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東福寺 京都五山の第四位の禅寺として中世、近世を通じて栄えた。 明治の廃仏毀釈で規模が縮小されたとはいえ、 今なお25か寺の塔頭(たっちゅう、山内寺院)を有する大寺院である。 大きな伽藍を有することから俗に「東福寺の伽藍面」と称されています。 見どころいっいのお寺さんですが、 今日は方丈にあがってお庭を眺めてみましょうか。 庭園は近代の造園家、重森三玲によって昭和13年(1938年)に作庭され、 方丈を囲んで四方に配される。釈迦が一生に経た八つの重要な段階「八相」 にちなみ「八相の庭」 と称されています。 東庭 - 東司の柱石の余材を利用して北斗七星を構成し、雲文様の地割に配している。 きらりと光っているのがわかるでしょうか?投げ込まれた賽銭です。 きらりと光って星のきらめきにも見えてきます。神秘の宇宙空間です。 南庭 - 荒海の砂紋の中に蓬莱、方丈、瀛洲、壺梁の四仙島を表現した配石で、右方には五山が築山として表現されている。 白砂と巨石によって荒海に浮かぶ島々を表しています。 西庭 - さつきの刈込みと砂地が大きく市松模様に入り、くず石を方形に組んで井田を意図している。 さつきの咲く5月くらいはまた違った表情を見れますよ。 北庭 - 南の恩賜門内にあった敷石を利用し、石と苔を幾何学的な市松模様に配している。 苔と角石が互い違いに並んでいます。芸術的な美しさです |
東福寺・泉涌寺・伏見稲荷
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紅葉の時期には近づく事は躊躇ってしまう東福寺。 その東福寺も今は閑散としています。 東福寺の塔頭 芬陀院(ふんだいん)へ行ってみましょうか。 東福寺塔頭 芬陀院 京都市東山区本町15丁目803 水墨画などで有名な雪舟等楊が庭を作ったといわれることから雪舟寺とも呼ばれています。 本堂へ続くアプローチです。 本堂に入るとすぐにこのお庭が目に入ります。 南庭は一条兼良公の所望で雪舟等楊師(1420〜1506)の築庭です。 禅院式枯山水庭園で寛正・応仁(1460〜68)の頃作、京都最古の枯山水のひとつです。 左側は折鶴、右側は2重基壇の亀を表現、庭園は昭和14年重森三玲により復元修復されました。 障子を開くとぼんやりと雪舟さんが書いた水墨画のように見えてきます。 お次は茶室図南亭へ 茶室の丸窓から東庭を眺める事が出来ます。 丸窓から見える世界。簡単なようで難しい、独特の世界観があります。 |
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山崎から阪急と京阪電車を乗り継いで伏見へ 坂本龍馬ゆかりの地であります。 まずは龍馬通りの商店街から ちょっと懐かしい感じのお店やら カフェなどもあります。 龍馬といえばここ寺田屋 寺田屋事件です。 寺田屋事件(てらだやじけん)とは、旅館・寺田屋で発生した事件である。 以下の2つの事件が寺田屋事件と呼ばれる。 1.文久2年(1862年)に発生した薩摩藩尊皇派等の粛清事件。 2.慶応2年(1866年)に発生した伏見奉行による坂本龍馬襲撃事件。 龍馬や長州の三吉慎蔵らは深夜の2時に、幕府伏見奉行の取り方百数十人に囲まれ、いち早く気付いたお龍は 風呂から裸のまま裏階段を2階へ駆け上がり投宿していた龍馬らに危機を知らせた。 寺田屋事件(てらだやじけん)とは、江戸時代末期の京都郊外の伏見(現在の京都市伏見区)の旅館・寺田屋(北緯34度55分48秒東経135度45分34秒 )で発生した事件である。以下の2つの事件が寺田屋事件と呼ばれる。 1.文久2年(1862年)に発生した薩摩藩尊皇派等の粛清事件。 2.慶応2年(1866年)に発生した伏見奉行による坂本龍馬襲撃事件。 大河ドラマの影響でしょうか?大勢の人がいらしていました。 酒蔵の立ち並ぶ伏見です。 兵庫県の灘と並んで古くから酒蔵の街として栄えている伏見。 酒の香りが漂い、酒蔵独特の建物、宇治川派流に柳並木、 「京都百景」の一つにも数えられている趣ある街です。 酒蔵近くには豊臣秀吉の伏見城築城のために宇治川から引かれた水路(宇治川派流)が流れていて、 そこにはかつて江戸時代に旅人や物資の運搬で栄えた舟が遊覧船として再現されています。 |
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泉涌寺 そうだ京都行こうのポスターでもお馴染みでしょうが、 『せんにゅうじ』って読みます。 泉涌寺 (せんにゅうじ)は、京都市東山区泉涌寺山内(やまのうち)町にある真言宗泉涌寺派総本山の寺院。山号は東山(とうざん)または泉山(せんざん)。本尊は釈迦如来、阿弥陀如来、弥勒如来の三世仏。 ここには楊貴妃観音さんがいらっしゃいます。 重要文化財。楊貴妃観音堂に安置されています。 建長7年(1255年)俊芿の弟子湛海が仏舎利とともに中国・南宋から請来したものとされます。 撮影は出来ないので、写真はありあませんが、美人な観音様でございます。 正面には伽藍の中心をなす仏殿(重文)、舎利殿が建ち、 これらの背後に霊明殿、御座所など皇室ゆかりの建築があります。 東山三十六峰の南端にあたる月輪山の山麓に広がる寺域内には、 鎌倉時代の後堀河天皇、四条天皇、江戸時代の後水尾天皇以下幕末に至る歴代天皇の陵墓があり、 皇室の菩提寺として「御寺(みてら)泉涌寺」と呼ばれている。 雨そして行った時間も遅く、楊貴妃観音様に出逢って、 仏殿まで行って帰ってきましたが、まだまだ奥が深そうです。
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では、一の峯を目指して再び朱色の鳥居をくぐっていきます。 途中からは、こうゆう感じで登りが多くなります。 結構しんどいのですが、 途中にはこんな眺めが楽しめる場所もありますよ☆ ベンチに腰掛けようと思ってたら先着ありです(笑) 途中にはこうゆう感じのお休み処もあります。 鳥居型の御守りです。持ってると幸せになりそうですね。 やっと一の峯(山頂)へ。 一の峯に猫ちゃん登場です☆ 仲むずましい猫ちゃん達にほのぼのと 一の峯にある上之社神蹟 稲荷山(標高233メートル) 途中で見かけたコンコン様 伏見稲荷大社から一の峯まで50分(途中の展望所で休憩含む)くらいです。 階段が続く部分もあってちょっとしんどい所もありますが、 いくつも鳥居をくぐるって経験なかなか出来るものではありません。 山全体が鳥居だらけ。すごいです☆
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