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イキナリ第6回。
しかも、テーマは恋ならぬ、煩悩。 親鸞は 《いまだ見ざる安養の浄土は恋しからず候》 と言いました。 僕はこの言葉のバラドックスに強い感銘を受けます。 《悟りを得て仏に成りたいとは全く思わない。それよりも、酒や女や金儲けやらにとらわれて、出来るならば面白可笑しく人生を過ごしたい》 と言う意味です。 しかし、抑えはシッカリ有ります。 《そう思わせるのも煩悩の仕業。ますます自力のハカライを捨てて、仏に全てを任せたい》 と続きます。 さすが、親鸞(^o^) しかし僕は、 《煩悩、大好きです。で、やめません。人間は煩悩無しには生きて行けません。でも、死んだら、仏様! 地獄でなくて極楽に行かせてください。南無阿弥陀仏》 です。 煩悩チャンピオン、花月真。 煩悩は悟りの妨げで、あらゆる苦の理由です。 しかし、人は決して煩悩を避けられない。 魚や動物を殺してしか生きられない人間は、それを罪とも思わず、人や家族にも奨める盲目の大悪人。 その愚かな私が、煩悩を肯定しながらも如何に生きて如何に死ぬかが、仏教の課題です。 親鸞の答えは 《自力のハカライを捨てて、他力に走れ》 でした。 |

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花月さん、毎度。
おお、恋ならぬ煩悩で行きましたか。
納得、納得。
花月さんがチャンピオンなら、あっしはランキング1位かな?
またしてもポチ!しましょう。
合わせて、トラバじゃ!
2010/4/29(木) 午後 6:39
私も花月さんスタンスに同意!「とりあえず生きて行きますんで、後は宜しく」です。だから届くように、御名を呼びます。あれっ
届いてるんでしたっけ?
2010/4/29(木) 午後 7:34 [ 竹光侍2008 ]
うっしっし(^o^)
地獄同好会だ( ̄〜 ̄)ξ
ま、え〜か!
2010/4/29(木) 午後 7:47 [ 花月 真 ]
煩悩の百貨店ができそうです。没後は極楽にいきたいけど地獄のほうが知り合いは多いような…
2010/4/29(木) 午後 10:30 [ ホリディ ]
自分の計らいでは地獄行きしか私はありません。
だから、阿弥陀さんを信じて念じるしか道はない私です。
2010/4/30(金) 午前 7:47
煩悩が消え去って、悟りをひらいたら、進歩もなくなりますね。
人は欲がなくなったらお迎えがやってくるのかもしれないですね。
2010/4/30(金) 午後 4:53 [ 快晴なり ]
残念ながら、煩悩が消え去ることは、絶対にないと、仏陀は言いました。
煩悩が有るから進化すると思うのも、煩悩。
煩悩が無いから、悟ると思うのも、煩悩。
煩悩が無いと、進化が止まると思うのも、煩悩。
仏教は、何でも煩悩を犯人にするのです。
仏教の理屈は、真に論理的な正論ばかりですが、その理屈も実は煩悩が産み出したものです。
さあ、どうしますか?
出口も入口も、ごった煮の輪廻。
この、輪廻から解け出して脱出する事を、解脱つまり悟りと言いますが、そんなことは、人には出来ない事です。
あ〜悟りは面倒くさい。
煩悩まみれが楽しいよ。
2010/4/30(金) 午後 9:59 [ 花月 真 ]
解脱の光輪きはもなし 光触かふるものはみな 有無をはなるとのべたまふ 平等覚に帰命せよ
だから、私は私自身に対して、自力(自らの計らいでの悟りへの修行の事で仏語、単なる自身のはたらきでは決してない)では無理であると判断している。
煩悩、大好き!お酒飲もう??
2010/5/1(土) 午後 5:21