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イキナリ第6回。
しかも、テーマは恋ならぬ、煩悩。 親鸞は 《いまだ見ざる安養の浄土は恋しからず候》 と言いました。 僕はこの言葉のバラドックスに強い感銘を受けます。 《悟りを得て仏に成りたいとは全く思わない。それよりも、酒や女や金儲けやらにとらわれて、出来るならば面白可笑しく人生を過ごしたい》 と言う意味です。 しかし、抑えはシッカリ有ります。 《そう思わせるのも煩悩の仕業。ますます自力のハカライを捨てて、仏に全てを任せたい》 と続きます。 さすが、親鸞(^o^) しかし僕は、 《煩悩、大好きです。で、やめません。人間は煩悩無しには生きて行けません。でも、死んだら、仏様! 地獄でなくて極楽に行かせてください。南無阿弥陀仏》 です。 煩悩チャンピオン、花月真。 煩悩は悟りの妨げで、あらゆる苦の理由です。 しかし、人は決して煩悩を避けられない。 魚や動物を殺してしか生きられない人間は、それを罪とも思わず、人や家族にも奨める盲目の大悪人。 その愚かな私が、煩悩を肯定しながらも如何に生きて如何に死ぬかが、仏教の課題です。 親鸞の答えは 《自力のハカライを捨てて、他力に走れ》 でした。 |

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