ここから本文です
makiryuの二輪日記
乗ってるだけで楽しいのです

書庫昔のこと

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

暇なので

また昔バイクのことなど・・・・・
 
DT200Rでオフに嵌った私が次に買ったバイクはこれでした。
イメージ 1
これまた時代を感じさせるトレーナー着ちょりますが、このころはあちこちの林道に行きまくっておりました。
ちょいとフフロントが重いくらいでよく走る楽しいバイクでした。
しかし自分に続いてオフに目覚めた周りの連中はこの頃流行っていた所謂逆輸入オフ車にどんどんと乗り換えていったのです。
その周りの連中というのが3人ほど当時オフ雑誌○ACKOFFの編集?のような仕事をやっていたこともあり、話のつてで林道以外にも色々な楽しい場所に行くようになるのでした。
やたらと開催されていたエンデューロレースをはじめ、富士山周辺、群馬の山の中、そして茨城の某原発周辺。
そうそう、あの三橋君なんかも何度か一緒だった。というかどこにでも現れる人だった(笑)
 
実に楽しかった。
5合目までの登山道をなぜにあれほど往復する体力があったのか・・・・・今思うと不思議です。
またたいした装備もしていないのによく大怪我をしなかったものだ。
 
そう、某茨城では砂の上で遊んでいたためBAJAのパワーでは物足りなくなりこんなバイクまで買ってしまった。
イメージ 2
画像は拾い物ですが、当時地元のバイク屋さんが代理店をやっていたアメリカのATK。
ホントは600が欲しかったんですが、このときは中型限定免許だったので泣く泣く350にしました。
このロータックスエンジンはなかなかパワーがあり良く回ってトルクもあったので、砂のヒルクライムもそこそこクリアできてお気に入りでした。
 
しかしカウンターシャフトに直にリアディスクが付いていて、ちょっと踏むとすかさず後輪ロックしてしまうのはいただけなかった。
上下のチェーンを平行に保つためにスプロケットが4枚も付いているのも、良いんだか悪いんだかよくわからないシステムでした。
イメージ 3
でも当時オフ車では少なかったセルが付いていたのでゲロい場所ではなかなか頼もしかったです。
 
このATKではサーキットエンデューロやレイドカムロにも出て、同時にツーリングにも使っていました。
ろくにメンテもせずに富士山や砂浜で酷使したので、みるみるうちにボロボロになっていき、錆びた上に車検も切れてしまったので会社の駐車場の肥やしになってしまったのはもったいなかったなぁ。
エンジンだけでもとっておけばよかった。
 
レイドカムロが開催されなくなった次の年・・・・だったかなぁ。
「鳥海山でエンデューロがあるらしいからカムロも無くなったし行こうぜ!」と誘われて出掛けたっけ・・・・
イメージ 4
127番が私です。
この頃はCRMに乗ってました。懐かしいエルコヨーテのジャケットなんか着てますね。
そしてこのレースの写真はこれだけしかありません。
なぜならスタート直後のドロドロのスキー場の上りでドハマリし脱出できず疲れ果てていたからです・・・・・
ダメダメでした(笑)
となりのでぐやん(友人126番)は完走してました。さすがです。
 
写真がなかなか出てこないのでよく思い出せませんが、オフに嵌っていたのはかなり長かった気がします。
この頃はこの他にも数台乗り継いでいました。
今はこんな体になってしまったので・・・というよりこんな体じゃなくても既に体力が無いのでもうレースは無理ですね。
いやいや若いっていいなぁ(笑)
 
さて一通りのことをやって(やったつもりなだけ)、オフからそろそろオンに行くかと思いきや、次は・・・・・
 
 
忘れた頃につづく     かも

初めてのオフ

お気に入りのZ250FTで週2〜3回楽しく通学していたある日
同学年のM田君が発売されたばかりの新車に乗ってきました。
それは乾燥重量99kgの水冷DT200R(赤)でした。
イメージ 1

それまでオフ車に全く興味がなかった自分ですが、ちょこっと乗せてもらったら
速いわ軽いわで「こりゃいいな!」と一発で気に入ってしまいました。
そして何とかがんばって当時実家の隣にあったMSPと言うバイク屋で購入。
 
さすがに同じ色はまずいと思い青に(笑
正直これは街中では無敵じゃないかと思いました。
燃費は悪かったけどそんなことは全く気にならないくらい面白かった。
地元の仲間はまだまだオンロード派が多数でしたが、ツーリングも通学もすべてDTでこなし、
とにかくなんとか乗りこなそうとしてました。
 
そんなある日、当時買ったお店とは違う赤羽のガード下のバイク屋に入り浸っていた時、店長から
「河川敷でエンデューロがあるんだけど出てみない?」とのお誘いが。
しかもモトクロタイヤまで出してくれると言うのです・・・・
今思えばそのお店はヤマハ系だったのでY.E.S.Sの方から出場者を集めろ的な連絡でも来ていたのでしょう。
後日、早速タイヤを履き替え荒川河川敷にお試し走行に行きました。
「うわ、すげぇグリップするっ」
こりゃいいやとゴキゲンで走り回り当日を迎えます・・・・が・・・
イメージ 2
前日の大雨でコースは酷いマディ状態でした。
当然初エンデューロの自分はこのようにドロドロ。
イメージ 3
途中でオーバーヒートもやらかし結果も惨憺たる物でしたが何故か達成感はあり、ますますオフにのめり込んで行くのでした。
 
 
とかなんとか言いつつ当時TVでチラっとやってたスーパーバイカーズレース(モタードの昔版・・・と言うかロード、モトクロ、ダートラの三種が混ざったコースをそれぞれのトップライダー達がレースをし真の世界一を決める感じのレース(確かTVのナレーションは小倉 智昭だった))で、ぶっちぎりで優勝するエディ・ローソンを見てしまうのでした。
「かっこいい・・・」
すぐ影響される自分はあちこち調べてフロント18インチホイールを手に入れこんな改造をしてしまうのでした。
イメージ 4
 

いやぁ楽しかったなぁ(遠い目)
 
この後数回同じようなレースに出たのですが、まだまだへたっぴーな自分はすぐにオーバーヒートさせてしまい、更に毎日のように乗ってかなりガタもきていたので次なるメインバイクを探すのです・・・・・が・・・・

初めての250

さて、3ナイ運動の高校在学中は卒業後に買うバイク欲しさにバイトしてました。
卒業してとりあえず車の免許を取り、残ったお金を握り締めお目当てのバイクを探しに上野に向かうのでした。
 
当時は「バイク=上野」でしたので、当たり前のように向かったわけです。
当時の上野の様子を知ってる人ならわかると思いますが、道路はずらっと駐バイクだらけ。
呼び込みも夜の繁華街並みで怪しい店も多かったけどとにかく賑わってました。
「お兄さん!バイク探してんの?」
「いいバイクあるよ〜〜?見ていきなよ!」などなど
 
笑ったのは
店員「おにいさんバイク?バイクでしょ?探してるんでしょ?」
俺「ええまぁ・・・」
店員「おっけー色は?」
俺「え・・・・?」色から聞きますか(笑
そんなノリの会話をしながらあちこち探してやっと良さそうなのを見つけました。
買ったのはコレ
イメージ 1
KAWASAKI Z250FT 赤(画像は拾い物)
怪しい店だったけど、物はまともで良く走りました。
何でこれにしたのか今ではわかりませんが、おそらくKAWASAKIってのにあこがれていたんだと思います。
気に入ると何でも良く見えますよね。不等ピッチのディスク穴とか・・・
買っただけですでにお金も殆ど無くなってしまいましたので三種の神器(セパハン、マフラー、バックステップ)までは無理でしたが後にセレクトというメーカーのバックステップだけ付けました。
軽くて速くてどこまでも回りそうなエンジンにしびれてこれまたあちこち出掛けました。
まあ原付と比べれば雲泥の差ですよね・・・・
 
気に入っていたのですが大学1年の時思わぬ方向転換をしてしまいます。
まぁまた影響されたんですが・・・・・
 
つづく

初めての・・・・

前回あんな話しを書いたので昔を思い出してしまい、家にある数少ない写真を掘り出して思い出に浸っておりました。
 
バイクばかりに夢中になっていたもので、車にはそれほど興味がなかったのですが
18歳になったらとりあえず免許は取りますよね。
そして最初に乗った車はコレでした(画像は拾いもの)
イメージ 1
430セドリック・・・・・はい、親父のです。
とりあえず乗りましたって感じでこれといって特に感動もなかったです。
 
相変わらずバイクで走り回っていたのですが、蘇我の友達の家に行く途中の中古車屋に気になる車が!
かっこいい・・・欲しい・・・
しかしバイクにお金をつぎ込んでいたその頃、貯金なんて殆どありません。
そこで弟をそそのかして共同で買うことにしました。
そして初めて手に入れた車、コレです
イメージ 2
初期サニーB10
最初からバンパーが取り外されていたのが目に止まったんですな。
これは楽しかったなぁ。軽くて良く回るし、エアコンなんて無かったけど全く気にならなかった。
サスがノーマルだったのでブヨンブヨンだったけど。
ちなみに助手席の女の子は当時の彼女・・・・・ではなくて
みんなで海に行くときジャンケンで負けてエアコンのない俺の車に乗る羽目になったかわいそうな子です。
俺的にはうれしかったんだけど(笑
 
このサニーその後、弟が首都高を走行中クラッチが終わってレッカーされたりしまして
最後はちょっと回しすぎてマフラーから大量の水を吹いて終了となりました。
 
つづ・・・くかも

初めての・・・・

中学の頃は全く興味が無かったバイク。
高校1年。バイクブームも手伝って回りの連中はバイクに夢中。
当然のように影響されたが早生まれ(1月)のためなかなか免許が取れません。
誕生日を迎えたやつらはすぐさま原付免許を取り、どこからか車両を手に入れ乗り始めます。
 
まだ免許が無かったとき、初めて乗ったバイクはコレでした。
イメージ 1
おっと、これは70だ(しかし車に積めるって無理があるよなぁ)・・・
乗ったのはダックス50
友人のダックスは妙に短くてサビだらけのダウンマフラーが付いていてとてもうるさかった。
しかも調子が悪くトップ全開でも40kmくらいしか出なかった。
でも最高に面白かった・・・・・「ああ、自分のバイクが欲しい!」そう思った千葉の八千代の畑道であった。
 
当時の原付はバリエーション豊かでかなりの車種があった。
しかし当然皆パワー重視であった(子供だし)
ホンダだとMB-5が出たばっかりだったかな。あとはCB50あたりでしょうか。
スズキは最強7.2psのRG50E。ハスラーも人気があったなぁ。
ヤマハはなんだろう・・・ミニトレ、GR、MRあたりだったでしょうか。
確かカワサキは50が無かったですね。
 
出遅れた感バリバリの1月の誕生日。速攻で原付免許を取り手に入れた初めてのバイク。
恥ずかしながらコレです。
イメージ 2
MB-5と同型エンジンのラクーン・・・・ださい(笑
でもうれしくてうれしくてあちこち乗り回しました。そこそこ速かったし。
 
しかし高校2年に進級してすぐ3ナイ運動の影響で学校が免許預かり。
僅か2ヶ月で乗れなくなってしまいました(泣
 
いつかつづく
 
追記:その頃の友達から久しぶりに電話が来たので書いてみました。

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事