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出ずべく道(いずべくみち) と読みます。 私たちの人生はつまるところ 《生きる(若しくは、生きない)事に一喜一憂し、死ぬ(若しくは、死なない)事に一喜一憂》 する事に終始します。 つまり、生と死は表裏一体のコインのようなもので、どちらかの一面、表面だけでも裏面だけでもコインはコインとして存在することは出来ません。 このコイン本体を仏教は煩悩(欲望、根元的な苦の原因)と呼びます。 生きることも苦。 死ぬことも苦。 です。 生と死の狭間を苦しみ抜いてもがきさ迷うのが、私たちの人生です。 その苦から脱出する道を、生死出ずべく道と言い、即ち、仏様のお導きに恭順して、生かされて生きていく事を示します。 さて、今日は滋賀県の教円寺さまで、念仏コンサートでした。 美しい田園風景の広がる、近江ならではのお寺様でした(^o^) 良いコンサートになりました! 生も死も苦。 だから、人生に感動を欠かせてはならない! それが僕の使命であり皆の使命なのだと思います。 |

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出ました、生死出ずべく道。
大切な事です。
南無
2010/7/4(日) 午後 9:10
人生に意味などないのかも知れませんが、人間は意味を求める動物w
2010/7/5(月) 午前 1:43 [ 石倉康雄 ]
オペラ歌手さん、教えてください。
仏様は誰に習ったの?
人は死んだら仏様になるんでしょう?
いろんなことを伝え残してくれた仏様はどこでいろんなことを学んだの?
私、そうか…って思っても心が追いつかないんです。
2010/7/7(水) 午前 0:53 [ 快晴なり ]
仏様とは絶対的な真理の事です。
絶対的な真理は、この世が有る前から絶対的に存在します。
仏様は誰にも真理を教わっていません。
仏様そのものが真理だからです。
この世の縁が虚しく尽きはてて、往生する(生まれ変わる)先は、浄土と呼ばれる仏の国です。
2010/7/7(水) 午前 9:25 [ 花月 真 ]
ありがとうございました。
じゃあなぜ、人によってコインの裏と表の大きさが違うの?
同じ出来ごとに遭っても人によって気にする人と気にしない人がいるのはなぜ?
悲しみの深さや喜びの大きさが違うのはなぜ?
仏様には間違えはないの?
何回もごめんなさい。
2010/7/7(水) 午後 9:46 [ 快晴なり ]