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茶話倶楽部♪まろん
祝☆自民圧勝&安倍首相続投&杉田水脈さん政界復帰〜♪

書庫イ・サンBS解説感想

イ・サン第9話。今回のメインはなんといってもこちら。
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サンとソンヨンの再会ですね〜(~o~)私はこれを見るのが怖くて怖くて。どうしてって、夫と娘の反応が…まあ、まだまだお子ちゃまの娘はキャイキャイと大喜び。一方夫は意味もなく新聞をとりあげておりました〜(-_-)。o
唯一の救いは、テーマソングの歌詞字幕が出なかったことです!まさかここで先週苦言を呈していたのが聞えたわけではないでしょうが…
ま、とにかく。次回この手のシーンがあるときは事前に字幕にしておこう。娘になんで?って突っ込まれたらどうしよう。こうなるとやっぱり一人で視聴のほうが気楽でいいわ。引っ張り込んでおいて今更なんですけどね。


さて。ストーリーは今回はソンヨン救出がメインだったので、サンの事件は余り進展しませんでしたね。玉印が無効になってしまって命令ができなくなり、無力な立場であることを思い知らされるサンです。事件の解決は刑曹判書の大叔父・ホン・イナンに任されました。ファワンは、大丈夫だろうな、と念を押し、ソクチュは、ホン氏を守るためにどう動くべきか分かっているはず、と答えてましたね。ファワンの養子、清から帰国したチョン・フギョムはしっかり紅服を着こんでいました。承政院スンジョンウォンに務めるのか、とサン。役職は明言されていませんでしたが、承旨スンジですから堂上官で紅服というわけです。官職についての詳細は「歴史のお勉強」こちらをご参照ください♪
フギョムが部下に命じていたのは、サンが軍を動かした動機を探れということです。これを辿るとサンとソンヨンの関係に行き着いてしまうのですが…
貞純王后はサンを庇うと見せかけて英祖を探りに。今回の事件もサンは無実であろうと推測しているらしい王の様子に、これはまずいとフギョンを呼びますね。

さて、来週のお楽しみは。。
またまたイ・ソジン=サンの勇姿が!ビシビシと久々にかっこいいサンにお目にかかれます♪
そして私としてのお楽しみは…なんといってもあの方の登場です!!
嬉しい〜〜(*^。^*)久しぶりに会える〜♪今からドキドキです(*^。^*)一見とぼけた役柄ですが、なかなかどうして、宝石はたとえ石のように見えたとしても中身を隠せない。キラキラしてしまうものなのです〜♪

さて、今回はガイドブック情報を中心に、英祖と思悼世子の関係についてまとめてみようと思います。

英祖と思悼世子、当時の党争について(NHKガイドブック、ほか参照)

第7話の解説で触れた通り、思悼世子は最初の男子を幼くして亡くしてから7年目に誕生。英祖42歳で授かった二人目の男子です。英祖は狂喜して愃ソンと名づけ翌年に世子に冊立。格別の愛情を注いだその子は、容姿端麗で、武芸・兵法・学術に精通した申し分のない子でした。
しかし親子の間に、支持した党派の違いから不和が生じます。

当時朝廷を牛耳り英祖を後援していたのは老論ノロン派
まずはこの老論について。

英祖の先代=景宗は英祖の異母兄で、父王の妃・張禧嬪チャンヒビンの子。(朝鮮三大妖婦の一人張禧嬪については割愛します)
このチャン氏とその後見勢力・南人派の横暴に、対抗する西人派は、自分たちが擁立するも一度廃された王后を再び王妃の座に戻します。
朝廷の中心は南人派から西人派に移ったわけですが、その西人派の中でも徹底して反南人派を唱えたのが老論派。一方西人派ながら南人派と妥協的立場をとったのが少論ソロン派
父王=粛宗が亡くなると、世子であるチャン氏の子息が少論派に擁立されて王位に就く(景宗)。景宗は病弱で嫡子もなかったため、老論派が推したのが弟:ヨニングン=後の英祖でした。ヨニン君は何度も拒むも、老論は半ば強制的に王世弟に擁立し、王世弟が代理で政務を執る=代理聴政を主張します。
その結果、少論は代理聴政を王権の冒涜と非難し、また、老論による景宗毒殺未遂事件を理由に老論派数百人を大量粛清する(辛壬士禍)という大惨事までおこります。

しかし結局、病身の景宗が亡くなり英祖が即位し老論が朝廷を掌握。
というわけで、老論は英祖にとっては切るに切れない後ろ盾なわけですが、皮肉にもその子息・思悼世子は朝廷を牛耳る老論よりは、より穏健な少論に傾いていきます。
(こうした党派のできた背景や変遷については、そのうちにまた「歴史のお勉強」で整理整頓したいと思います)

以下はガイドブックより抜粋。
「英祖の代理で政務を執った時代から人道主義的な政治を行ってきた思悼世子が、老論の操り人形のような王になるよりも、自分の支持勢力を有する王になりたいと望むのも当然のことだった」

老論は世子を非難する声を高め、直情的な性格の英祖はより厳しくわが子にあたり、ストレスから癇癪持ちになる世子。23歳のとき女官を殺害し、いくつかの奇行の一つとして記録されているようです。
「正祖暗殺ミステリー」でも取り上げられていました。他にも、同じ着物にしか袖を通せなくなった、などなども。世子は感受性優れた人間味豊かな人だったのでしょう。だからこそ宮中の尋常でないストレスに耐え切れなくなったのでは。

「英祖33年、世子を叱りつけ反省文を書けと命じた英祖。世子は初冬の寒さの中、一晩中許しを請い、ついに気絶。」

英祖36年、世子、親しくしていた、平壌・平安道の少論派監司にお忍びで会いに出かける。老論はこれを謀反の計画のためと英祖に進言。疑心をあおる。
ネタバレになるので詳しく書きませんが、確かに似たような事件を「イ・サン」でも扱います。

英祖38年(1762)5月、ナ・ギョンオンが老論の指示で上奏。世子の非行の数々を列挙。曰く、世子は淫乱・残忍、平安道で謀反を計画。よって王にふさわしくない、と。
英祖は激昂。ギョンオンはのちに斬首。しかし英祖の世子への不信感は極度に。こののち世子に会おうとしない英祖。
「思悼世子は無実を訴え20間以上も許しを請い続けたが、英祖の怒りはなかなか鎮まらなかった」

時敏堂前で許しを請い始めて20日後、宮中に世子の乱心が極限に達したという流言飛語が飛び交う。
「剣を手に、宮中の水を引いたり流したりする水口を通って大殿に入ろうとしたという内容のものまであった」
英祖は「真相を確かめることなく思悼世子に完全に背を向けるうようになる」

世子を呼び出す英祖。病気を理由に出てこない世子に暴言を浴びせ自害せよと命じる王。従おうとする世子を止める重臣たち。
「世子は慟哭して地に伏せ許しを請うが、英祖は大きな米びつを持ってこさせ、世子をその中に閉じこめるよう命じる」

英祖自ら鍵をかける。翌日世子付きの内侍5名が斬首。(ドラマでは水を持ってきた内侍らが兵と戦い殺されてしまいましたね)

8日目に世子死去。享年28歳。

世子亡きあと、激しく後悔した英祖、「思えば思うほど悲しくなる」との意を込めて「思悼」という諡号を贈る。

「大王の道」というドラマではこの辺りのことが描かれているようで、とても興味をそそられます。
また思悼世子についての評価が二分するのは、正祖が思悼世子の亡くなった年の承政院の日記を全て廃棄させ正確な記録が残っていないため、とのこと。
どっちみち老論が書かせたのだから事実を捻じ曲げたものばかりだったのでしょう。
世子は果たして、老論の策略にはまったのか、それとも実際に謀反の計画をたてていたのか。
資質に優れていたのか奇人だったのか。
しかし正祖が必死に父の名誉回復に努力した事実、また、残った記録が余りに悪意に満ち歪曲されたものばかりのため、本国では現在も思悼世子を見直す研究が盛んに行われているそうです。

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    なにか家族で見るのがまずいところが有りましたっけ?
    アイスマンは感情が無いので・・・(笑)

    しかし、いろいろと調べ上げましたね。「大王の道」も気になるところです。
    しかし、やっと出来た世継ぎの思悼世子・・・・「老論」恐るべしですね。

    アイスマン

    2009/10/6(火) 午後 1:03

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    アイスマンさん。
    そういえば韓ドラお得意のロマンチック気分満載シーンて、男の方には“こそばゆい”んじゃないかと、前から不思議だったのですが(^^ゞアイスマンさんはアイスマンさんだからなのですね(*^。^*)

    「大王の道」はビョンフン監督監修なのだそうですよ。「イ・サン」制作のきっかけになったかもです。

    最近、ガイドブックに頼ってばかりいるせいか、新着に載せてもらえないようで(-_-;)…一応引用って明記してるんですけど。やっぱまずいかなーと。。
    なんだか記事書くのも段々おっくうになりつつあります(ーー)
    ガイドブックを買って参照してください、のほうが簡単ですし〜。

    kiokio

    2009/10/6(火) 午後 3:20

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    こんばんは〜〜☆☆
    現代でもそうですが、人間と言うものは愚かな動物で、最初は高い志でもいざ長いこと権力を握ればだんだん保身になっていくものです(#^.^#)
    ヒビンのときは正義感いっぱいでもこの時代になると己の権力の維持と拡大に執着するんですよね。前にインタでもビョンフン監督が言ってたような気がします。
    私もあの方の登場楽しみにしてますよ〜〜〜〜〜☆☆

    [ とん子 ]

    2009/10/6(火) 午後 4:44

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    >新着に載せてもらえないようで

    これは私も時々あります。理由は別に有ると思いますよ。
    私の釣りの記事でも時々有りますからね。

    アイスマン

    2009/10/6(火) 午後 6:35

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    「思悼」の名は英祖がつけたものだったんですか!
    だからこそ正祖も、祖父への恨みを越えようと努力したのでしょうか。
    父子の悲劇、まわりに老論だの少論だのがいなければ起こらなかったのかと……父の名誉回復に努めた正祖の心が切ないです。

    [ saihikarunogo ]

    2009/10/6(火) 午後 9:21

  • 「世子は、感受性優れた・・・」とありますが、感受性の豊かな人って、今ひとつ適応力に欠けるように思います。
    環境が悪ければ悪いほど、苦しむのではないでしょうか。
    切ないですね!

    ピョル

    2009/10/6(火) 午後 10:35

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    とん子さん、仰るとおりですね。
    老論もヒビンのときは正しく主義を貫いていたのに。「イ・サン」で老論は100年続いている、と出てきます。天下は自分たちのものだと言わんばかり。人間、攻めから転じて守りに入ると色々と欲を持つようになりますね。悲しいですが現実ですね。。

    kiokio

    2009/10/6(火) 午後 11:34

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    アイスマンさん、そういうこともあるんですか〜。
    今まで気にしなかったのですが、ちょっと覗いてみたら「大王世宗」は新着に載るのにこっちは載らないのが不思議で。。
    ま、気にしないことに致します(~_~;)フォローありがとうございます♪

    kiokio

    2009/10/6(火) 午後 11:36

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    ピョルさん、なるほど。
    感受性が鋭すぎて、過敏に反応しすぎて要領よく立ち回れない、で首を絞めることになる、って感じでしょうか。切ないです。
    サンも思悼世子からそこらへんをしっかり受継いでいますね。ただ父の教訓から、冷静に見据える忍耐強さも身に着けたような気がします。だから何度窮地に陥っても、パニックになるどころか、むしろ静かに見極めて機会を掴むことが出来たのかもしれないですね。
    あと、なんといっても英祖が老齢で。。息子のこともあって孫まで失いたくないと、彼もまた自分をセーブした、ってことでしょうね。

    kiokio

    2009/10/6(火) 午後 11:47

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