシモという画家の奇行奇癖ぶりは、ヴァザーリの有名な『美術家伝』によって、半ば伝説化されて今日に伝わっている。芸術家にありがちな変わった性癖の持主のなかでも、とびきりの異常性格者だったらしい。
 室に閉じこもって、その仕事を誰にも見ることを許さなかったので、死後になって初めて、この画家が人間よりも動物に近い生活をしていたことが分かった。室内を決して掃除せず、食事もひもじい時にしかとらなかった。ゆで卵を常食にしていたが、燃料を節約するために、膠を温める時に一緒にゆでていた。しかも一度に50個もゆでておいて、籠のなかから一個ずつ取り出して食べるのである。
 稲妻や雷がひどく嫌いで、大きな雷鳴が聞こえると、窓を閉め、ドアに錠を下ろし、マントをかぶって、嵐が過ぎ去るまで、室の片隅にうずくまっていた。晩年には、中風で仕事が出来なくなり、筆を握っても、すぐに手から落としてしまう悲惨さだった。1521年のある朝、彼は階段の下で死んでいた。
  引用終了。

小汚い部屋でヒッキー状態で、美を創造。
芸術家には奇行奇癖が必要らしい。
ふとっ、私には無いものか?
『あるジャン!我道のトランス』
黙らっしゃいっ、社会性を失うコトは出来ねぇのっ!
まぁ、難しいですわ。。。

エジプト壁画も横顔、上半身は正面。
ピエロ・デラ・フランチェスカの『ウルビーノ公夫妻の肖像』も真横を向いてる。
いかつくて怖いから以下参照。
http://www.salvastyle.com/menu_renaissance/piero.html
肖像画が正面を向いたのは、ルネッサンス中期からなのかなぁ。

生の儚さ

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画像:BALDUNG GRIEN, Hans 1484/85−1545
『Three Ages of Man and Three Graces』

澁澤龍彦『幻想の肖像』より。
・・・前略。
 ハンス・バルドゥンクの好んで用いた緑色が、あまりに美しく鮮明なので、彼の師であったデューラーは、感嘆して「緑色のハンス(グリーン・ハンス)」と彼を呼んだという。バルドゥンク・グリーンという彼の通称は、そこに由来している。
 この「三美神」には、しかし、そういった鮮明な緑色の使用は認められない。それにしても、三人の女神の肌の、クリーム色の、得もいわれぬ美しい輝きはどうだろう!なめらかなクリーム色の肌の、冷たい輝きはどうだろう!これこそバルドゥンクという官能的な画家の、真骨頂を示すものだと私には思われるのである。
 クラナッハの「パリスの審判」の女たちに似て、この三人の半裸の美女たちも、それぞれ帽子をかぶったり、ネックレスやアクセサリーを身につけたりしている。画家がエロティックな意図において、このような小道具を身につけさせたのは明らかだろう。さらに楽器や楽譜を手にしている女たちもあるが、これは、三美神が単に肉体的な美と逸楽の神であるのみならず、また芸術や音楽の面でも崇拝されていることを表したものであろう。エロスのような幼児を三美神の周囲に配するのも、古くからの習慣であった。
 ジョルジュ・バタイユによれば、クラナッハやバルドゥンクの女たちの、クリーム色の肉体のエロティシズムの中にこそ、中世からルネサンスにいたる転換期の北方ドイツに特有な、「揺れ動く熱っぽい微光のような」エロティシズムがあるのである。それは、盛期ルネサンスのイタリア絵画などにおける、健康的な明るい裸体のエロティシズムとはまったく違った、どちらかといえば「死のイメージ」にむすびついたエロティシズムである。
 たしかに、ハンス・バルドゥンクの生きていた十五世紀末から16世紀初頭にかけてのドイツは、農民戦争や宗教動乱に明け暮れた、異常に不安にみちた時代であった。終末思想と死のイメージとが、この時代の芸術家の固定観念であった。
 それかあらぬか、ハンス・バルドゥンクの気に入りの主題は、「死と少女」とか「女妖術師」とかいった、何やらエロティックな匂いのする主題であった。おそろしい骸骨のすがたをした死神が、無邪気な少女を誘惑してる絵や、裸体の女妖術師たちが集まって、みだらな姿態で、サバト(夜宴)の赴く準備をしている絵などを、この画家は、たくさん描き残しているのである。
 プラド美術館にあるこの「三美神」も、一説によると、一五四〇年ころに大流行したペストの恐怖から、画家がインスピレーションを得て制作したものだという。
 じつは、この絵の全体は二つ折りになっていて、第一パネルには「三美神」の幸福な世界が示されているけれども、第二パネルには、この画家の頭につねに取り憑いて離れない、死神や老女や泣き叫ぶ娘などの悲惨な世界が、例によって描かれていたのである。表には幸福な世界、裏には悲惨な世界、というわけである。
 そう思って眺めると、この輝くばかりの美しいクリーム色の官能の世界も、次の一瞬には、どんな悲惨な世界に一変するかも分からない、まことに不安な、かりそめの世界のような気がしてはこないだろうか。
 バタイユのいわゆる「揺れ動く熱っぽい微光のような」とは、ともすると、このような終末の不安をパネルの裏に塗りこめた、表面の冷たい滑らかさの謂れではあるまいか、とも思われるほどである。
 ルーベンスやルノワールの暖かいエロティシズムよりも、アングルやポール・デルヴォーの冷たいエロティシズムを好むひとは、私とともに、ハンス・バルドゥンクの愛好者にもなれるだろう。

結局、全文紹介してしまった。
人は不死ではない。
死は理不尽だけれども、誰にだって平等に訪れる。
信仰によって死の恐怖を我慢できたともいえる。
「メメント・モリ(死を記憶せよ)」は、快楽生活の戒め&プロテスタント的教訓。
図像学的にはヴァニタス(虚栄・虚しさ)、
日本人的には諸行無常。

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三美神

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画像:BALDUNG GRIEN, Hans 1484/85−1545
『The Three Graces』 1540

澁澤龍彦『幻想の肖像』より。
 ギリシャ神話のトロワ・グーラス(三美神)を描いた絵は、ヨーロッパの美術、とくにルネサンスごろの美術に頻々と現れる。もっともよく知られた主題の一つといってもよい。
 その多くは、たとえば名高いルーベンスのそれにおけるごとく、三人の裸体あるいは半裸体の女性が互いに肩を組んで立っていて、そのうちの一人は私たちの正面を向き、他の一人はやや斜めになり、最後の一人は、うしろを向いて私たちに背中と臀を見せている、といった構図のものである。たぶん、これは女性の肉体の魅力を、三つの角度から眺めることによって、残る隈なく描き出そうという、画家の野心と直接に結びついた主題であろう。
 もっとも、ここに掲げたハンス・バルドゥンク・グリーンの「三美神」は、いずれも前方を向いていて、その魅力的な背中と臀は、残念ながら、私たちには見えない仕掛けになっている。
 ハンス・バルドゥンクの絵、とくに彼の女性を描いた絵を見て、まず私たちが驚かされるのは、その画面のエナメルのようななめらかさであろう。同時代のルーカス・クラナッハをのぞいては、これほど美しい、これほどなめらかな肌の女性を画面に創造した画家は、おそらく、空前絶後といえるのではあるまいか。
・・・中略。
 ルーベンスやルノワールの暖かいエロティシズムよりも、アングルやポール・デルヴォーの冷たいエロティシズムを好むひとは、私とともに、ハンス・バルドゥンクの愛好者にもなれるだろう。

って、巨匠はかく語りぬ。
池田満寿夫は澁澤の印象を『思考する魚』の中でセムシって表した。
まだまだ、両巨匠には及ばない私。
う〜ん、こんな素晴らしい文章を書いてみたい。

画像は以下。
http://www.wga.hu/frames-e.html?/html/b/baldung/index.html
この絵は二枚組みの一枚。
第一パネルには「三美神」の幸福な世界が描かれてるけど、
第二パネルは。。。

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