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他人をあれこれ言えた立場ではないと認識しながらも、若者を見るときに学びの姿勢が出来ていないよう
に思える。学びは自己投資であるとの認識が足りないのかも知れない。
1冊の本を買うのも自己投資なのである。自分の教養を高めるのはもとより、思考力を鍛え、あらゆる現
象に対してより適切な判断を下す力を養うには読書は欠かせない。
もちろん、具体的なセミナーや教室に通って学ぶのも自己投資である。常に自分の置かれた環境、立場を
意識して必要な事柄を学ばなければ「遣り甲斐」など見つかるはずもない。
さらに、これだけ誰でも大学に行ける時代に、「大学を出ました」だけで十分な学びの証明にはならな
い。大学もピンキリであると誰もが知っている。「さすが大卒」と思わせる学びなど期待できない大学も
少なくない。
肝心なのは、社会に出てからどう学ぶかである。「生きる」ために何を学ぶかは必要条件。いかに生かさ
れる人間になるための学びが十分条件なのである。
「勉強しなきゃ」と言いながら、続いた試しがない30代の人を知っているが、手にする本がほとんど
マンガでは学びなどほど遠い。ましてや、自分が生きることに一生懸命でも、生かされることを考えてい
るようには思えない。これも学びの不足がもたらす現象だと受け止めている。
なぜこうしたことを書くのか。それは、日本という社会がこれまでになく精神の劣化を来してきたと感じ
るからである。この劣化を止め、再び成長する社会にする為には若者に期待するしかないと痛切に思うと
ころから書かずにはいられないのである。
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