♂!♀?

GWは単なる週末でした。

鬱るんです。

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To 姉…
 さて、貴女の手紙の中に私への謝罪が書かれていましたが、私の方こそ首に手を廻して申し訳ありませんでした。
 『アクンッ』
私の右手に貴女の首の感触!叔母に止められ手を離した私は自分の中に獣を飼っているんだと、自己嫌悪で眠れませんでした。まだまだ、修行が足らないんだなと実感しつつ、首に手を廻した謝罪文と原稿を送れば良かったのだと反省しきりです。
 さてさて、私が小説を書いた動機は家族(貴女や祖母&父母)に対する報復ではありません。怨み辛みの文章を書いたつもりもありません。そんな自己中の文章は出版されません。も〜うちょっと読み進めて欲しいです。ず〜っと過去に貴女の事は許していますから、私のプレゼントしたネックレスをニコニコ受取ってくれて、私の妻にプレゼントをくれましたから。た〜だ、私を理解してくれるだけでイイんです。
作家としての意図として以下。
1.若い世代の日本語は“て・を・に・は”が省略されていて、会話では確実に“い・ら”抜きで喋ってます。
お金が無く“て”展覧会に行けない。
絵“を”見れない。
バイト“に”行く。
この紙“は”白い。
タバコを吸って“い”る。
ユッケを食べ“ら”れない。
20歳もサバ読んで書いた、現代若者文法です。会話のようなリズミカルな文章を目指しました。
 2.貴女の1を踏まえた指示&指摘が欲しいと思います。主人公マキを私だと思わない評価を希望。まぁ、無理か?
 なぜに私は小説を書いたのか?と言う理由について以下。
 ず〜と、私は一人で墓参りをしていました。ミニカーがあったり、可愛い人形があったり、母or妻が置いたのか?ともかく、私は十三年前から一人で泣くために墓の前に行ってます。人前で泣けない♂って性別はなんて不自由なんでしょう?家を建てた前年、長男と次女を埋葬した土饅頭が崩落して平らになっていました。月日の流れに仕方の無い事だと納得しつつも、彼岸の温かさに私の子供達を滋養として咲き誇る水仙が許せなかったんです。思わず引き抜きボリボリ、うずくまってケロっぱ。私は春先の桜の花が大嫌いです。桜は入学式のイメージ!死んだ子達も私の中で年齢を重ねるのです。生きてれば幼稚園・小学校・中学校。私がこんなにダメージを受けてるのなら、妻はどう思ってるのでしょう?怖くて怖くて妻に聞けない質問があります。『こんな家で、こんな私で、幸せ?』
貴女は手紙の中で血について書いています。私もこの血は大嫌いです。でも、死んだ子供達に誓ったんです。『絶対、お前達の名前で作品残してやる!それまでは、もう来ないよ!』と。正樹&詩織の筆名とか雅号。でも今年は三年振りに、書籍出版の決定後に祖母が亡くなり、大手を振って泣かずに子供達の墓前に行けたのでした。
 三十路を過ぎてから健康診断書に山ほどの書き込み。隔年ごとに現れる右肺の影。コレステロール&中性脂肪。太っている人なら痩せればイイ。痩せてる私の場合どうしたらいいのさぁ?バブル真っ盛りから、化学工場に出入りしてて、暴露して危ない薬品に気付かず被爆したの?子供の頃に食べた今は認可されていない駄菓子の食品添加物がいけないの?子供の頃に食卓の私の前に出された背骨の曲がったサンマの開きがいけないの?女性が想像妊娠でホルモンバランスを崩すように、無意識に崩したの?外見は五体満足なのに染色体異常なの?だから、私の子供達は二人も先天性の病気で死んだの?以上を踏まえると多分、私は短命であろうと思われる。私にとって、も〜う死は身近。父母より先に死ぬかもしれない。で〜も、もし、死ぬのなら『誰も怨まずに憎まずに死にたい』&『誇れる作品を残して死にたい』って強烈な欲求が湧き上がるのです。腐ってても芸術家!芸術家は命よりも作品を大事にするんだ!大正元年生まれは残念でした。私は結局、憎んだまま見送ったのです。
 戸籍上次男が生まれてからの私のストレスは最悪で(家を建てる前)、七人で囲む夕餉の時間!大正元年生まれに文句を言う父!娘の箸遣いを注意する私をも、目を三角にして攻撃する父母!子供の頃の記憶がフラッシュバック。祖母に向けられた父の怒りは大人になってから、私に向けられたのでした。
 「虐待と躾けは違うんだ!」
目を三角にした民生委員である父の言い分。
 『怒鳴り散らす大人の姿を見せつけるのも虐待です』
子供の前で飲み込んだ私の思い。ビバ孫!ジーク孫!ハイル孫!父母は孫可愛さに、朝の靴下も自分で探せない&選べない娘に育てたのでした。次男が生まれる前、父母が長女に『お前が跡取り』ってマインドコントロール。私は長女に『財産欲しけりゃ自分で相続税払え』って洗脳解除。父母は私の夢や希望を奪っただけでなく、子供達をも奪ったのでした。昔、自分が嫌いだった家族関係を、父母が娘&息子が作り上げたのです。上目使いで大人の顔色を伺う息子。昔の自分を見てるようです。愛情貧乏で育った父母は愛情乞食の姉弟を育て、また愛情貧乏の孫達を可愛がるのでした。めでたくなし。めでたくなし。妻のストレスも相当なもので、疲れて帰ると待ち構えていたようなグチの嵐。家を建ててから、私だけ夕食を一人でモグモグ。8桁の借金をして建てた家など無価値!私は自分で自分の座敷牢を建ててしまったのでした。本当に、めでたくなし。めでたくなし。い〜やっ、絶対に負けない!めでたし、めでたしでエンドマーク出すんだよ!
 大正生まれ&戦前、戦後&平成と世代世代の価値観は違うのです。その世代では正しくとも、時の流れに社会の価値観はローリングスト〜ン。堀江モンを批判する森元主相を見ても明らかです。戦後、アメリカ型自由教育で『人は人として、男も女も平等で対等』と子供の頃から私は教わっています。『年齢の上下など関係ない』と、私の世代は校内暴力を、不登校を、イジメを社会問題になるくらい起こしました。私の作品に共通するテーマはこれなのです。世代の価値観&性差の違い。私の反骨精神は貴女に向かっているのではないのです。
 今回、カバーイラストに使った作品を送りました。POPに仕上がったと自画自賛&誰我独尊!どっかに飾って下さいませ。最後に、この文章は遺書じゃないからねっ!どうせ寿命が尽きるんだから、自分からは絶対に死なないからねっ!目指せ芸術家!いつ死ぬかわかんないけど、生きてる限り可能性アリ!大学四年の時みたいに親に電話を掛けないでちょうだい。
 乱筆乱文ご容赦。
               草々

姉から…2
前略
表装の綺麗な小説本とArt(とてもPOPな色使いが素敵です。)を、ありがとうございます。不器用な主人はとても感嘆しておりました。娘は「すごいね、叔父ちゃんは芸術家なんだ」と誇らし気でした。息子も意外だったようでとても驚いておりました。
ただ、きっと理解しては貰えないと思うので本は見せてはいませんが…何故って、家族関係が、主人と私では違い過ぎるので、理解不能だと思われます。姑と夫はとても仲の良い母と息子で、信頼関係が成立していましたから…そしてその分、私は死ぬまで姑(義母)とは理解しあえなかったけれど、それは致し方ない事と思っています。他人ですから…
夫の母は、亡くなった祖母と同じで自分自身が一番大切な人でしたから、孫に対しても気分で扱いの違う人でした。ですから、私の息子と娘は、丁度幼い頃の私達姉弟のように、祖母に対して優しくなれなかったのですが母を愛していた、私の夫には許せなかった事のようです。夫も、父と同じで子供達に父親としてどう接すれば良いのかが、わからずに不器用にとまどうばかりでしたから、尚更子供達の気持ちを理解できなかった。
子供達に対する不満が胸に渦巻いているようです。それが私のせいだと思ってもいるようです。自分の母が悪かったのだとは夫は死んでも認めようとはしないでしょう。それもまた仕方ない事なのですが…
貴男の本を、私に対する報復文であるとは思っておりません。まだ全て読んだ訳ではないのですが、先日送っていただいた本を読んでみた限りでは、報復の為だけの文とは思えなかったので…
年頃の若い世代にどう受け入れられるかはわかりませんが、「会話のようなリズミカルな文章」と云う点では成功だと思われます。読解力が低下している活字離れの世代には難しいのではと思います。理解できるかどうかが疑問ですね。
私は、貴男は嫌がるかも知れませんが、貴男には、あの家の…父と母のそして死んだ祖母の期待を一身に背負って裏切らずに、品行方正な弟でいて欲しかったのです。今、現在ではなく大学の頃の貴男のことですよ。
貴男の奥さんが、○子さんが「お義姉さん」と呼んでくれたおかげで私は救われました。お前は少しも変じゃないよ。感受性が鋭いだけなんだよ。「座敷牢」なんて言っちゃ駄目でしょ。お前がそんな風に思っていたら奥さんが辛くなるでしょ!?愛する妻子の待つマイホームでしょ!間違えちゃだめでしょ。妻が夫に愚痴れるのなら大丈夫。信頼関係成立してるじゃない!私は愚痴を夫ではなく、母に聞いてもらってたから、姑が死んでからは母の愚痴を聞いてあげてました。そんな事しか私にはできないので…姑が亡くなる以前から、母には助言してたつもりなんですが、少しも効果がなかったみたいで、貴男の役に立てなくてごめんなさい。
貴男は私のたった一人の弟なんだから、六つも年上の姉に「短命だ…」なんて言わないでよ。私が死んだら、貴男が私の骨を拾って、貴男の焼いてくれた骨壷に納めてくれるんでしょ!? Artな骨壷をお願いするわ!そうね、貴男にも云っとく必要があるか。主人には云ってないけど、子供達には話してあるの。私が死んだらお葬式なんてあげないで本当に身内だけで骨にして、「骨は灰にして、海に撒いてくれ」と…主人の墓に入るつもりもないし、仏壇に飾る位牌も要らない…と。最後の最期まで嫁でいたくないじゃない。私としては…。娘は理解してくれた。息子は手続きが云々とブツブツ云ってた。もう、お互いに二十年も前の二人じゃないでしょ。これは姉と弟の問題だから父と母に云う必要はないわよ。理解しあえれば、何の問題もないもの。弟が貴男で良かった。遺言と思っても良いわよ。どうせ、いつかは死ぬんですから…でも、それまで悔いのないように生きたい。私もそう思います。
お互いにその日まで、頑張りましょう。めざせ!芸術家!
かしこ
 
はぁ〜、どんな素材でつくりましょうか?陶器は却下として、和紙&木&石?ア〜チストの匠の技の見せ所ですね。アクセントの絵は何にしましょうか?彼岸花?蓮?小菊?何十年もかけて、ようやく姉の愛情がもらえた様な気がします。嫁ぎ先には骨も残さないけど、お前の作品なら…ってかぁ〜?!
ふっ、つくづく馬&鹿な姉弟だことねぇ。。。

親戚だか親類が集うと、、、とても嫌な気分になる。
まぁ、了見の狭い自分自身がわるいのだけどねぇ。
お稚児様で一族が集合し、かなり絶叫したい気分になった。
『この晴れ姿見たかたったろうに…』
とか、
『もう少し長生きすれば良かったのに…』
などなど。。。

昨年、大正元年生まれの祖母が、他界した。
病気で苦しまない、穏やかな老衰。
父は枕元で、、、
「孫が見舞いに来ないのは自分が悪いんだからなっっ!」
と、私たち孫を引き合いに出し、自分の恨み&辛みをぶつけてた。
事実、私たち孫は呪詛の言葉をぶつけるのがイヤだから、、、誰も見おくらなかった。。。
葬儀の時に、
「これで来年の祭りで御稚児様にあげられる」
と、嬉々として語った父の顔が浮かぶ。。。
御近所様は「おめでとう天寿!」と褒めそやし、私たち当家は赤飯を用意し弔問客をもてなした。
腰も曲がらず骨格も完璧なまでに残り、火葬場の職員の方もビックリ。
「このお年で、お鉢が綺麗に残ってる方はめずらしいです。
さぞ幸せな人生だったのでしょうねぇ」
長年、父母を姉&私を苦しませ続けた祖母。
何故に愛想笑いしながら見おくらなきゃならないのか?
そう、私は祖母を憎んだまま葬儀に参列した。
葬儀の意義とか、私が参列する理由を見つけられない私は鬱屈。
姉から説教。
ガッ!
私は反射的に姉の首に手を廻してしまった。。。
冷静になり、姉に手紙を書いて見た。

姉から返事…1
前略
小説の完成、そして出版、おめでとうございます。
わざわざ送って頂いてすみません。
時間をかけて読ませていただきます。
私と貴男は一番近くて遠い姉弟(たにん)だったのかも知れませんね。
弟の心を傷つけたのは、私自身が自覚しているから、この前の事ぐらい別に驚きはしない。予想はしてたから。
ごめんなさい。
本当にそんなに貴男を傷つけて、許されるとは思っていません。
でも弟は生まれた一瞬に私の全てを奪っていった。
両親の愛、あの頃の私が一番欲しかった母の愛。
弟が憎かった。
生まれてきた事が許せなかった。
そんな姉を無条件に慕ってくれる。
無垢で可愛い弟。
弟が可愛かった分、余計に素直になれなかった。
そしてなるべく弟と一緒にいようとはしなかった。
自分自身が怖かったから。
中学入学を幸いに外へ出るように、弟とは努めて距離をおくようにした。
両親に嫌われるのが何より怖かった。
良い子でいようとする自分と、自分だけを見ていて欲しいと思う私と…弟に対する妬みや羨ましいと思う気持ち。
私は自分の事を自分で決めた事が無い。
今にして思えば何一つ。
決定権は母にあった。
高校進学も結婚も、私の意思は何一つ反映されなかった。
結婚は両親が全責任を負うという形で決まった。
そんな事はどうでも良いことだった。
相手が嫌だったわけでは無いから、結婚が…結婚して子供を持つことに抵抗があった。
貴男は「人のメンタル面を笑うな」と私に云ったけれど、そんな余裕が私にあろう筈が無い。
自分の体の中に流れている血が怖いと思っていた私は、自分が結婚して子供を持って良いのかと思った時期がある。
幸いにも子供達は普通(!?)だったけれど、
「息子がこうなったのは私の血のせいか?」
とか子供の意思を尊重しすぎた私のせいか?かと、
現だに自問自答の日々が続いている。貴男にはおかしい事でしょうけれど…
私の、私自身の結婚よりも、弟の結婚は喜ばしい事だった。
何より、好きになった女性との結婚と聞いて良かったと思った。
本当に素直に幸せになって欲しいと心から思った。
私には望めなかった平安な幸せ…貴男は貴男の信じた道をこれからも進んでいって下さい。私は貴男達の幸せを願っています。
「返事はFAXで…」とありましたがアナログ人間なので手紙を書いた事を許して下さい。勝手に書きなぐったものを読んでくれてありがとう。
そして本当に深く傷つけたままで、ごめんなさい。   
かしこ

血とは業だろうか?
子供の頃に、横溝原作映画を見るたびに、、、我が家のようだと思ってたけど、、、、
姉もそう思ってたに違いない。
ACの父母に育てられた姉弟も、、、またAC。。。
まぁ、後日も、まだまだ続くぅ〜。




犬が三毛の一族。。。。
http://blogs.yahoo.co.jp/makinomasaki2281/39773509.html
犬が三毛の一族。。。
http://blogs.yahoo.co.jp/makinomasaki2281/39728481.html
犬が三毛の一族。。
http://blogs.yahoo.co.jp/makinomasaki2281/34695652.html
犬が三毛の一族。
http://blogs.yahoo.co.jp/makinomasaki2281/34599343.html

思考途中のこの項目で何が言いたいのか?を先に明言して置く。
過去には何もない。
私が感じているのは、これからどう生きるのか?
ってコト。
私達姉弟を苦しめた『家父長制度』&『男・女はこうあるべき』って思い込みであろう。

でっ、記憶のタイムトラベル。
鏡を見て『この入れ物は何?』って、哲学してた。
なぜ?って、どうして?の疑問。
綺麗に可愛くなれれば姉に可愛がられるに違いないって、ずっと考えてた。
男の自分が大嫌いだった。
これじゃ姉に嫌われて当然だって思ってた。
右手を挙げてるのに、鏡の中の入れ物は左手を挙げる。
不思議だった。
食パンにジャムを塗り、二つ折りにして、また広げる。
ジャムの左右対称の形。
対称って言葉は知らなかったけど、これが答えだって理解&納得。
姉の御陰様で思慮深い性格に育ったってぇコトは好い事だと、身勝手に認識中。

小学校に入学するまで、私は本当に世界を知らなかった。
私は本の虫。
図書室で性に関する本を読んで、性別は変えられないって子供の頃からわかってた。
XとYの精子いずれかがXの卵子に到達すると、細胞分裂を起こしってさぁ。
人間の基本形は女性で、胎児の段階で卵巣が睾丸に、クリトリスがペニスにって知った。
姉さんゴメン、無理ジャン。妹になれないジャン。
小学校3年の時、木造校舎2階の図書室で、、、愕然。
精子はXとYの2種類で、卵子はX。
リアルな現実ってヤツは夢をも見せない。
私が妹で姉が兄だったら、if〜だったら、if〜であれば。
自分が幸せでニコニコになるように、姉もニコニコになるように、『たら・れば』の空想&夢想…。

連続ドラマの『氷点』を母は、継母の冷たい仕打ちを主人公に同情して涙流しながら見てた。
私は無意識&無自覚も罪なんだなぁ〜って、自殺を選択した主人公を醒めきった目で見てた。
中学の頃、『モロッコで女になったのよ』
カルーセル氏をTVで見たときは衝撃&感動。
夢の再燃焼。
私の世代にトランスが多いのは氏の影響だとも思われる。
でもっ、私はカルーセル氏を目標にしたわけぢゃない。
『見てくれは山口小夜子、雰囲気は桃井かおり』が悲願。
私の中の悪夢の女が指差した。
やっぱ、ズレてるなぁ。
脱線。。。

私が子供の頃のヒットアニメは『巨人の☆』。
スパルタちゃぶ台返し頑固親父がJr.を野球選手にするべく邁進。
う〜ん、これが私の上の世代の『男らしさ』?
歌舞伎での『一枚目』は女房売り飛ばすような、男から見て男らしい男。
『二枚目』は女のために何かしてくれそうな優男。
『三枚目』はコメディアン。
江戸時代からの刷り込みだと思われる。

団塊の世代の小父様は『家事と育児は女の仕事』って仕事に邁進。
奥様は『苦労&忍耐は偉い。我慢は美徳』って。。。
「どんな躾したんだ」
箸と鉛筆の持ち方は学校で教えてもらったよ。
「親の気持ちがわからないの」
子供の視点まで降りて話を聞いてくれた大人はいなかった。
『男は二君に仕えず、女は二夫にまみえず』
君というのが会社であるならば、終身雇用が崩壊した現代では通用しない。
最初の外れ夫に我慢して熟年離婚をするならば、さっさと違うパートナーを見つけた方が幸福になれそうだ。
って団塊Jr.世代の私は思う。
だけれども、私の考えは女性の視点が強いらしい。
同級生達の『出来ちゃった婚』の末の離婚を見るにつけ、
いまだ男の価値観は親の世代と違いは無い。
子供を産ませたから我慢するだろう、なぁ〜んて古い古い。
戦後のウーマンリブ運動で女性の価値観は、もうすでに、ずっと前に変化している。
経済的にも自立した女性にとって、結婚&出産はもちろん、結婚しないって選択肢も選べる。
う〜ん、再脱線

そんなこんなで、ちょっとズレてるかなぁ?って思いながら、、、
小中高って、おっとり&のほほんマイペースの私は上京して、開眼した?
悟った?
何を?
自分の思考のズレを、、、
再認識させられた。。。
姉のように年の離れた恋人が風邪で寝込んで、
私は背中に釜背負った通い妻ってぇ状態の時の彼女の一言。
「マキちゃん、女の子だったらって、女に生まれてても、お姉さんはパパと遠足に行ったんだよ」
おぉっ、私が連送できなかったつっーか、想像しなかった選択肢。。。
「やっぱりどっちに産まれてもいじめられてんだよ」
絶句しまぴた。
6+3+3=12年間のボタンの掛け違いは、なんだったのでせう?
ズレを再認識しまぴた。

まぁ、後日も、まだまだ続くぅ〜。

犬が三毛の一族。。。

私の生まれる前の家庭は、幸福であったろうか?
私の記憶を辿ってみると、、、幸福ではなかった。
かといって、不幸であったとも思いたくない。。。

以前、嫁いだ母が一番弱者だと書いたのだが、
私が誕生。。。
私が一番の弱者になったのだと思われる。
幼稚園に入学する前、姉が私に馬乗りになって、お祖母ちゃんが私の両足の小指の爪にお灸を据えた。
私が悪いことをしたんだけどね。
泣き喚き、暴れたけど二対一で勝てなかった。
父母が帰宅し、お祖母ちゃんと父の親子喧嘩。
母は無言で泣くばかり、、、。
この時から私は母のように声を上げずに泣くようになった。
声を上げそうになると私は、左手首の痣を噛み呻きながら泣いた。
私の自傷癖は自分を噛んだり壁を殴ったり、痛さで自分自身をリセット。
な〜んて、ロースペックな私だったのか。
この頃に、私は精神的に去勢されたのかな?
私の小指の爪は変形してて、伸びない。
私は私の爪に癒えない傷を付けた祖母に笑いかけられなかった。
憎んだまま祖母を見送った。
祖母や姉に虐められた私の過去も、ず〜と無限に思い出す事で、復讐する位の重さになっちゃうのかな?
殺意持つほどの怨みになっちゃうのかな?
忘れなきゃって、忘れちゃえって思ってるけどさぁ。

『跡取り』が生まれたと、父母の喜びは想像できる。
んでもって、『お前が婿取りで、跡取り』って育てられた姉の私への嫉妬&憎悪も理解可能。
幼稚園の遠足の前日に姉さんに殴られ泣いてる私。
『おまえがいたからあたしの時はお父さんと行ったんだよっ!』
母が妊娠してて姉の遠足行けなかったのは私の罪?
違うよっ。私は悪くないよっ。
でも、私がいるってだけで姉を傷つけた。
私が産まれた為に姉が失った物は、一人っ子の地位&相続財産。
私が泥棒した。
姉からすれば、私は強盗。
妹だったら姉が婿取りで跡取り。
だからっ、女の子に産まれてれば、姉さんに可愛がられて、ちゃんと育ったのかなって?
妹だったら、妹になれればってさぁ。
妹だったら一緒にお風呂入ってシャンプーハットで髪の毛洗ってくれたりさぁ。
長い髪をドライヤーでブローしてくれたって思う。
私の中にいる悪夢の女の誕生。
ふとっ、不妊悩む女性が想像妊娠するように、、、
私もホルモンバランスを崩したかもしれない?
私ってズレてる?
一姫二太郎は迷信?
私は自分のシスターコンプレックスを消化しきれず育ったようだ。

肉親に、姉に、五つも年上の姉に、三月生まれの学年で六つ上の姉に、体力的に勝てない頃に、
『弟なんかいらない。お前が妹だったらよかった』
って、いつも言われてみなっ。
 『お前なんて、いないほうがよかったのよっ!』
 『お前なんて、生まれてこないほうがよかったのよっ!』
何度も言葉で殺されてみなよっ。
何回も…苛められてみなっ。
転んで擦りむいて血が出たとか、何針縫ったとかなら、ケガの程度と痛さは伝わる。
家族という人間が最初に形作る集団から疎外されてみなよっ。
自分は世の中に存在してちゃいけないって罪悪感や、、、
人間に対する恐怖心、、、
なぁ〜んにもできない無力感を、、、
子供だったからこんな難しい言葉なんか知らなかったけど、小学校の卒業の頃には感じてた。
アンビバレンツとは相反する愛と憎しみ。
ある意味、私は姉に愛されていたのかも知れないし、姉を憎んでるかも?

かと言って、自己を正当化し、育った家庭の両親の姉の責任にするつもりはない。
精神科に行っても、GIDの診断書は出ないだろうと思われる。
GIDではなく、ACらしき自分が、自分で超えなきゃいけない何か?
そうだねぇ、まだまだ私は自己実現&自己治療中。

犬が三毛の一族。。

戦前の昭和10年に父が生まれた。
叔母が、叔父が誕生後、祖父は死亡。

戦後、行けず後家の祖父の妹の為に、隣の家を越させ婿を迎え分家。
スープの冷めない距離。
婿入りしてきたのは、フィリピン戦線を生還した祖母の弟。
姉弟で嫁いで来た。。。

『父さんには子守が付いていたんだよ』
『先祖は何百年もここに住んでるんだよ』
母は、私に呪文のように聞かせてた。母の劣等感を埋める優越感の基?
『何で今、子守がいないの?』
『海の見える家に住みたいなぁ』
子供の私の返事に母は悲しそう。
女学校を卒業したお嬢のお祖母ちゃんは子供を三人生んで、死別れて育児放棄。
末っ子の叔父を先立たれた連れ合いのように猫かわいがり。
だから、父・叔母にベビーシッターが付いたんだよ。
なにさぁ、父の子供頃からこの家は壊れてたんだよ。
親の因果が子に報い、って?坊主憎けりゃ袈裟切り?
男性は会社に終身雇用で『二君にまみえず』、女性は夫に終身雇用で『二夫にまみえず』って時代で、若い時に後家になった祖母は悲しんだに違いない。
陽だまりの廊下でウットリとカセットテープを聴き歌うことが祖母の日常。
私は祖母が働いている姿を見た事が無い。
そして、大正元年生まれの祖母は腰が曲がることなく棺に入った。

昭和35年、父母が結婚。
母子家庭同士の婚姻。
当時は、母子家庭は就職&婚姻された。
嫁いで来た母が家庭の中で一番の弱者。
当時、生きていた曽祖父母の下の世話を、祖母の代わりにこなしてた。
母は私が幼稚園の時に子宮筋腫で入院。
母の入院中に初めてカップヌードルを食べた。
とても美味しくって、母の入院中はずっと食べられるって、今思えばかなり不謹慎なことを考えてた。
さらに母は私が小三の時に椎間板ヘルニアで寝込んだ。
寝込んでいる母にオニギリを持っていった時、母は嬉し涙をポロポロ。
でも、私はオニギリを持っていったのに悲しまれた。悲しんでる。喜ばれなかったと思ってしまった。
人間は嬉しくても涙を流すなんて知らない子供だったから。
嬉し涙なんて流した事の無い子供だったから。
母はいつも泣いてたから。祖母に虐められ泣いている母を見てて、子供ながらに『泣いても扱いは変わらないのに』とか『逃げるなら私も連れてって』と思ってた。
私にとって『主婦』とは母そのもの。
ほんで、母が使用人に見えていた。
逃げると捨てるは同じ意味の言葉だろうか?
私は捨てられたくなかったからこそ、家族にさえ猫背負ってた。
母の苦労話を聞くと、嫌〜な気分になる。
私の心がズキズキ。
風邪をひいてて自分の食欲がなくてもお料理を作ったり、母はやりたいことを中断して家事をこなした。言うことを聞かない子供たち、愛情の冷めた父(?)、口うるさい祖母に毎日毎日食べられるお料理を作った。
でも、結婚して家族に尽くすって幸せなの?
稼ぎの無い弱い立場だから、何も言えなかったの?
なぜに?そんな我慢してるの?
幸福の追求に目的のある努力は必要だろうけど、慢性的な苦労なんて要領悪いだけじゃないの?
我慢して何を誰を、守りたかったの?
姉と私なの?
演歌の難波恋時雨みたいに、男に尽くしても芽が出なかったら、女は不幸じゃないの?
私は幸せになる努力はするけど、苦労なんてしたくない。
目的の無い、くろう・にんたい・こんじょう、って私は暴れるくらい大キライ!
ヘルニアを患った母は、将来腰が曲がって棺に入るに違いない。
母は苦労することが、耐えることが、我慢することが、女の幸せって自己催眠&暗示&満足。

母の自己暗示・自己催眠・自己満足はいまだ覚めない。
まぁ、無理。絶対に覚めない。
覚めるってコトは自分の人生の否定にも繋がりそう。
嫁って文字に強烈に拒否反応を感じる。

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